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2014年1月30日 (木)

お陰様で、新卒・新人訪問看護師応援サイト「CAN-GO.com」が正式オープン致しました。

全国の訪問看護STから登録があり新卒・新人にメッセージが届きました。

・医療技術は医療の現場での研修や、訪問看護師としてのキャリア育成制度で支えます。(岐阜県)
・現場経験豊富なスタッフのフォローもありますので今一歩の踏み出してみましょう!(愛知県)
・「この仕事やってて良かった~」という至福の感覚を味わってもらえたら最高です。(大阪府)
・訪問看護が未経験でも大丈夫。歓迎します。(静岡県)
・訪問看護は大変です。だからやりがいがあります。(長崎県)

新人・新卒 訪問看護師応援サイト 「CAN-GO!」
 http://can-go.com/ ~20141月末オープン~

プレスリリースはこちら
http://carepro.co.jp/about/press20140130.pdf

今後も、学生や新人看護師が、訪問看護の分野にチャレンジしていけるよう、微力ながら取り組んでいきます。

ケアプロ株式会社 Carepro, Inc http://carepro.co.jp/
代表取締役 川添高志

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2014年1月27日 (月)

長年遠藤ボランティアグループの代表兼顧問を務められている原山建郎(はらやま・たつろう) による「語り部通信」の連載が始まった。「語り部通信」資料編では、当LLP代表の村松静子と内籐いづみ先生について触れられている。 

遠藤ボランティアグループ「連載 語り部その1」は、遠藤周作さんが提唱した「心あたたかな病院」キャンペーンです。

「語り部通信」資料編  『財界人』掲載の「医療ルネッサンス」再録1

 遠藤周作さんの「心あたたかな医療」キャンペーンは、心ある多くの医療者を励まし、地道なそして確かな成果を挙げてきました。いまから十年前(200305年)、原山は月刊誌『財界人』に「医療ルネサンス」というインタビュー記事を書いていました。そのほとんどは拙著『あきらめない! もうひとつの治療法』(厚生科学研究所、2006年)に収載されていますが、本欄では雑誌に掲載された在宅看護研究センタLLP代表・村松静子さん、ふじ内科クリニック院長・内藤いづみさんにうかがってまとめたオリジナル原稿を、お二人の快諾を得て、再録します。

詳細は⇒ こちら

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2014年1月20日 (月)

笹川記念保健協力財団からのお知らせです。 ⇒ 2014年度「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業受講者募集

2014年度「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業受講者募集

起業家育成事業のねらい:地域を拠点とする「日本財団在宅看護センター」の開設と普及のため、その趣旨を理解し起業・運営・経営を担うことができる看護師を育成します。

「日本財団在宅看護センター」とは、看護師を中心とした地域包括的な在宅医療を担う事業所です。

地域の医療施設や地域包括支援センター等と連携し、地域住民の入退院や健康管理をはじめとするプライマリケアを提供することを目的としています。

特徴 ・地域包括的なケアのマネジメント機能を持ち、看護師は多職種連携のコーディネーター(Inter-Professional Coordinator)役を担う、等

受 講 期 間: 2014 62日(月)~2015130日(金)

募 集 人 数: 20名程度 受 講 料 400,000円(税込)

応募受付期 限: 第一回:2014 228日(金) 第二回:2014 320日(木)

受 講 期 間2014 62日(月)~2015130日(金)

支援制度について  本事業には各種支援制度があります。

受講の手続き後、もしくは起業の際に、希望者に対し下記の支援を予定しています。但し、本制度には申請条件や審査があります。

受講:奨学金返還の義務はありません上限400,000

起業:機材整備設備備品(什器備品・医療機器など) 1,500,000円程度

建物改修・車両整備については、日本財団へご相談ください。

詳細⇒日本財団助成の申請

 http://www.nippon-foundation.or.jp/what/grant_application/

詳しくは笹川記念保健協力財団のホームページより募集要項をダウンロードし、ご確認をお願いします。URL

http://www.smhf.or.jp/  E-mailsmhf_hospice@tnfb.jp

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2014年1月16日 (木)

医療の限界は看護の力で回避できる【メッセンジャーナース通信 2014.1.16 No.74】を配信されました

1月16日、メールマガジン「メッセンジャーナース通信」の74号を発行されました。今号は、認定協会からのお知らせに加えて、メッセンジャーナースたちの交流・声、コラム「起業家ナースのつぶやき」、「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業受講者募集等々、いっぱいの情報です。

メッセンジャーナース認定協会では、徐々にその活動を全国に広げつつあります。この活動に関するご意見も募集しています。

 メールマガジンのご登録が未だの方はこちらからお願いします。 

 http://www.mag2.com/m/0001196132.html

 当協会へのお問い合わせは、messenger.ns@e-nurse.ne.jp までお願いします。

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村松静子の【起業家ナースのつぶやき】Vol.55 医療の限界は看護の力で回避できる その2

起業家ナースのつぶやき ● 村松静子 Muramatsu Seiko

Vol.1-vol.45 ⇒ こちら

Vol.55   2014.1.13

「定年退職、バンザ~イ!」などと言ってはいられない。看護師だから持っている真の力を発揮できるのはその後かもしれない。看護の力は、超高齢化する社会にとっては大いに役立つはず。第1に、問題視されているインフォームド・コンセント。医師と患者・家族の意思疎通・解釈・納得を生み出す懸け橋になることができる。身についた観察力・判断力・高度医療の知識は活かせる。加えて、それまで経験した多くの事例を基に対話の研鑽を積むことで看護力は磨かれる。その必要性を感じて動き出したのが「メッセンジャーナース」の認定を持つ看護師たちである。 続きは⇒こちら

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2014年1月15日 (水)

今年もすでに15/365が過ぎた。350/365も平穏無事に過ごせますように!

例年通り、晦日はただ慌ただしく、除夜の鐘を聞く頃やっと一年の疲れを流す。近くのお寺へ初詣に行く声と足音を聞きながら。

年末30日に友人の夫が急逝したのに続いてまた別の友人の夫がこの11日に永眠された。子育て時代からの仲間4人のうちの2人である。いつかは来るその時、だれに来てもおかしくない年齢に達し“その時”を一層身近に感じざるを得ない。

一方、同期、先輩の元気印この上ない賀状に、こちらも凹んではいられないと力が湧いてくる。書くときはブツブツ、貰うときはニコニコ。年一回の便り、お互いの笑顔が長く続きますように…。

今年残す350/365も平穏無事に過ごせるよう皆さまよろしくお願いいたします。

さて、年末の食品ロス0%挑戦の結果は?0とはいかなくとも例年よりは大幅減少。

毎年一番の残量を誇る煮しめが0。最後の八つ頭一個はわが口の中へ。

“こらんしょ”芋煮会の時教わり初めて作った福島郷土料理「いか人参」も好評で完売(食)。

成果の内情を言うと、お膳に上る機会が2日にわたり、総口数が大幅に増えたこと。

もう1点は我が足にある。いつもなら、デパ地下、市場へ出かけウロウロ。大型スーパーをハシゴし、あっち見こっち見ウロウロ。買うわけでもないが見るのが楽しくウロウロ。しかし、師走に入るとこの楽しみを奪うように脊椎神経のいじめが日に日に増長して無駄買い、衝動買い、仕込み時間を阻止。お陰でウロウロせず必要な品物を必要量だけ買い求め、料理も食べきれる量だけ少なめに、で時短を心がけたのである。

今年の330/365過ぎ=残す半月には平穏無事な状態で余計なウロウロをせず、口数にあった量を。そして食品ロス0への再挑戦に生かせば良い、が結論である。

就寝時も襲ってくる脊椎神経のいじめ。「これからずっとお付き合いしていくことになるのよね、如何に仲良くしていくかご機嫌伺いながら・・・」そんな愚痴をこぼしていたある夜、この悪たれちゃんに「お願い、もう少しやさしくして。どうすれば良い?ちょっと向きを変えてみるから…」と痛い部位をさすりながら話しかけている自分に驚く。悪さする神経を友として受け入れたということだろうか。

悪たれちゃんよ、わが楽しみのウロウロだけは奪わないように、手加減をお願いします!!

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2014年1月 7日 (火)

どのように死ぬか・・つまり、最後だけでなく、どのように生きて死にたどりつくかが重要な時代

喜多先生 皆さま  (2014.1.6)

私の年になると周りとの会話は今抱える健康不安の店開きと、ピンピンコロリと行かないときどう対処するか・したいか、店仕舞い方法は、ということになり、結局はどうなるかわからないことをくよくよ考えないで今の一日一日を大切に笑顔で過ごそう、となります。そんな中でそれぞれの考えが自然に出てきて“そのとき”には互いの尊重に役立てられるのではと思っています。

「技術(手技や薬剤)」が進歩した時代に生きて、正にその技術に助けられて今存在している私ですが、生との決別まで苦痛だけは逃れたい、と悟りきれないでいます。この数カ月、腰椎が悪さして腰から下肢の神経が大暴れでその痛みに眠れず、時に歩けず唸っています。薬剤効果も撥ね退けられて。イノチに関わらないので決別までは共存していくことになりましょう。自分との戦いです。

過剰な治療はもちろん望みませんが病で苦しさ、痛みが出たらそこだけは緩和して欲しい。そこ辺りは看護の出番、看護の技(手技だけではない)を駆使出来る場面ではないかと。でも、誰もその願いと言うより、私の看護は御免と言われるでしょう。現に言われたことがありますから()

私だって、おとなしく良い患者(を演じて?)で誰も叱ったりしませんよ。一生懸命お世話してもらうのに文句言ったら罰があたります(これが高齢患者の気持ちです)稲留でした。

喜多先生  (2014.1.6

先生は恐らくノタウチマワルような亡くなり方はしませんよ。「逝くわよ」と、目で合図して生に訣別するでしょう。私が知っている範囲では、自ら死を覚悟していらっしゃる方は穏やかなものです。

とはいえ、本日早朝、40代の男性が亡くなりました。彼は、白血病の妹を自らの骨髄を移植をして救い、その後、父親を看取り、一昨日、友人たちと呑んだ帰りに気分が悪くなってそのまま・・・脳橋部出血で意識不明になり、です。そんな逝き方もあるのですからね。

緩和・緩和と言いますが、最後まで家族と話していたいという方もいますし、人それぞれです。

私も倒れたら、苦痛は自らコントロールするだろうと思っていますが、その時にならないとわかりません(笑) 剰医療もですが、私は、過剰ケアもお断りです。自分で決めて逝けたら最高でしょうが、こればかりは死ぬ時にならないと何ともいえません。 

 村松

村松先生

(繊細さとある種の神経の太さをお持ちの)細井さん!!  (2014.1.6)

私は、もはや医師ではありませんので、医師の言葉として読まないで欲しいのですが、(日本を含む)現在の先進国では、必ずしも、人は長生きすることだけを望んではいないと、私は思います。で、格好をつけて、クオリティ・オブ・ライフなどと申しますが、どのように死ぬか・・つまり、最後だけでなく、どのように生きて死にたどりつくかが重要な時代になっているように思います。

このことは、ほとんど見るべき医療がない貧しい国のド田舎では、とても自然に受け入れられているのです。アアッ、こんな風に死ぬ・・・のではなくて、生きるのだと思わせられた老人と見えた人々の実際の年齢は40代か50くらいだったかと思います。

一方、「技術(手技や薬剤)」が進んだことで、助けられるイノチが増え、苦痛が軽減されるようになりました。人間が傲慢かましている・・・分、苦しみは深く広く長くなっています。

看護の力を行使すべきは、どの場面なのか、私は答えを持っていません。傲慢に生き続けたい人を救うことも、静かに死に向かい人を過剰な医学的介入からまもることも、共に正しい看護かな、と、今は思っています。

私は、先般、申しましたように、苦痛にノタウチマワッテ生に決別したいので、鎮痛剤とか緩和ケアは避けたいと、今は、傲慢に思っています。その内、云うことが変わる、でしょうけど。(きた)

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2014年1月 5日 (日)

「これからの看護の行方を決める」の意気込みを期待!

皆さま(2014.1.5

多くの方からのご感想やご意見をいただき嬉しく思います。

今年の動きはLLP特に看護職の皆さんに「これからの看護の行方を決める」の意気込みを期待します。脇のところでの任は頑張りますので。(稲留)

年末からのメール、ありがとうございました。(2014.1.5

添付して頂いた資料を見ながら、そして今『ユマニチュード』の資料も読みながら、本当に当たり前の事がなぜ?と思います。

年末に入院された方で、家では普通に過ごしていらしたのですが、緊急入院。入院後抑制帯がついた姿でした。在宅での様子をサマリーにまとめ届けた時でしたから緊急入院後直ぐの事でしたが、ご本人は「これ(抑制帯)がついているから動けない、取ってくれって言うんだけど看護師さんは何も言ってくれないよ。」とか細くなった声で一生懸命仰いました。丁度まわってこられた看護師の方に聞くと、抑制帯の原因は緊急入院時の点滴抜去のことが原因で、十分な認識ができないためしています、と説明がありました。家での生活の様子をお話したのですが、昨年末にもそのままなのだそうです。転倒の危険性も判ります、でもその前にご本人と話してくだされば、と思いました。

 今年は、色々な事があると思います。喜多先生から頂いたバラも未だ綺麗に咲いています。資料などしっかり読みながら、できるだけ早く発信して行きたいと思います。よろしくお願い致します。(鈴木紀子)

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第7回メッセンジャーナース研鑽セミナーⅠ「終末期医療 治療のやり過ぎはなぜ起こる?」は、1月18・19日の両日です。

いよいよ今年最初の研鑽セミナーです。2010年から回を重ねて第7回を迎えます。セミナーⅠ「終末期医療治療のやり過ぎはなぜ起こる?」は、11819日の両日です。医療の現場で起こっている事例を出し合い、看護の真髄を改めてとことん見つめ、考え、心理的側面からも学びます。

皆さんのご参加をお待ちしています。  詳細は⇒「sem7-1.pdf」をダウンロード

<研修内容>医療技術の進歩に伴い、さまざまな医療器材が開発されている。医学的にこれ以上の有効な治療はない狭間で、医療行為の中止による刑事訴追もあり得る医師の立場もある。例え治療を続けても、胃瘻を造設してもその人らしくは生きられない。それでも治療は続けるべきなのか!   「最期のその時まで“認識のズレを正す対話”」が、今、求められている。

1日目: その1: 今、なぜメッセンジャーナースか  医療の現場で起こっている奇妙な現象

        その2:現場で起こる認識のギャップ 権威が生む無意識の力学

2日目:その3:患者・家族のこころの風景  納得できないのはなぜか

             その4:コミュニケーションと信頼 医学的にこれ以上は無理なのに

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2014年1月 4日 (土)

目は広く、遠く、高く世界に向けて下さいますよう、心からお願いいたします。

みなさま(2014.1.4

私は看護に関しては、村松先生の弟子を任じていますので、みなさまの一番後ろで、ちょろちょろ、お邪魔しています。そして私の独断と偏見で、皆様にお目通し頂きたい論文の要約や、外国ニュースをお送りさせて頂きたく思っています。ただ、あまりにあまりなものもあるかと危惧しますので、稲留さまにお送りして、転送して頂くことにします。

毎日、ご苦労様ですが、寄ってお立ちになるのはLLPという日本の看護の根幹、魂の在処ですが、目は広く、遠く、高く世界に向けて下さいますよう、心からお願いいたします。それで、チョコチョコ、アソビ!!も、ね。(きた) 

喜多先生(2014.1.4

いつも発信ありがとうございます。先生の動きについていくのに必死です(笑)。当たり前のことが現場でてきていない現実、それを大切にしようとする動きには賛同ですが、我々が目指すのはそれが当たり前に出来た上で看護力を発揮することですよね。理論など難しいことは苦手ですが、皆さんについていきますので、今年も宜しくお願い致します。(仲野)

皆さま(2014.1.3

先ほど、喜多先生からのメッセージ、稲留さんからのメールでいただきました。 医学界新聞掲載記事内容の紹介いただき、読み終えたところです。 看護師ではない私です。 何回となくよみ、今終えたとこですが、 やはりですが、看護師は、しっかりされているかと思っています。 特に、LLP皆さんは? と思いました。 が、素人感覚でもの申すのも、きになります。(片岡)

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ユマニチュード? あなたの怒り最もです。日本の看護の現場では、決して新しい事ではありません。

村松代表(2014.1.3

いつも周りの看護職が行っている看護を改めて感心している看護職の発言に、今の看護はそうなのか、と淋しく思いました。近い将来には必ずお世話になる身としては。

代表、川嶋先生にとっては「何故?」と怒りたくなるでしょう。

喜多先生から、「今年は、勝負の年ですが、必ず、勝ちます、勝たねばなりません。村松先生のためでも、私のためでも、看護師のためでも、財団のためでも、ありません。日本の国民、世界の人々のためです。」と。代表と喜多先生の本気度で今年は大きな変革を起こせると信じています。(稲留)

村松先生 (2014.1.3

ホント、私も読んで、何でこれを今さらフランス流というのか!と思いました。しかし、こんなことがあることも、まず、知ってほしいと思います。

しかし、オランダしかり、デンマークしかり、フランスしかり、それらに対抗する日本流はどうなっているのか、です。

「確立されていないのか」、

「言語化されていないのか」、

「普遍化されていないのか」、あるいは

「発信できないのか」です。

私が、国際化を目指しているのは、その意味でもあります。 (きた)

村松 さま(2013.9.21)
 あなたの怒り最もです。古くからの日本の看護界の体質です。たとえば川嶋が技術論を述べて達人のわざ(技能)に関して話しても無視するのに、ベナーが言うと飛びつく体質です。ユマニチュードは、確か毎日で紹介して、NHKが取り上げて、あちこちで研修会が開かれているのですよね。寄り添い触れ、その人の視線の高さで向き合う、看護の基本がもてはやされる背景に、現在の看護現場の殺伐とした状況が浮かびます。

こうした日本の看護界の体質改善への警鐘を何処かで1度大きく鳴らしたいですね。(川嶋みどり)

川嶋先生(2013.9.21)
フランス生まれの認知症ケア「ユマニチュード」というのを女医さんが看護師に新しい事のように伝え、看護師もフランスは凄いになっていますが、これって、私がずっと行っていることなんです。先生はどう受け止められていますか。

デンマークの看護師しかり、・・・もともと日本の看護の基本なのに、あたかも海外から輸入するかのような    私はガッカリ! 許せません!

看護界の人に、日本で行われてきた本来の看護を伝えたい、そんな気持ちになっている後輩の村松です。

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2014年1月 3日 (金)

【声】父から教わった『人間、最期の最期まで自分らしさをわすれないこと』  多くの出会いをいただいた福島、自身の命が終わりを迎えるまで、なにかのかたちで繋ぎ続けていきたい!

おめでとうございます。    本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

震災を機にいたしまして、東北特に福島においては、多くの様々な方々との出会いをいただきました。 そして、一人だけで紡げない、絆をしっかり感じとりました。 私にとり、自身の命が終わりを迎えるまで、なにかのかたちで繋ぎ続けていきたい! そんな気持ちです。  

今、救急車のせわしい音が、外からきこえてきています。  あれ?おもちを喉に詰まらせた方が、、、、?間に合うといいけど・・・・・  在宅療養されておられる方々、どんな新年をおむかえなのかな・・・?  そして、ふっ!私の頭に亡き父が、久々に登場しました。

20年ほど前でしたでしょうか、当時療養中だった実父を、正月の3日家族でその先に(山梨の病院)見舞ったときのことでした。  「美知子!これから東京に帰る、車に乗せろ!」  末っ子の私に怒りつけたのです。 あの時の暗い表情、大きな瞳から鈍い輝やきは感じられました。 ただ、嬉しかった! 父の威厳さだけは残っていました。 

 お父さん子の私、 『人間、最期の最期まで自分らしさをわすれないこと』  父から、教えられました。ついつい、綴ってしまいました。ありがとうございます。(Ka

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2014年1月 2日 (木)

「コミュニティプレイス生きいき」から1通のメールが飛んできました。この余裕が素敵な発想を生み出すのですね。

             そば 食べましたよ。旦那様と。 おいしかった!。

                                            自分が作ったんですが。

                 あけましておめでとうございます。  本年もよろしくお願いいたします。(原田)Img_0008

   原田さん、もうすぐ2周年ですね。いつも応援していますよ。   また、みんなで行きま~す!

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2014年1月 1日 (水)

笹川記念保健協力財団のHPに⇒「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業 受講者募集します! 注目!

前・日本赤十字九州国際看護大学学長の喜多悦子先生から頂戴した賀状からの情報で、笹川記念保健協力財団のHPを開いてみました。本日1日付けで、「日本財団在宅看護センター」起業家育成事業 受講者募集します! の一行が・・・じっとしてはいられません。

住民ひとりひとりが主体的に健康管理をし、その住民の生きる力を最大限に活かすことが出来るのは、人が生きるプロセスに寄り添うことが出来るジェネラリストとしての看護師です。多数の方のご応募をお待ちしております。 

本事業の詳しい募集要項は、2014年1月中旬にホームページに掲載予定です。ホームページ及びホスピス緩和ケアのメールマガジンにて、随時情報をお知らせします。

(ホスピス緩和ケア メールマガジン登録 http://www.smhf.or.jp/hospice/magazine/

皆で見守り、注目していきましょう。  詳細は ⇒ こちら

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日本社会ならではの在宅看護システムの基盤づくりにこだわる在宅看護研究センターLLPは今年も前進します。

198326、ICUで救命された一女性のご主人の一言「助けて下さい」から始まった訪問看護は、当初、11名の同志によるボランティアでした。今は亡き作家・遠藤周作氏の「ボランティアでは無理ですよ。会社でも作ったらどうですか」という後押しを受けて、1986年3月24日「有限会社・在宅看護研究センター」が登記されました。1989年には創業者の本来の思いに近づくために理事会を結成、任意団体に組織替えし、その活動は1992年の新ゴールドプランで策定された老人訪問看護事業のモデルにもなりました。しかし、事業認可は公益法人のみであったため訪問看護ステーションの指定は受けられず、同年、収益部門を株式会社に、又、1995には、看護活動の将来を見据えて「看護コンサルタント株式会社」を設立しました。これも1つの戦略だったのです。

時代は大きく変わりました。1999、民間機関にも医療保険の適用が認められたのです。その時既に、「在宅看護研究センター」は任意団体の研究事業部門を残し、収益事業部門となった2つの会社の総称として動いていました。そして2005、新会社法に則り、「日本社会に密着した専門的な看護を広く提供できるようになるために」という当初の趣旨を鑑み、有限責任事業組合(LLP)にその姿を替えたのです。

「ちくしょう! 俺はもっと元気なうちに君たちに会いたかったよ。そうしたら何かしてあげられたかもしれないんだ」。これまで多くの方々のご助言・ご支援があったからこそ続いてきた「在宅看護研究センター」です。このことは決して忘れてはおりません。

                      在宅看護研究センターの活動はこれからも続きます。Photo

理想に向かってやればやるほど、今の制度では報われない現状もあります。それでも私たちは、

激動する今の時代をプラスととらえ、日本社会ならではの在宅看護システムの基盤づくりにこだわります。まずは、制度枠にとらわれず、看護の力を Inter-Professional Coordinator としても十分認められるような形を作ってその力を発揮し、評価を受けること。同時に、諸制度がもっと利用しやすく改正されることを念じつつ、組合員一同、新たな気持ちで取り組んでいきます。  引き続き、ご支援のほどを宜しくお願いします。

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