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2014年3月 6日 (木)

これからはcureとcareのバランスが大事になる時代  (喜多悦子先生のブログより)

喜多先生は今インドのようですね。東京の気温との差はどのくらい?東京は今日も太陽より北風が勝っていて、コートの襟を立てホカロンを背中と腰に、寒い寒い1日でした。

先生のブログが更新されました。「carecure」です。

まだcureは受けてもcareを受けることがない日常ですがいずれは、です。(I)

CareCure

その昔、国際保健と臨床医の活動を並行した時代も多少ありましたが、軸足を「国際」において以来、徐々に専門医学ジャーナルを読むことから遠ざかってしまいました。しかし、近頃のITジャーナルの発達で、有難いことに要約のみならず、相当数の文献も渉猟出来るようになり、不謹慎ながら、時に頭の体操的に拝読し、驚いたり、うなずいたりすることが増えました中、昨日来、JAMA(Journal of American Medical Association)2014174(3)で、展望/Perspectiveと要約Abstractですが、を興味深く読んだ2つの資料がありしました。
ひとつは、家族思いで、クリスマスを台無しにしたくないとの念願通り、その直後に亡くなったお父上の穏やかな最後を書かれた医師のLESS IS MORE(この言葉は、ドイツのモダニズム建築家ミース・ファン・デル・ローエの「少ないほどless、より豊かmore」に由来するそうです。私は、過ぎたるは及ばざるが如し、でもよいかと思います。好きだったことや食物への興味から、食べることにも関心を失ってゆく父をさびしく見守りつつも、検査優位の医療チームによるcureから、患者優位の主治医と看護師によるcareにゆだね、家族の見守りの中での最後についての短い寄稿です。その父上の受けられた医療から一転、一般的に体力低下の著しい高齢者に思いを及ばせ、互いに対話も乏しいような専門家集団からなる医療チームでは、繰り返し、侵襲的だけど情報は乏しい高度検査が繰り返される一方、患者サイドは知識不足もあって、情報をうまく吸収できないまま、過剰な(more)医療を受けさせられているとし、医師が善意でやっていることは事実だが、脆弱な高齢者への過剰医療は慎むべきだ。その昔、医学生時代に学んだはずの「患者の話をちゃんと聞くこと」を思い出して、われわれ(医師)は、どうすればより良い対応が出来るのかに、もっと意を用いるべきではないかと書かれています。・・・続き⇒ http://blog.canpan.info/smhf/archive/135

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