凝縮改訂版・第24回メッセンジャーナース研鑽セミナーⅠ&Ⅱ、東京-岡山-鹿児島-新潟-愛媛-山口を結んでの新たな試みは成功、さらに進化させます。セミナーⅢ&Ⅳは9月26・27日。自分を見失わずに、動く。・・1986年3月24日、在宅看護研究センターは、そんな一歩から始まった。

Photo_20200303125001 在宅看護研究センターの歩み 在宅看護研究センターLLPの全体像「llp.pdf」をダウンロード 訪問看護ステーション・出生秘話 

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在宅看護研究センターは、198326から3年1ヶ月、日赤医療センター看護師有志11人で始めた訪問看護のボランティアチーム「在宅ケア保障会」が残した「心」と十数万円を引き継いで発展してきました。140920_121638_3今は亡き作家・遠藤周作氏「ボランティアでは無理。これからはもっと必要になる」の後押しを受け、訪問看護制度がない時代の1986324、赤十字出身の看護師2.5人で創設。1992には研究事業部門を任意組織とし、収益事業部門として「日本在宅看護システム社」を設立。1995年には「看護コンサルタント社」を設立。 1999年、民間でも可能になった制度枠の訪問看護を担うべく、それまで実施してきた自費の在宅看護事業に加えて、「在宅看護研究センター付属訪問看護ステーション」を設置。20069には新会社法を導入、「在宅看護研究センターLLP」を設立。 

丸30年を迎えた在宅看護研究センターは、改めてその出会いに感謝し、遠藤ボランティアの顧問として、未だ、熱いメッセージを送り続けている原山建郎さんのご許可を頂き、原山建郎のコラム欄を設けて、遠藤ボランティア『語り部通信「からだ」番記者レポートを連載。Photo_6

 

【お知らせ】

メッセンジャーナース不在の県は、石川、福井、山梨、滋賀、三重、和歌山、香川、徳島です。あなたもメッセンジャーナースに! 2名の方の推薦で、S認定も全国連携プロジェクトを構築中 

*第24回メッセンジャーナース研鑽セミナー(東京-岡山-鹿児島-新潟-愛媛-山口)のご案内

       ☞ ダウンロード - kaitei24kai.pdfMn_a4_tth1_010528

 

「看護実践の科学 9月号」(看護の科学社) [特集]メッセンジャーナースが伝える看護師の主体性

中央公論9月号(8月10日発売) 特集:対談「父・永六輔は家族に囲まれて旅立ちました」

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43回フローレンス・ナイチンゲール記章受章を機に出版された村松静子の『心と絆といのち-私の看護実践論』(看護の科学社) メッセンジャーナース認定協会Facebookで朗読バトンリレーを聴くことができます。

『おひとりさまの大往生ガイドBOOK』「家族を家で看取る本」「おだやかに逝くヒント」(主婦の友社):村松静子の監修です。

「自分の家で死にたい 死に逝く人、看取る人の幸せな終末期の考え方」(海竜社) 

<関連記事>人でも多くの人が自宅で最善のケアを受けるために    http://www.csr-magazine.com/archives/repo_d/rep08_03.html

が在宅看護を阻むのか・・看護は何のためにあるの 特集「今求められるコミュニケーションスキル」(看護の科学社 9月号 VOL39 NO.10)  婦人公論平成27年1月22日号「ルポルタージュ 時代を創る女たち 村松静子 ~開業ナースは心を聴く」 → 「20150122.pdf」をダウンロード  『開業ナースのエッセンス「暮らし」に伴走する看護のすすめ』(こころの科学:日本評論社)

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2020年9月12日 (土)

新コラム【私のメディア・リテラシー】第7回 死への準備教育で聖ザビエルを超えたアルフォンス・デーケンさん    尾崎 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日本経済新聞編集委員)

第7回 フランシコ・ザビエルを超えた? アルフォンス・デーケンさん  2020-9-12

「デーケンさん」。その講演を一度でも聞いたことのある人ならだれでも親しみを込めてそう呼んでいた、アルフォンス・デーケン師が、9月6日になくなった。88歳。カトリックの司祭であり上智大学教授として「死の哲学」を講じた哲学者だったが、むしろ、人びとが死をタブー化しないように導く、デス・エデュケーション(死への準備教育)を日本に広めた功労者として知られていた。
「死への準備をすることは、よりよく生きること」。そんな死生観にもとづく市民グループ「生と死を考える会」をつくり、各地に同じ趣旨の会が広がった。画期的だったのは医師たちへの影響だ。医師の多くがホスピス・緩和ケアを「敗北の医療」と無視する時代に人間中心の医療を目指す一部の医師や看護師らに共感の輪を広げた。我が国に緩和ケア病棟の制度化の基礎を作った柏木哲夫医師(淀川キリスト教病院名誉ホスピス長)は、デーケン先生から二つのことを教えられたという。「人は必ず死ぬということを認識することの大切さ、と(死の)準備をする必要性だ」(9月11日・東京新聞)。国が普及に躍起のアドバンス・ケア・プランニング(ACP)も「死への準備教育」の流れを汲む。上智大グリーフケア研究所の島薗進所長によると「死生学は病院、介護施設などで、医学や心理学と絡めて考えられていた」が、それを一般市民むけに「死に向き合うことは自分を見詰めること」だと訴え、「広く生と死について考える流れをつくり、死生学の裾野を広げた」(同)。

デーケンさんはイエズス会の神父。イエズス会創始者のひとり、フランシスコ・ザビエルは日本にキリスト教伝道の道を開いた。彼は3年間日本で過ごし、彼は志半ばで日本を去ったが、デーケンさんは60年にわたって日本で活動し、ザビエルとは違った形で大きな足跡を残した。その魂の足取りは絵本『人生の選択――デーケン少年のナチへの抵抗』(藤原書店)で簡潔に語られている。ライフワークは「人びとに、生きることは何か、死とは何かを伝えること」だった。多感な少年のときナチスドイツ時代を体験した。4歳の妹が白血病でなくなった死別体験と不条理な戦争体験が彼の人生を決めた。隣人一家が連合軍の焼夷弾攻撃の犠牲になり、自らも機銃掃射から間一髪で命拾いした。ナチのエリート学校入学を推薦されたが拒んで、司祭の道を志し、長崎26聖人殉教者の一人、ルドビゴ茨木の生涯を知る。ザビエルが鹿児島についたのは1549年8月15日。それから410年後の1959年2月7日、デーケン青年は神学生として、横浜に上陸した。上智大の教員になってから世界のホスピスを医師や一般市民らと見て回り、「日本の津々浦々まで」講演した。2001年にはアメリカのホスピス視察の途上、3000人が一瞬にして死ぬという「9.11.同時多発テロ」に遭遇する。ドイツで味わった不条理の死をアメリカで再び体験したのである。それから19年たった2020年9月11日、東京の聖イグナチオ教会で執り行われた自らの葬儀で、宣教師デーケン神父のもう一つの顔が披露された。

日本に派遣された2年後、アメリカのフォーダム大学で哲学博士の学位を取るが、このアメリカ留学中に日本の将来を分析する。人口統計学的に日本の超高齢化を予測。高齢社会が迫っているにも関わらず、日本人は経済成長がもたらす消費経済に酔いしれ「生と死」の問題が社会の片隅に追いやられている、と睨んだ。デーケン青年は、そうした日本社会の混迷にターゲットをしぼった戦略を練り、日本に帰国する。最大限に活用したのはマスメディアである。服装は背広とネクタイ姿で通し、自己紹介は「私はデーケン。何にもデーケンです。晴れてもアーメン。雨でもハレルヤ」と笑いを取ってから自らの体験をもとに「生と死」について分かりやすく語りかけた。デーケンさんと同じドイツ出身のイエズス会士は、メディアをはじめ社会状況が変わったため、「もう、第二のデーケンは日本には現れない」と語ったものである。

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2020年9月 1日 (火)

第24回メッセンジャーナース研鑽セミナーⅢ「必要な医療 医療不信はなぜ起こる?」は9月26日(土)13時半ー. ゲスト出演はS認定の大阪メッセンジャーナースⅣ「終末期医療 治療のやり過ぎはなぜ起こる?」は9月27日(日)13時半ー. ゲスト出演はSA認定の北海道メッセンジャーナース

研鑽セミナーⅢ「必要な医療 医療不信はなぜ起こる? 説明を受けてもわからない~患者・家族のこころの風景」

研鑽セミナーⅣ「終末期医療 治療のやり過ぎはなぜ起こる? 権威が生む無意識の力学~医学的にこれ以上は無理なのに」

東京-岡山-鹿児島-新潟-愛媛-山口を結んで開催.

【詳細・お問合せ】

看護コンサルタント株式会社(http://www.nursejapan.com/nci/) TEL :03-5386-2427(担当:仲野、細井) FAX :03-5386-0662 E-mail:seminar@e-nurse.ne.jp

 

 

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2020年8月24日 (月)

第24回メッセンジャーナース研鑽セミナーⅠ&Ⅱ、熱く熱く交流、終了しました。セミナーⅡは9月26日、Ⅲは9月27日です。

*リモートは初めてでしたが、良かったです。
初めて参加した彼女は明日仕事で参加できないのですが、ためになる話ばかりでもっと話が聞きたくなったと、メールが来ました。私の考えに影響を受けグリーフケアの資格を取るために京都まで1年間夜行バスで通った彼女です。
スクリーンの代わりにホワイトボードに映して皆で見てましたが、全然問題なかったです。あるもので工夫するとどうにかなるものですね(笑)

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*日本の各地と結べる、繫がる、つむげるって凄いですね。
来月もよろしくお願い致します。(山口・原田)

*お疲れさまでした。東京に行ってやっていた研鑽セミナーとはまた違った感じで、良い余韻が残りました。
発表する人の話し、代表の話など今回のほうが集中してしっかり聞けたような気がします。
大したことしませんでしたがいい感じに疲労感が出てます。今、ホットした時間を過ごしてます(笑)
来月が楽しみです。私には、毎月仕事とは違う緊張感を持つ時間が必要のような気がしてます。(新潟・小田)

*この二日間、ありがとうございました。
鹿児島会場での研修の開催を目指しておりましたので、心から感謝もうしあげます。
鹿児島会場は二人の参加でしたが、志のある仲間を見つけることができそうです。
二人とも、メセンジャーナースになれること、このように看護を語り合えたことに喜びを感じておりました。
会場はソーシャルディスタンスを取りながら、いい環境で対応できました。
ありがとうございました。感謝して!!(鹿児島・田畑)

*勉強になりました。
受講した一井さんも、看護について語り考える時間に感激しておりました。
お礼を申し上げます。(愛媛・渡邉)

*感染対策上の問題で、重要な意思決定に病院の中に外部から入りにくい状況になり、面談場面に立ち会えずもどかしい思いをすることが多くなっていることに葛藤もありつつ、自宅や電話でしっかり意識的に話をするようにしています。 こんな時だからこそ、改めてメッセンジャーナースの心がひろがっていくように、歩みをとめてはいけないのだと、いつもながら村松先生の行動化の早さに敬服しています。(岡山・赤瀬)

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2020年8月 8日 (土)

メッセンジャーナース研鑽セミナーは凝縮改訂・オンラインで再開【メッセンジャーナース通信 2020.08.07 No.150】 支援の一環として、メッセンジャーナース認定協会では、メールマガジン「メッセンジャーナース通信」を発行しています.

メッセンジャーナース認定協会は、「メッセンジャーナース」の称号取得・登録・活動を支援する民間団体です。
メールマガジンのご登録はこちらからどうぞ⇒ http://www.mag2.com/m/0001196132.html
*「まぐまぐ」を利用していますので、「まぐまぐ」側のPRが入ります。ご了承ください。

新型コロナウイルス渦中で、メッセンジャーナースの同志は、それぞれの立場で、その人らしく必死に取組んでおります。多くの行事が次々に中止、セミナーも延期が続いていました。その中でも看護ネット・ラーニングだけは進んできました。
メッセンジャー通信No.150号は、その方法・内容・を変え、各地を繋いで凝縮改訂・オンラインとして再開の第24回メッセンジャーナース研鑽セミナーへのお誘いや、応援団のおひとり、尾﨑雄さんのコラム「第6回「単なる嘱託殺人か「安楽死」なのか」についてのお知らせ。さらには同志の各地での動きの紹介等です。

第9回メッセンジャーナースの会・総会は神奈川県に決定しておりますが、開催方法について検討しているところです。

☆フェイスブックでも情報を発信しています。
https://www.facebook.com/nursejapanNET/?ref=bookmarks
◆ 「メッセンジャーナースたちによる「心と絆といのち」朗読バトンリレー、次々にアップされています。ぜひお聞きください。
https://www.facebook.com/pg/nursejapanNET/videos/
─────────────────────────────
□ 一般社団法人よりどころ〔メッセンジャーナース認定協会〕
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ホームページ運営・メールマガジン発行:瀬川護(開業ナース応援隊)
───────────────────────────────
 当協会へのお問い合わせは、messenger.ns@e-nurse.ne.jp までお願いします。

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2020年8月 1日 (土)

新コラム【私のメディア・リテラシー】 第6回 ALS患者嘱託殺人事件と「安楽死」について 尾崎 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日本経済新聞編集委員)

第6回 単なる嘱託殺人か「安楽死」なのか 2020-7-31

 筋委縮性側索硬化症(ALS)の女性患者から依頼を受け、薬剤を投与して殺害した医師2人が7月23日、京都府警に嘱託殺人の容疑で逮捕された。この事件を新聞は競って報道している。特異な事件ではあるが、メディアの報道の仕方や姿勢について考えさせられることが少なくない。

 朝日、読売、毎日、産経、東京、日経の各紙は、①現場が在宅療養の場であること、②SNSを“活用”した計画的な行為であること、③当事者間に金銭授受があったこと、④当事者が「独自の死生観」を持ち、⑤「訴追されないないなら」かまわないという反社会的な意識を持つ医師らによって行われたこと――を大きく報道した。安楽死の「作業はシンプル」だった、被害者に「睡眠薬を胃ろうに投与か」、使用した薬物は「バルビツール酸系睡眠薬と判明」とか各紙は事件の“手口”や経過を競って報じている。

 各紙は、「ALS患者(が)生きやすい社会」を求め、「生きる権利」を主張する当事者や支援団体関係者の声を掲載する一方で、ALS患者らが生きることの苦しみを「早く終わらせたい」という思いや主張も伝えている。ALS患者として初めて国会議員になった舩後靖彦氏の「『死ぬ権利』よりも『生きる権利』を守る社会にしていくことが何よりも大切」という声を掲載した。ところが、被害者の女性がツイッターで「自らの『生』と『死』の在り方を自らで選択する権利」を求めていたとも伝える。新聞は、異なる立場から沸き起こる様々な声や主張を取り上げざるをえないのだが、事件の本質をどのように捉え、読者(市民)に伝えようするのか、わかりにくい。次々と浮上する新しい事実に右往左往しているようだ。一つには、価値観の多様化を反映した複雑な社会現象を評価するための明確な判断基準が見つからないからだろう。今度の事件はインターネットが支配する現代社会で起こるべくして起きたともいえる。

 新聞報道のかたちは二つに分かれた。一つはインターネット世代ならでは新しいタイプの嘱託殺人のディテールを詳細に報道すること。もう一つは、「命とは何か」という重いテーマを社会全体で考えるようと問題提起する流れだ。そうしたなかで、各紙は7月28日、一斉にこの事件に関する社説を朝刊に掲載した。各紙の見出しを列記しよう。
「嘱託殺人 医の倫理に背く行い」(朝日)、「ALS患者の嘱託殺人 医師として許されぬ行為」(毎日)、「ALS嘱託殺人 医療からの逸脱は許されない」(読売)、「医療から外れた嘱託殺人事件」(日経)、「ALS嘱託殺人 生命軽視の明確な犯罪だ」(産経)、「ALS嘱託殺人 安楽死の事件ではない」(東京)である。いずれも見出しで「嘱託殺人」だと断じている。

<朝日の社説と「『ブラック・ジャック』登場人物に憧れ?」>
 ただ、東京新聞だけが見出しに「安楽死」を出した。同紙は事件発生を報じた7月24日付けの紙面で3頁のうち2頁で「安楽死」をトップ見出しに使っていた。しかし、社説では「過去の事件と比べ特異な要素が多く、安楽死議論との直結には無理がある」と述べている。各紙は社説のトーンに苦労したようだ。もっと気になったのは、朝日新聞の紙面だ。社説掲載の前日にあたる27日付け朝日新聞夕刊の社会面トップ記事である。メインタイトルは「医師『安楽死』何度も投稿」。サブタイトルは「『ブラック・ジャック』登場人物に憧れ?」である。今回の嘱託殺人のヒントは、あたかも手塚治虫の有名な漫画から得たと思わせる書き方になっている。容疑者の一人は、患者の「安楽死」を金で請け負う漫画の登場人物「ドクター・キリコ」へのあこがれをツイッターに投稿したという。キリコは「ブラック・ジャック」に登場する医師だ。容疑者は「『日々生きていることすら苦痛だ』という方には、横浜地裁の要件はそれとして、一服盛るなり注射一発してあげて、楽になってもらったらいい」、「違和感のない病死を演出できれば、完全犯罪だ」と書き込んでいた。あまりにも常軌を逸した発言と言葉遣いに唖然とする。

 容疑者がこのような書き込みをしていたことが事実だとしても、影響力のある大新聞がそれを大きく載せるとは如何なものか。「ついに、こんな時代になってしまったのだ」とクールに受け止める読者もいた。が、しかし、事実だからと言って、リビングに置かれる新聞の夕刊の社会面に大きく載せて良い記事なのだろうか。小・中学生や高校生が目にし、読むかもしれない。朝日は社説で医師である容疑者二人の行為を「医の倫理に背く」と指弾しているが、この社会面の記事は社説の主張と矛盾する。施設ホスピスや在宅ホスピスなど緩和ケアの現場で働いてきた山崎章郎医師は「医の倫理に背くどころか、人としての道を外れている」と朝日の社説に違和感を持ったという。

<殺人事件を「安楽死」と同等あるいは類似のことのように>
 「安楽死」の扱い方は難しい。24日の毎日はそれを簡潔に書いていた。安楽死は、薬物などで患者を死なせ、尊厳死は終末期に延命治療をしないこと。我が国では法律による定めはないが、医師が末期がん患者に薬剤を注射して死亡させた東海大事件(1991年)で、横浜地裁は安楽死を認める要件を示した。すなわち、①耐え難い肉体的苦痛がある、②死が避けられず死期が迫っている、③肉体的苦痛を取り除く代替の手段がない、④生命の短縮を承諾する患者の患者の意思表示がある――の4つである。今度の事件の容疑者が書き込んだとされる「横浜地裁の要件はそれとして、一服盛るなり注射一発してあげて、楽になってもらったらいい」の「横浜地裁の要件」は、これである。
今回の事件では、なくなった患者は4つの要件を満たしていたのだろうか?  ①についていえば、耐え難い肉体的苦痛があったというより、むしろ精神的、社会的な苦痛に苛まれていた。②と③は議論の余地があったはずである。ところが、新聞は「安楽死 SNSで思惑一致」(東京)、「安楽死の望み」(朝日)、「医師『安楽死が必要』投稿」(読売)といった具合に、殺人事件を「安楽死」と同等あるいは類似のことのように扱っている。このような報道が広がることを憂慮してか、日本緩和医療学会はいち早く木澤義之理事長名で声明を出した。逮捕された医師2人は同学会の会員ではないと断ったうえで、「いわゆる積極的安楽死や自殺幇助が緩和ケアの一環として行なわれることは決してありません」。「積極的安楽死」とは、患者の命を終わらせる目的で「何かをすること」である。
医療と情報の技術や手段が急速に発達し、生活の隅々まで行き渡ったところに一部の不心得な医師が関わり、起こるべくして事件が起きた。在宅医療の現場や地域での終末期ケアを担ってきたベテラン医師の一人は語る。「毎年、約1万人の医者が誕生する時代だ。変人、奇人もいるだろう」と。しかし、市民の多くは、他の職業ではありうるとしても医師だけは、そうあって欲しくないと望んでいるはずだ。最大の問題は、社会規範が破綻に瀕している現実を、メディアがどのように咀嚼し、一般社会にどのような形で発信すべきか、ということである。

<報道の社会的責任とは何かについて問う>
ALS当事者団体に属する一人はSNSにこう書きこんだ。「SNSのみのやりとりで、初めて会う患者に多額の謝金をもらい(死に至る薬物を)投与したこの事件は、ただの殺人事件」だと。産経が「生命軽視の明確な犯罪だ」と断じた嘱託殺人事件の手口を詳細に報道することは、一部の専門家の参考になろうが、一般市民にとってどんな利益があるのか気になる。報道の社会的責任とは何かについて改めて考えざるを得ない。
世界保健機関(WHO)の自殺対策に関するガイドライン「メディア関係者に向けた自殺対策推進のための手引き」(2017年版)は、「やってはいけないこと」を例示している。たとえば、
・自殺の報道記事を目立つように配置しないこと
・自殺を前向きな問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと
・自殺に用いた手段について明確に表現しないこと
・センセーショナルな見出しをつかわないことーーなどだ。
 いうまでもなく、自殺と安楽死を混同すべきではない。とはいえ、今回のALS嘱託殺人事件に関する新聞報道を振り返ると、「やってはいけない」ことが少なからずあったように思えてならないのである。 

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2020年7月25日 (土)

コラム掲載中の尾﨑雄氏(生・老・病・死を考える会 (AIDプラス) )が新たな形で勉強会を始動。第1回は8月11日(火)18:30〜20:30、東京・銀座の会場とオンライン中継でスタート。テーマ:ヘルスケアの人類史的な転換期を考える「アフター・コロナ」に向けて 締切日:7月31日(金)  ヘルスケアの人類史的な転換期を考える  「アフター・コロナ」に向けて

新型コロナウィルスのパンデミックは既成の世界観を覆し、危機管理のありかたを一気に変えました。私たちは、これを真摯に受け止め、新たな勉強会、「AIDプラス」(※)を立ち上げます。世代や職業を超えて来たるべき2040年問題や2060年問題を学び合い、ともに未来をみつめながら歩み、「志の輪」を広げようとする試みです。
第1回は8月11日、東京・銀座の会場とオンライン中継でスタート。長谷川敏彦氏(一般社団法人未来医療研究機構代表理事)を講師にお招きします。テーマは「ヘルスケアの人類史的な転換を考える」。中国の先駆的な取り組みなどを踏まえながらヘルスケア革命の行方を展望して頂きます。若い人を中心に、明日を見据えながら今を生きようとする方々の参加を期待し、Zoomミーティングを使用してオンライン参加も可能にしました。会場では、万全な新型コロナ対策をして定員40名、オンラインは50名までと致します。是非ご参加ください。
・オンライン参加の方は、当日のZoomリンクとパスワードを開催2日前までにお送り致します。
・Zoom参加者は事前に無料アプリ "Zoom" のダウンロードをお願い致します。
・通信環境の良いところでご参加ください。
・スマートフォンでの参加もできますが、資料など映像が小さくなります。

― 記 ―
講 師  長谷川敏彦氏  一般社団法人 未来医療研究機構 代表理事(大阪大学医学部卒、ハーバード大公衆衛生大学院修士。厚労省、国際協力事業団、国立保健医療科学院政策科学部・部長等を経て現職)
演 題  ヘルスケアの人類史的転換――世界の最新動向から
日 時  8月11日(火)18:30〜20:30
会 場  東京都中央区銀座3-9-11 紙パルプ会館 3階会議室
   ☎03-3543-8111  最寄駅:地下鉄銀座線銀座駅・松屋出口から3分
定 員  会場40人 オンライン50人
会 費  会場参加 学生1000円、一般2000円
      オンライン参加費は事務局から追ってお知らせします。
申込先 氏名と所属または職業明記の上、下記にお申込みください
yamamurayumiko009@yahoo.co.jp 山村由美子(事務局) 
締切日  7月31日(金) 

生・老・病・死を考える会 (AIDプラス) 
世話人 尾﨑 雄(NPO法人コミュニティケアリンク東京副理事長、元日経編集委員)
世話人 田中 淳夫(NPO法人銀座ミツバチプロジェクト 理事長)
世話人 和田 義人(千葉商科大学 人間社会学部教授)
世話人 山村由美子(国際医療福祉大学大学院修了生) AIDプラス事務局長
世話人 三浦 央稀(東洋大学 経済学部総合政策学科4年)
(※)老・病・死を考える会(略称AID)の理念に、子育て支援など若い世代のニーズやSDGsなど
未来志向の発想を加え、旧AID常連を核に新たに立ち上げた)

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2020年7月 5日 (日)

5月に予定され長いこと延期になっていた全体会を開催。常に感染しないこと感染させないことを意識しながら現場は訪問に・・その頑張りに「チームプレー大賞」として賞状並びに金一封が。今後のさらに創意工夫した取り組みを約束し、新たなチャレンジ構想に、気持ちも新たに一丸となって前進していきます。

5月に予定され長いこと延期になっていた全体会が、時間短縮及び3密を避けながら開催されました。

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東京の感染者が三桁になりましたが、この機会を逃すと開催が難しくなるという判断の中で、何人かの欠席者はあったものの、久しぶりに代表を囲み一同に顔を合わせました。常に感染しないこと感染させないことを意識しながら現場は訪問に頑張ってきました。その一丸となった頑張りに代表から「チームプレー大賞」として賞状並びに金一封をいただき、今後のさらに創意工夫した取り組みを約束しました。これまで経験したことのない状況を好機と捉えた新たなチャレンジ構想をトップから聞き、気持ちも新たに前進していきます。

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2020年6月26日 (金)

新コラム【私のメディア・リテラシー】 第5回 どう生まれ変わるのか、私たちの暮しを左右する新型コロナウイルス対策会議 尾崎 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日本経済新聞編集委員)

第5回 どう生まれ変わるのか、私たちの暮しを左右する新型コロナウイルス対策会議 2020-6-27

 後期高齢者の一人である私にとって唯一と言える趣味はメディアリテラシーの実践です。言ってみれば、最寄りの図書館に赴き、その日の新聞を読み比べることです。
6月25日の各紙朝刊は、新型コロナウイルス対策に関する専門家会議の廃止を報道していました。最も大きく紙面を割いていたのが、朝日新聞です。
1面の脇トップ(トップ記事に次ぐう重要ニュース)に据え、さらに、3面の半分を超えるスペースを埋めて「政治と科学 問われる距離」という問題提起をしていました。
 1面記事の主見出しは「専門家会議廃止、新組織に」です。政府は、医学的見地から政府に助言を行ってきた専門家会議を廃止し、社会・経済の専門家など幅広い専門家を加えた新たな会議体を立ち上げるというニュースです。「コロナ」担当の西村康稔経済再生大臣によると、専門家会議は「位置づけが不安定」であるから、新たなコロナ対策会議を設置し、「感染防止と社会経済活動の両立を図る」ため、感染症の専門家以外に自治体の関係者や情報発信の専門家らを加え、感染の第2波に備えるという狙いだそうです。

<微妙な立場に追い込まれたかっこうの専門家会議>
 いっぽう、専門家会議は脇田隆字座長ら3人が政府の記者会見と同じ24日、日本記者クラブで会見を行いました。その主旨は概ね以下の通りです。
「(感染症防止)対策の実行は政府が行い、現状分析と評価は専門家会議が政府に提言するという役割分担」のはずだった。ところが、実際は「国の政策を専門家会議が決めているようなイメージ」を国民に与えてしまった、という主張です。
 私は政府の会見には出られなかったものの、専門家会議の会見は日本記者クラブのオンライン中継で全容を知りました。専門家会議の位置づけが曖昧なため、会議メンバーらも「役割以上の期待と疑義」を持たれていることは承知しており、そうした世評に対する反論と反省がにじむ記者会見でした。専門家会議の主要メンバーの思いはオンラインの映像と音声でも、その口調と表情が如実に伝わってきました。感染症の専門家のほかに医療と社会・経済活動など両立を図るための新組織づくりには政府の歩調と合わせてはいるものの、奥歯にものが挟まったような印象を受けました。
 この間の微妙ないきさつは6月26日付けの日経新聞の朝刊が書いていました。
――政府、コロナ新会議設立 方針『逸脱』封じ 権限明確に 廃止の専門家会議とは溝――という記事(政治面)です。

<「感染防止と社会経済の両立」というミッションの行方> 
 それによると「5月の連休が明けて政府が緊急事態宣言の解除を急ぐようになると、政府と専門家の考え方に溝が生じ始めた」そうです。事業者や企業の休業や活動を事実上押さえこむ自粛要請が長びくと、経済が委縮するという風評と批判が広がってきたため、政府も地方自治体も政策のウェートを、感染防止よりも経済の延命にシフトせざるを得ないからです。
いち早くコロナ対策に手をった杉並区の田中良区長も「ライブハウスのロックコンサートならともかく、静かに音楽を聴くクラシックの演奏会まで規制するのは行き過ぎ」と語っています。
 専門家会議も「感染防止と社会経済の両立」が必要なことは分かってはいるものの、やはり「病気のことは、先ずは専門家に任せて欲しい」というのが本音なのでしょう。記者会見には国の政策が社会経済の“延命”にシフトしても「感染症の専門家は関与すべきだ」とする専門家会議の本音がにじみ出ていました。
そう考えると、25日付けの朝日新聞が専門家会議のあり方について考えるべき点があることを他紙よりも強調したことは意味があります。同じ日の日本経済新聞も社会面で専門家の助言のあり方に課題がある、と指摘していました。
 新たにできる組織のミッションは二つ。
一つは、感染の第2波への備え。もう一つは感染拡大を押さえつつ経済活動を再開することです。ブレーキを踏みながらエンジンをふかすという矛盾した政策をどう作って、実施するのか。
7月には新組織は発足するようですが、私たち一般市民の暮しに直接かかわる問題だけに、新聞やテレビなどメデアはこれから動向を的確に報じてほしいと思います。

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2020年6月 1日 (月)

新コラム【私のメディア・リテラシー】 第4回 政府が無能なのに、コロナ対策が成功したわけ 尾崎 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日本経済新聞編集委員)

第4回政府が無能なのに、コロナ対策が成功したわけ 2020-6-1
 新聞を開くと、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の生真面目な記事が多いが、緩い話も載っている。たとえば、5月30日づけの朝日新聞土曜版のコラム「日本人は勝手にやってきた」。政府が無能だからこそ、ほかの国に比べてCOVID-19の感染者と死亡者を少なく抑えることができている、という。
安倍総理は「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半でCOVID-19の流行をほぼ収束させることができた」と自負し、「すべての国民のご協力、ここまで根気よく辛抱して下さったみなさまに心より感謝申し上げます」と述べた。これを受けて「日本人は勝手に……」は、「コロナ対策がなぜか、うまくいっている」のは「(政府が)無能なのに、じゃなくて、無能だからこそ、うまくいっている」と手厳しい。専門家会議の議論を尊重してきた政府が無能かどうかはともかく、国民の多くは政府が提示した施策に納得がいけば罰則なしでも従い、施策の効果を上げ、結果的に公共善に貢献した。このコラムの筆者は小説家の保坂和志氏。表現は過激とはいえ多くの文学賞を取っている作家らしい指摘である。
“異邦人”も似たような日本人観を持っているという。ラグビー日本代表のエディ・ジョーンズ前ヘッドコーチは「日本人は上に言われるから規則に従うのではなく、もともと日本人には規則に対する強い敬意がある」と。ここで言う「規則」とは「ものの道理」のことだろう。日本人がほんとうに遵法精神に富んでいるかどうかはさておき、「三密」禁止とかソーシャル・ディスタンスの保持といった常識的に納得できる「要請」なら遵守する賢さを備えているようだ。これが話題の「ファクターX」の一つかもしれない。
「ファクターX」を探せ!
「ファクターX」とは、iPS細胞を作製してノーベル賞を受けた山中伸弥氏(京都大学iPS細胞研究所・所長)が自身のサイトで問題提起した考え方である。山中氏はこう述べる。「新型ウイルスへの対策としては、徹底的な検査に基づく感染者の同定と隔離、そして社会全体の活動縮小の2つがあります。日本は両方の対策とも、他の国に比べると、緩やかでした。PCR検査数は少なく、中国や韓国のようにスマートフォンのGPS機能を用いた感染者の監視を行うこともなく、さらには社会全体の活動自粛も、ロックダウンを行った欧米諸国より、緩やかでした。しかし、感染者や死亡者の数は、欧米より少なくて済んでいます。何故でしょうか?? 私は何か理由があるはずと考えており、それをファクターXと呼んでいます」
山中氏があげるファクターXの候補は7つ。①感染拡大の徹底的なクラスター対応の効果、②マスク着用や毎日の入浴など高い衛生意識、③ハグや握手、大声の会話などが少ない生活文化、④日本人の遺伝的要因、⑤BCGなど、何らかの公衆衛生政策の影響、⑥2020年1月までの何らかのウイルス感染の影響、⑦ウイルスの遺伝子変異の影響――である。 
日本固有の「恥の文化」が感染拡大を押さえた?
この問題提起は、瞬く間にメディアに拡散した。たとえば、6月4日号の『週刊新潮』は、「手洗い・マスク文化」「BCG」だけではなかった“重大要素”とか、「重症化回避の遺伝子を探せ」慶大・京大研究班が「ゲノム解析」とかいった記事を載せている。山中氏の「候補」には入っていないが、「日本人は勝手にやってきた」は8番目のファクターX候補かもしれない。5月31日の日本経済新聞のコラム「春秋」はルース・ベネディクトの『菊と刀』にかこつけて書いた。日本固有の「恥の文化」が影響しているという見立てである。
COVID-19の正体は、日本上陸当初に比べればおぼろげに見えてきたとはいえ、治療薬はもとよりワクチンの開発もハッキリした見通しが立っていない。したがって「ウィズコロナ」とか「アフターコロナ」とかいうウイルスと共生するための議論は百家争鳴。それだけに「ファクターXを明らかにできれば、今後の対策戦略に活かすことができるはず」(山中氏)だ。「日本人は放っておけば、勝手に努力して、勝手にあれこれ工夫する。そういう人たちのあつまり」(保坂氏)だ。リーダーシップの不在が叫ばれて久しいが、中国の一党独裁や韓国のIT監視網による電脳独裁などに比べれば、「ものの道理」を弁えた国民が「勝手にやって」くれるようなレッセフェール(自由放任)体制の方がましなのかもしれない。

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«メッセンジャーナースの呼びかけで、武漢―東京―大阪とマスクリレーもあった中国武漢のナースたち、その後の活動、今語るその対応に、心惹かれ、これからのヒントを得ました(朝日新聞5月6日の記事より)。私たちも一丸となって・・。