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2015年12月31日 (木)

メッセンジャーナースの活動の輪は着実に広がって、この12月で28都道府県83名になった! 次年度の取り組みに向けて動き出しました。

次年度に向けて動き出したメッセンジャーナースたちの取り組みは? 

★ 主体的医療の基盤を支える相談・実践・教育機能の強化システムの構築

★  認定メッセンジャーナースの連携型プロジェクトによる地域づくり支援活動

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所属内訳:
教育関係11名、医療機関22名、施設7名、在宅20名、起業11名、フリー7名
、自治体等,関連機関5名

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2015年12月26日 (土)

コラム「医師として、武士として」Vol.75取りあえず人生 安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。87年より職域病院部長、2001年より職域診療所所長、2010年より佐野市民病院健康管理センター所長、そして 現在は、医療法人社団東華会・介護老人保健施設たかつ施設長として活躍。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

 

Vol.75 2015.12.25 取りあえず人生

  「取りあえず」は辞書によれば、①ほかのことはさしおえて、まず第一に。なにはさておき。 ②十分な対処は後回しにして暫定的に対応するさま。 ③将来の事は考慮せず、現在の状態だけを問題とするさま。さしあたって・・・・・・、などと解説されている。

 要約すれば「暫定的」という意味合を含む。従って、「取りあえず人生」は、「暫定的人生」ということなる。生き方は色々あるが、「まぁ、それでいいか。ひとまず、それで行こう。」ということになる。理想と現実との妥協で生きることになる。

 悲壮感があるかないかは別にして、多くの人は「取あえず人生」を送っていると思っている。小生の事である。幾つらかは覚えていないが、「医学の道」に就くことを考えるようになった。

医学生になり、教養、基礎、臨床医学講座に進み医師となる知識を習得したが、将来は基礎医学の道に行くことにしていた。小生が志したのは、「どうなっているか、どうしてそうなるのか。」という「謎解き」をすることである。ヒトは生きるためにどうして酸素が必要なのか、という幼い疑問をもったこともある。

医学生になった頃、知人より1960年、ノーベル賞を受賞したバーネット著「クローン選択説」の解説書をいただいた。今日、広く行われている臓器移植に繋がる「免疫」に関する学問である。「免疫学」に興味を持った。専門課程の2年生の頃、基礎医学の教授に相談にいった。免疫に関する勉強をしたいが、どの(基礎医学)教室にいけば、研究(謎解き)ができるか教えていただきたい旨、尋ねた。在籍していた大学には、「免疫学」を研究している教室(講座)はない。全て自分で勉強し開拓しなければならない。能力が無ければ基礎医学だけでは食べていけないとの指導を受けた。賛成も反対もされなかった。教授は、早速、講義でバーネットのクローン選択説を解説してくださった。免疫学の奥深さを知った。

 先達の医師に、医師(臨床医)にならない積りだといったら、医師国家試験は生涯一度だけの機会だから、基礎医学の道を選んでも「医師免許」は執っておいたほうが良いと諭された。

 結局、1年間のインターンを終え「医師免許証」を取得した。修行中に臨床医学の面白さを知った。インターン中にお世話になった諸先輩医師から「うちの科」に来ないかと誘われ、「まぁ、いいか。」という気持ちで潰しがきく「外科」を選択した。「謎解き」より「生命」を扱う道を取りあえず歩み始めた。臨床医学は究極のところ、自分がどう思うと「結果」が全てである。自分の興味を満足させる道から、他人に満足していただく道に入った。「取あえず」臨床医になった。いつかは「謎解き」だけの道に入ろうと思っているうちに、どっぷりと「臨床」に浸かってしまった。

小生と逆の人生を送った知人がいる。学生時代から基礎医学教室に入りびたりで、いずれは臨床医学を専攻する積りが、「謎解き」を続け教授になり定年を迎えたのである。小生が憧れていた人生を送ったのである。 

そのように考えると、「取りあえず人生」を送っている人の方が圧倒的に多いのではないかと思っている。

小生は、「ぼけ」を恐れる年頃になっている。「謎解き」は諦めているが、これからどのように

したら心が満たされるのだろうかともがいているうちに、また、一年が過ぎてしまった。

「まぁ、いいか」、来年を期待しよう。(完) 

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2015年12月19日 (土)

岡山で、第11回メッセンジャーナース研鑽セミナー開催【メッセンジャーナース通信 2015.12.19 No.108】が配信されました

1219日、メールマガジン「メッセンジャーナース通信」の108号を発行しました。

今号の最初のニュースは、岡山で、第11回メッセンジャーナース研鑽セミナーを開催することが決定したことでしょう。また、メッセンジャーナースの動きや繋がり、さらには、おすすめの本や研鑽セミナーのお知らせ等です。

真の看護にこだわるナース、対話重視の懸け橋・メッセンジャーナースは28都道府県80名を超えました。その輪は、着実に拡大しています。 

購読登録が未だの方はこちらからできます。  ⇒ http://www.mag2.com/m/0001196132.html

 メッセンジャーナース協会へのお問い合わせは、messenger.ns@e-nurse.ne.jp までお願いします。

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2015年12月 1日 (火)

【おススメの新刊書】ケアの時代に、「看護」と「介護」のネットワーク⇒全国高齢者ケア協会会長の鎌田ケイ子先生の著書「失われた看護を求めて かんごの“かたち”を考える」(高齢者ケア出版) 私も未だ読んでいないのに紹介しちゃいます。心に沁みるはずだから・・・。

全国老人ケア研究集会で久々お目にかかった際、先生はおっしゃいました。「村松さんのことをよく知らなかったと反省しています。なにしろ“売る看護”というキャッチフレーズが強烈すぎました。それにしても、今の看護はいったいどうなっているのでしょうか。看護が4大化したことで、へんに理屈をこねることが横行し、実践力が低下しているのが大きな問題のように思います。」

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30代だった私は、確かに「医療と看護の狭間で苦しむ人々に看護の手を差し伸べたい。買っていただけるだけの看護に挑戦してみたい。看護の原点を模索したい・・・“必要な時に必要な看護を必要なだけ”提供したい。年齢問わずどんな重症な人にも」と言いましたし、それが未だに続いています。

「ナースは聖職じゃない?看護を売るなんて・・・」「お金を払えない人はみないというの?」と、同僚からの批判の声は、正直、辛かった。でも、自問自答していました。「私がやることが悪いことだったなら、続かないだろう。私は、看護を国に買ってもらいたいのよ」と。それから6年後に制度化されたのです。でも、今のままで良いはずはありません。

私の挑戦は、メッセンジャーナースに引き継がれて行くはずです。

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