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2010年3月24日 (水)

医療の受け手が治療の選択について悩む時間を与えないやり方が横行していないか

先日夜遅く、遠方で暮らす75歳を過ぎた叔母から電話がありました。「施設に入っている85歳になる姉に『胃ろう』の手術をした方が良いと先生に勧められた。その手術は本当にした方が良いのか?手術しないとダメなのか?なるべく早く返事が返事ほしい…」と切羽詰った様子でした。叔母の話を聴けば、85歳になる叔母は誰がそれと認識できない状況にあり、叔母にしてみれば「お腹に穴を開けて食事をする」という事が信じられないと言います。医療が発達していない時代に育ち、物が食べられない戦争時代を思えば、そこまで執着する事はないと言います。何よりも、自然のままが一番良いとの価値観があると話すので「そうであるなら手術の必要はないと思う」と返事をしました。

その電話を受けた後、最近話題になっているメッセンジャーナースの事を思い出し、ホームページを開きました。そこに書かれた「医療の始まりは対立ではなく対話です。それが最良の治療を生み出すのです。」という文章を読み、叔母に対してメッセンジャーナースならどの様に関わって下さるだろうかと、ふと思いました。研鑽セミナーにある「医療のやりすぎ」のテーマを目にし、叔母ももしかしたら言われるまま「やりすぎの医療」を受けていたかもしれないと思いました。

なぜ「対話」が出来なかったのかその理由は私にはわかりませんが、「お腹に穴を開ける」と素人が聞いてビックリする様な手術を「簡単な手術だから、必要だから」と、一方的に勧められる現実を受けて、少し恐ろしくもあります。医療の枠からみた価値観を、「対話」もなく押し付ける今のやり方、医療の受け手が治療の選択について悩む時間を与えないやり方が横行していないか、今更ながら心配です。もうそろそろ医療に携わるそれぞれの人がこの現実に対して、医療の枠での価値観を推し進めていく医療で良いのかどうか、考えていかなければならないと思えてなりません。訴える先もなく、こちらに書かせて頂きました失礼をお許し下さい。

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コメント

私の友人夫婦は介護保険制度が始まる前から自宅を開放して「宅老所」(今はデイサービスと呼ばれています)を運営しています。そこでの実例を書き込みます。その宅老所で長くお世話をしていた91歳の女性が体調不良で入院した際、胃ろうを勧められました。が、それを選択せずに退院してきました。ほぼ毎日友人のところを利用し、ペースト状のものから経口摂取をはじめて、徐々に軟食まで食べられるようになったとの事です。オムツは使用せず、スタッフのトイレ介助で対応したそうです。所謂デイサービスでは末期の看取りが出来ないので、対応してくれる在宅医を探している最中容態が急変し、最期は病院でなくなったそうです。ご家族はケアに対し十分満足しておられたとの事。
今の介護、看護、医療はすぐに「手を尽くす事」を諦めてしまう。。。手を尽くしてこそ「ケア」と呼べるのではないでしょうか?病院も在宅医も在宅サービスも、もっと真剣に連携して事に当たれば、その人らしい、人間らしい暮らしを、最期の時まで支えていける筈。「出来るよね~~今だって」と友人と話しています。その願いをかなえようと人事を尽くす事が今のケアの現場に何より必要なスピリッツでありましょう。

投稿: takezawa harue | 2010年3月25日 (木) 06時55分

私は看護師の資格を持つケアマネジャーをしています。施設や在宅で食事が食べられなくなったとき「胃ろう」の判断を迫られる家族の方たちから相談を受けることが多くなりました。医師の説明を理解して判断するのに時間が必要ですよね。自分たちで調べたり相談したりする時間が必要ですし、何より医師の言っていることの意味がわからなければ戸惑いのほうが多いのではないでしょうか。叔母様の戸惑いが良くわかります。最近このような本が出ています 口から食べれなくなったらどうしますか「平穏死」のすすめ  石飛幸三著 講談社
この本は特別養護老人ホームの医師が書いたものです。まさに胃ろうのこと看取りのことが書かれています。なにかの参考になるのではと思いました。私は相談を受けたら、胃ろうのことをわかり易く説明させていただきます。さらにつけたらどんな生活なるのかイメージが持てるように、この地域ではこんなサービスがある、逆につけるとこのサービスが受けづらくなるなどなるべくわかりやすくと心がけています。生きることや看取りについてなど一緒に考えていく姿勢を持ち続けたいと書き込みをみて思いました。

投稿: イッシー | 2010年3月24日 (水) 13時56分

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