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2014年4月30日 (水)

【お便り】人間を看る、診るという本質は、ヒトを観る、視る、見るとは異なります。

昨日39度、今日42度のニューデリーです。

例の連載は終わりました。あまり自分にとって本質的でない読み物は、サラっと流して、捨てることです。保存しておく、プリントしてファイルするのは時間と資源の無駄、取りあえずは斜め読みして、捨てることです。もし、類似の必要性があれば、その時、また、別の、多分、より進化したペーパーが見つかるはずです。

かつて、ドッグイヤーと云う言葉を用いました、

犬の1年が人間の7年に相当する・・との云い方です。今や、それでも遅すぎる時代、10年で100年、1世紀以上の変化があります。が、そのなかで、人間を看る、診るという本質は、ヒトを観る、視る、見るとは異なります。見失ってはいけないものと、捨てなければならないものを峻別出来る能力を涵養することは必要です。

後、数時間で、47度のミヤンマーに向かいます。

良い連休を。(Kita)

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2014年4月27日 (日)

API社とコラボ開発の打ち合わせで秋田へ。2日目は鳥海山を眺めながら自然の優しさに癒されてきました。

自然の美しさは人の心に優しく語りかけてくれる。気持ちが楽になる。癒される。だから素直になれる。感謝の心が生まれる。また頑張れる。

Sakura_2 Mizubasho1 Nagoriyuki Choukaisan Suigo_2 Tsukushi Bakke  

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2014年4月23日 (水)

【花便り】今年も華やかに~ やはり座ればボタン?? お見事!

5年前、このホームページに紹介された傘をさした我が家のボタン  こちら(おしゃれですねえ)

今年も猫の額の庭に華やかさを添えてくれている。Photo  

当時カイガラムシに襲われた幹は未だ白い斑点がついたままやせ細ってしまっているが、今年は28個の花がついた。

毎年、硬いつぼみの数を数え、その先から赤い花びらを覗かせ次第に開いていくのを眺めるのも楽しみの一つ。

二十四節気の穀雨、今年は420日。この時期は年間梅雨に次いで23番目に雨の多いそうだ。開いた大輪は雨に弱い。左右2メートル以上広げた枝先の花たちを守るためビニール傘をさしかける、これも年中行事になっている。

40数年前、行商のおばさんから買って、団地のベランダ→団地の花壇→猫の額の庭へと移住してきたボタン。「あまり面倒見の良くない主ではあるが、これからも頑張って咲くから楽しみにネ」と言ってるかな?

 クリック (美しいですねえ)

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2014年4月14日 (月)

ハンセン病の療養所で撮影していた映画・・・恐い病気ではありませんが、厄介な病気、何時感染したか判らない。日本では、今は毎年1、2名の感染者が・・・勉強会を計画

訪問を終えてホッとしてPCをあけると、メールが飛びかっていました。

先生お帰りなさい。本当にお風呂はいいですね。
喜多先生から、ハンセン病の情報をいただいた後、先日の新聞にフィリピンのクリオン島にある、ハンセン病の療養所で撮影していた映画が今月完成するという記事が載っていました。結婚し子供がいる、という事に驚き、公開されたら是非見に行こうと思っています。
桜が終わりましたけれど、植木鉢のスズランの蕾が大きくなり、オダマキやスミレ、山吹が咲き始めました。日本の春は嬉しくなります。(鈴木)                                            

                                                                                       

ハンセン病は、恐い病気ではありませんが、厄介な病気です。

原因のらい菌の感染力は、とても弱く、なかなか感染しません。今まで、何万、何十万という人が、ぐちゃぐちゃの傷口のある患者を世話してきましたが、感染したのは、たった一人・・・ハワイのモロカイ島のハンセン療養所で貢献されたベルギー人のダミアン神父だけです。神父は、多数の患者に囲まれた生活を、長年、為されましたので、いわゆる濃厚家族内感染・・・しかも、恐らく、らい菌に「感受性の高い」素因をお持ちであったのだろうとされています。

斯く斯様に、らい菌は、微妙な微生物、これほど科学が進んだ今も、なお、培養出来ないのです。弱い感染力の上、発病させる力=病原性もきわめて弱い、つまり感染していても発病する人はごく稀・・・実は、私たちの周りに感染者がいても判らないのです。これは、結核も同じです。ツベルクリン反応陽性は、私たちが、一度は結核菌に感査されたことを示しています。しかし、発病する人は稀です。このふたつのバイキンは、微生物学的に同族、酸素の好きな結核菌は、身体の中で一番酸素の多い肺に巣食い、低温が好きならい菌は、体温の低い体表や、骨の中出悪さをします。

       つまり、何時感染したか判らないということは、予防が難しい・・・

元患者、私どもは回復者とよばせて頂いていますが、かつてこの病気を患った方々の数人と、時折お目にかかります。日本の方は、ほとんどが既に後期高齢者ですが、30歳頃の、若く、ふっくらと美しい女性であった方が、相当の後遺症的容貌になられているのを見ますと、やはり難しい、厄介な病気だと思います。

日本では、今は毎年1、2名の感染者が判りますが、結核同様、多剤併用療法で、重篤な症状発現なく完全回復されています。

日本では、長く隔離政策が続きましたが、クリオンでは、1933年に結婚が、1952年には隔離が廃止されました。今も遠い島ですが、ですから、島民の多くは、患者の子孫です。医師、看護師、リハビリ、色々な方が、患者二世、三世と仰います。私たちも、結核二世、肝炎三世・・・というように。

一度、お話しても良いですよ。(きた)

喜多先生  一度、LLP関係者間での勉強会を計画しようと思います。お忙しい先生ですが、その時は引っ張り出しますので、宜しくお願いします。(村松)

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2014年4月13日 (日)

自分で自分を実験動物にして観察、この人やっぱりリケジョだね~  組合員から組合員へ。LLPならではのリレートーキングでした。

高齢化まっしぐらの日本の、最先端にいるのですがから、あまり、オズオズせず、堂々と、老いの経過を書きましょう。

私、33歳で、最初の白髪に気づいてから、老化(現象と思うこと)に気づいた年を記載しています。33の白髪から、49歳の老眼まで、ほとんど白紙状態だったのですが、50代、ちょぼちょぼ、60代かなり、今や、毎日です。面白いですね。自分で自分を実験動物にして観察しているのですから。

いつか、全面的に書いてもいいのですが、ただ、私は家事ができないので、一般の参考にはならない・・・猫追いかけて、捕まえられない・・・53歳。ショックでしたが、友達にいったら、アホチャウ(大阪弁)? そんなこと考えているの、幼稚園やでぇ~                                                                                                            

30度のフィリッピン、10度のソウルから返ってきました。

この1週、お風呂好きなのに、一度も、風呂桶にあたらず。一泊2,500円から30,000円までバラツキましたが、すべてシャワー。安いところは水もでず。昼前に帰国、夕方に帰宅後、温泉の素入りお風呂に、3回入りました。ここだけですが、私、純正日本人。

30年後の日本、半分の家が年寄りだけ、誰が働いているでしょうか?ネコの手もかります、ね。(きた)

                                                                                                                                                                                                   キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

                                                                                                                                           

笑えますね。実験動物にして観察。しかもちゃんとメモっている。是非本にして下さい、きっと売れますよ、この人やっぱりリケジョだね~、って。

代表も良く脳の中の話をされています。お二人の脳の中をのぞいてみたいですね、私なんかとどう違うのか。

私はその時その時の自分を観察というか一歩引いて眺めるけれどその時だけですぐ忘れる。

すぐ忘れることも老いには時に必要では、と思うことも。自己防衛のためにも。神様はそのように人間の一生を作ってくれたのでは。その命をあまりいじくらないように終わらせたいと思いますが、人間切羽詰まると“欲”が頭を持ち上げる・・・。困ったものです。

30,000円でも桶なしですか。私も純日本人、どうもシャワーだけではお風呂に入った気分になれません。3回も入れば、しかも温泉の素入りならお肌もピカピカ、すっかり若返って又明日からの(いやもう今日ですね)激務に耐えられるリキ()がいっぱい蓄えられたことでしょう。私は疲れるし、すぐ冷えるしで、寝る直前に1回入れば充分。だからでしょうか、お肌はいつもカサカサです。(稲留

                                              キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

お風呂好きで、ひふかさかさ・・・稲留さん、そりゃ、石鹸使ってゴシゴシ洗い過ぎとちゃう?なまくら入浴、手に石鹸付けて、たらりーと体表をなでる、汚れて居そうな所だけ、少し丁寧に・・・に変えてみて下さい。きっと、お肌つるつるになりますよ。(きた

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“やさしさ”に慣れてそれが当たり前に。せめてまだ百億以上残る未知の脳細胞を自分なりに活性させなければ! その2: 昔懐かし児童書も青春本も、読みたいのに字が小さい

最近は高齢社会に向け新聞や本も活字が大きくなり、携帯もらくらくフォンなど高齢者向きに。文字だけでなく社会全体あらゆる面で高齢者にやさしい取り組みがなされている。有り難いことである。しかし、やさしさに慣れ次第に当たり前になって・・・、これでは退化に繋がるかも?怠け者の我が身には。リタイヤしてから読むので捨てないで、と山積みになっている本を順繰りに引っぱり出してみるが、昔の書物は文字も細かく行間もせまく“やさしさ”に慣れた心身はそれを手にする気力も薄れているのだ。

先日押し入れを整理すると、子どもたちが処分することなく大事に取ってある絵本、児童書、青春本が沢山出てきた。「ピーターラビット」「ちびくろさんぼ」「ひとまねこざる」「兎の眼」「太陽の子」「ガラスのうさぎ」「生きるということ」「星の王子さま」・・・そして都内の図書館で引き裂かれた「アンネの日記」も。

わが住む市でも13冊の被害に遭い、各地から寄贈の申し出をいただきありがたく受け取ったとのこと。容疑者がつかまり思想的背景はないとのことでひとまず、である。その「アンネの日記」を改めて読もうかと函から引っ張り出し開いてみると狭い行間に細かい文字がギッシリ、しかも四六版(かな?)に2段組で紙面が真っ黒という感じ。数ページ読んだが老眼にはきつい。若い時と今読むのとでは感じ方も違うだろうと試みたのだが、日記は飛ばし数編載っているアンネ作の童話だけ読むことにした。

“やさしい”活字は図書館で。それより近近メガネか。

歳を重ねると気持ちとは裏腹に失われることが多くなる。巷ではアンチエージングと叫ばれているが、死滅していく細胞をよみがえらせることはできない、せめてまだ百億以上残る未知の脳細胞を自分なりに活性させるようあれこれ試みる日々である。

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“やさしさ”に慣れてそれが当たり前に。せめてまだ百億以上残る未知の脳細胞を自分なりに活性させなければ! その1:遠近両用のメガネをもう1つ作った!

先週メガネを作った。遠近両用のメガネである。12カ月前、眼科で処方箋をもらったが今回はいつもの店で検査してもらい、結果は変化なし。そう、メガネが合わなくなった訳ではない。お店の人も「今のと見え方は変わりませんよ、作りますか?」

今のメガネで不自由はないのに何故作る気になったか、それはいつ壊れる、否壊すかわからないから、である。

最近激突事件が2件。

その1.前を向いたまま背に立つ人と会話、振り向きざまに激突、メガネが吹っ飛んだ。すぐ後ろに人がいると分かっているのに瞬間的に一歩踏み出してしまったのだ。

その2.床に落ちたものを拾い挙げながら上体を前に、その途端開き戸で顔面制動を食らった。開けたはずの板戸が半開きで残りの半分が目の前に。幸いにもレンズは無事だったがフレームがグラグラ、頭はクラクラ、鼻骨はイタタタ。

2回とも修理してもらい大事には至らなかったが、いつ壊すか不安になった。その前のメガネはいつの間にやらレンズの上部が割れていた。値段が読めない、賞味期限も新聞もメールも読めない…、今や日常生活に無くてはならない必需品。注文から出来上がりまでは1週間かかる。その間メガネなしでは過ごせないので、予備のために作ったのである。自分の無分別行動を改めればすむ事ではあろうが今更直らない性分、今後ますます強くなるであろうと自己診断した(これも歳のせい?にしておこう)。

眼科では、もともと遠視があるので、本を読んだりパソコンに向かう時用に、近近、中近両用メガネを作ったら、と勧められているが、それは二の次にしている。

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2014年4月11日 (金)

『もうひとつの戦争』 「戦争と子どもの健康」と「メンデ・奴隷にされた少女」を読んで・・・ひとつの戦争が引き起こすもうひとつの戦争、いや、まだまだあるかもしれない。

笹川保健医療協力財団理事長喜多先生のブログ「戦争と子どもの健康」(325)を読まれた方も多いだろう。

「戦争の中のもうひとつの戦争~いったんポリオが亡くなったシリアで15年ぶり新たな患者が発生した。それは国内の紛争により子どもたちが予防接種を受けられず感染症というもう一つの戦いが起こったのだ。」という記事に触れ、将来・明日でなく今日の生存を心配しなければいけない状況下でダイナミックに成長するのが当たり前の子どもたちにどんな影響を与えるのか懸念している、と。

(詳細はこちら=http://blog.canpan.info/smhf/archive/139)

戦争・紛争~国家、人種、民族、宗教、領土、経済など紛争の種は絶えない。ルワンダ大虐殺から20年、経済成長を遂げる一方で「又いつでも起きる」「起こらないとは言えない」不安の声も多く聞かれるという。アフリカ各地でも今なお紛争が続いている。スーダンも違わず、である。

最近「メンデ・奴隷にされた少女」を読み強い衝撃を受けた。

スーダンの少数民族ヌバ族の少女メンデが村を襲撃され奴隷として売られた1990年代から2002年に難民としてイギリスの永住権を得るまでの辛く苦難に満ちた自らの体験を綴った記録である。

スーダン中部に住むヌバ族は裸同然の姿で生活、誕生日を記録したり祝う習慣もない独自の風習を守り続ける平和な村。その村をアラブ系の民兵が襲撃し、略奪、殺戮の限りを尽くし、幼い子どもたちは誘拐され「奴隷」として裕福層に売られる。その時12歳のメンデも奴隷狩り商人に誘拐されアラブ系の裕福な家庭に売られた。後にロンドンのスーダン大使館の外交官夫婦の家へ。休日も給料もなく過酷な労働と惨い仕打ちに抵抗する術はない。

多くの苦難を乗り越え屋敷外の心ある人に導かれ脱出劇に成功、やっと自由を得、新たな人生を歩み始めることが出来た。

正確な年齢は不明だが出版された時は23歳位と推測、自国で今だ囚われ虐げられている子どもたちを救いたい、と自らの体験を語り奴隷制度廃絶を訴え続ける。そして子どもの頃の夢であった医師を目指し勉強中だが、最大の夢は母国の家族との再会だという。

世界各国で出版されてから10年、メンデの最大の夢は実現したのだろか。

奴隷制度が20世紀の終わりに存在していたという衝撃は、21世紀にも負の遺産として受け継がれているかも?と疑いたくなるほど大きいものだった。

ひとつの戦争が引き起こすもうひとつの戦争、その戦争は我々の知らないところにひとつとは言わず、まだまだあるのかもしれない。(稲留)

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2014年4月 3日 (木)

「かきつばた」 反射的に撮った1枚、“ここにもいい春があるなあ”

これは「かきつばた」と思われる花で、三宝寺池(練馬区・石神井公園内)の沼沢地に生えているものです。
運動不足解消に出かけた散歩の途中に、春になってゆるんできたやわらかい空気と温んできた水に強さのある緑と濃い紫がよく映えているなと感じて反射的に撮りました。

桜や梅をめでている方も多いなか(あれらも愛らしい!)ここにもいい春があるなあと感じたお気に入りです。

ただいま職場のPCの背景に設定、癒されております(笑)
かきつばたというと、尾形光琳の「燕子花図(かきつばたず)」という屏風がありますね。先生、ご覧になったこと、ございますか?
岸はまだ一度も実物は観たことがなく、「一度観ておきたい!」と思っていたのですが、先生のおかげでそのことを思い出しました!(笑)
一息つけたら根津美術館に行ってみたいです。   ありがとうございました!(^^)

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岸さん、いつも心豊かなメッセージをありがとう!  あなたの感性に、フ~ッと癒されています。(村松)

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喜多先生のブログ、LLP組合員は毎回楽しみ。財団の取り組みに感謝と共に期待しつつ ⇒ 笹川記念保健協力財団理事長ブログ  「ふたつの感染症 ハンセン病とエボラ出血熱」

地球の反対側に起こった地震、昨日から日本沿岸の津波警戒情報が伝えられています。美しい自然、恐ろしい自然、どちらも宇宙から見た青い地球。

喜多先生のブログ、毎回楽しみに読ませていただいています。   笹川記念保健協力財団理事長ブログ  「ふたつの感染症 ハンセン病とエボラ出血熱」 http://blog.canpan.info/smhf/archive/139

清瀬にある多摩全生園、ハンセン病資料館。かつての療養所は収容所、「塀の中」。今だ偏見もあるそうです。入所者が長年かけ丹精込めて植林、庭の手入れで今やケヤキ・桜並木、四季の草花、小鳥のさえずりで園内は老若男女が散歩しています。宿舎の方と地元の方の交流も。

自然の中には人間の及ばないところがあるが、ハンセン病は今人間の力で絶滅可能な菌。

財団の取り組みに感謝と共に期待しています。(稲留)

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2014年4月 1日 (火)

遠藤周作さんの「心あたたかな医療」キャンペーンは、心ある多くの医療者を励まし、地道なそして確かな成果を挙げてきました。

遠藤周作さんが提唱した「心あたたかな病院」キャンペーン  原山建郎(遠藤ボランティアグループ顧問兼代表)

私たち遠藤ボランティアグループが首都圏の医療施設などで行なっている病院ボランティア活動は、今秋(2013年)、活動30周年を迎えます。そこで、今月から、『沈黙』、『深い河』などの作品で知られる作家・遠藤周作さんが提唱した「心あたたかな病院」キャンペーンの歴史、その思いを受け継いだ遠藤ボランティアグループの活動、遠藤さんの呼びかけに賛同して今も心ある医療を支えている医師、看護師の「30年」を、そのはじまりから少しずつ紹介していきたいと思います。

遠藤ボランティアグループ・語り部通信より

いまから十年前(200305年)、原山は月刊誌『財界人』に「医療ルネサンス」というインタビュー記事を書いていました。そのほとんどは拙著『あきらめない! もうひとつの治療法』(厚生科学研究所、2006年)に収載されていますが、本欄では雑誌に掲載された在宅看護研究センターLLP代表・村松静子さん、ふじ内科クリニック院長・内藤いづみさんにうかがってまとめたオリジナル原稿を、お二人の快諾を得て、再録します。

『財界人』掲載の「医療ルネッサンス」再録1 

在宅看護研究センターLLP代表・村松静子さん ⇒ こちら

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