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2016年5月28日 (土)

メッセンジャーナースの活動用パンフレットが新しくなりました【メッセンジャーナース通信 2016.5.28 No.118】を配信されました

528日、メールマガジン「メッセンジャーナース通信」の118号を発行されました。 

今号は、「メッセンジャーナース 看護の本質に迫る」(看護の科学社)に関連した皆さんからの声や、在宅看護研究センター30周年記念行事二部「暮らしに伴走するメッセンジャーナースとは」への感想・期待の声、熊本のメッセンジャーナースからのメッセージ、カメの会開催の茶話会へのお誘いや研鑽セミナーのお知らせ等々、今回も盛りだくさん熊本県と大分県で14日夜~20日午後に発生した地震は700回超える熊本県と大分県で14日夜~20日午後に発生した地震は700回超えるです。 

「真の看護にこだわるナース、対話重視の懸け橋・メッセンジャーナースの輪は、より固く、着実に拡大しています。5回メッセンジャーナースの会総会は、1022日、引き続き、熊本での開催をめざしています。

購読登録が未だの方こちらからできます。 ⇒ http://www.mag2.com/m/0001196132.html

メッセンジャーナース認定協会へのお問い合わせは、messenger.ns@e-nurse.ne.jp までお願いします。

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2016年5月18日 (水)

8日は、5月晴れの中で「女子力」全開の日で楽しかったです。会場も清々しい“気”が流れていました。それは、損した得したでなく、人をどう手助けできるかという志の高い会だったからと私は思いました。

そしてお世話になった酒井Drや倉戸さんにもお会い出来て、大変有難かったです。長年胸につかえていた感謝の気持ちをお伝え出来ました。会の途中で失礼した折には、片岡様がわざわざ追いかけて来られ、20160517_01_2
却って恐縮致しました。・・・(I)

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2016年5月16日 (月)

在宅看護研究センター 祝30周年 ラーニングナース一同からのお祝いの言葉と所感と抱負です。 ★センターは繋がっている★

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コラム「起業家ナースのつぶやき」 ⇒ こちら   

ラーニングナースを位置づける ~その1 なぜ必要か~(2003-03-14)   ラーニングナースを位置づける ~その2 応援団はいる~(2003-04-18

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うれしいですね。全員からのメッセージ。当日はあいさつ程度しか話せなかったけれど懐かしい顔に会えました。皆さんそれぞれの場で頑張っている姿勢に、センターで学んだことがしっかり実っているんだなと感じました。あの頃のことが浮かんできます。遠い昔のような、でも鮮明に。(稲留)

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2016年5月13日 (金)

在宅看護研究センター30周年記念行事を無事に終えることができました。これまで影になり日向になりと応援して下さった皆様の支えがあったからこそと心より感謝いたします。

58日日曜日、晴天の下、在宅看護研究センター30周年記念行事を無事に終えることができました。これもひとえに、これまで影になり日向になりと応援して下さった皆様の支えがあったからこそと心より感謝いたします。

当日は150名を越えるさまざまなお立場の方々が参加してくださいました。前半は鈴木の総合司会で進められました。第1部では、医事評論家の行天良雄先生の90歳とは思えない流暢な笑いを含んだお話しは、会場の皆さんをひきつけていました。ご自分の幼少期から保険制度ができるまでを戦争体験を含めて話してくださいました。

続いて、仲野からセンターの歴史、仲野の質問を受けて村松からは、何を考えこれからどうしていこうかと考えているのかを話し、村松からバトンを渡された片岡からは、村松の普段みられない一面の話しがなされました。

その後、これまで支えて下さったご家族の方に感謝の気持ちをこめて、一輪の花をプレゼントさせていただきました。

 

2部では、「メッセンジャーナース看護の本質に迫る」を編集した、甲州・武田・川口が進行しました。

各地で活動するメッセンジャーナースの方々に前に出てもらい、それぞれの活動や思いを語っていただき、その後会場とのやりとりを致しました。現在介護中の方からの質問があったり、今後のメッセンジャーナースの活動に示唆をいただき生かしていかなければとあらためて身の引き締まる思いです。

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前半終了後、「心温まる交流会」にも90名を越える方々が参加してくださり、川嶋みどり先生からご祝辞を、安藤武士先生には乾杯の音頭を取っていただき、会食及び皆さんとの交流がスタートしました。

最後に、スタッフ全員前に並び、一人ずつ抱負を語り、終了間際には、村松の声かけでできるだけ多くの方と握手するという交流をし笑顔の元に散会しました。

 

 今回開催にあたり、大勢の方々から素敵なお花をお送りいただきました。また、たくさんのご祝辞もいただきました。嬉しいお言葉も賜りました。

1つだけ悔しかったのは、企画段階から、参加を楽しみにして下さっていた熊本の宮崎さん、村中さん、そして松本さんがお出でになれなかったことです。

とはいえ、三人は、前日の7日、一足早く、熊本の地で乾杯して下さっていると、写真入りのメールを、代表の村松宛てに下さり、皆大いに感動し、逆に元気を頂きました。

当日はフラワーボックス付きの励ましの電報を頂戴し、皆さんにお披露目させていただきました。

 

熊本のお三人、そしてご参加くださった皆様、本当にありがとうございました。これからも宜しくお願いいたします。 (30周年担当責任者 仲野佳代子)

お知らせ:

当日、熊本「よりどころ」設置応援支援金の募金箱を設置させていただきました。皆様からの温かいお気持ちに加えて、河田様からは「些少ですが熊本復興のために使っていただけたら有難いですというメッセージのついた多額の募金をいただきました。合計68,750円、よりどころ設置に大切に使わせていただきます。

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30周年記念  行天先生の素晴らしいお話は、人としての魅力を感じました。幅広い年齢層の皆さんが笑顔でお話される姿にただただ感動、一人では、決して成し遂げられないことも、本気で取り組む仲間がいれば・・・その力を頂きました。

5/8 30周年記念では、本当にお世話になりました。本当に素晴らしい集まりになりましたね。感動しました。

行天先生の90歳とは思えない素晴らしいお話は、人としての魅力を感じさせていただきました。「こんな風に年を重ねたい」とも思いました。

 

メッセンジャーナースの活躍も素晴らしく、そしてみなさん、なんてあったかいのでしょう!

南理事がいつも研鑽セミナーへ行かせて頂くと、心地よいのよね~と話していましたが、その気持ちがよく分かりました。

 

幅広い年齢層の皆さんが笑顔でお話される姿にただただ感動し、

時に意見をぶつけ合う?その本当の仲間の有難さ、あぁこうして続けて来られたんだなぁと学ばせて頂きました。一人では、決して成し遂げられないことも、本気で取り組む仲間がいれば、やっていけるんだということを改めて見せて頂き、力を頂きました。

 

私の迷いを吹き飛ばしてくださり、気負わず、前へ と、叱咤激励をしてくださって、法人を設立したこと、やってよかったと感謝の気持ちでいっぱいです。

 

私たちには30周年は無理だなぁと3人で話していましたが、まずは10年、頑張ろうと思います。本当に、温かなそれでいて、次へ進むそのパワーが皆さんからいただき、感動を胸に、一歩一歩進めます。

この『らふ』に関わる看護師の皆さんにも、ぜひ「メッセンジャーナース」になって頂きたいと思います。また、皆さんに会いに行きます!

 

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2016年5月12日 (木)

30年の歴史、看護の世界、まだまだ深いですね。看取ったご家族が、お祝いに駆けつけてくれる。我々は未だ、みなさんのような末永い絆にはなっていません。

日曜日は、ありがとうございました。  30年の歴史を学ぶことができました。

看護の世界、まだまだ深いですね。

ああやって、看取ったご家族が、お祝いに駆けつけてくれる。素晴らしいですね。うらやましいですね。我々も看取りに関しては、それなりの取組みと満足を自負していますが、みなさんのような末永い絆にはなっていません。まだまだ、勉強が必要です。

 

引き続き、ご指導ください。  ありがとうございました。

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2016年5月11日 (水)

在宅看護研究センター30周年、懇親会の席 遠藤ボランティアグループ代表・原山建郎氏のスピーチを一部ご披露

遠藤ボランティアグループを代表して、心からお祝い申し上げます。私ども遠藤ボランティアグループは、作家の故遠藤周作さんが、1982年4月、讀賣新聞夕刊で提唱した「心あたたかな病院(医療)」キャンペーンから生れた病院ボランティアグループです。最初は6人の女性メンバーで発足し、あれから34年がたった現在もなお、約50人のメンバーが8つの病院・介護施設において、「傾聴」ボランティアをめざしながら活動をつづけております。

本年は、遠藤さんの没後20年の年ですが、遠藤さんの「心あたたかな医療」キャンペーンをしっかり支えてきたのは、在宅看護研究センターの村松静子さんなどプロナースの皆さん、在宅ホスピス医・内藤いづみさん、大腸肛門科の女医・山口トキコさん、そして遠藤ボランティアグループのオール女性メンバー、すべて女性のちからです。今夕は、在宅看護研究センターとの「遠藤周作つながり&心温まる医療」というご縁を手がかりに、いくつかお話をさせていただきます。

遠藤さんと「ナース(看護婦さん)」をめぐるエピソードを、二つ、ご紹介します。

1955年、『白い人』で第三十三回芥川賞を受賞した遠藤さんは、1960年に肺結核が再発し、その後3年間の入院生活を経験されます。翌1961年、38歳のときに、慶應病院で三度の大手術を受けました。三度目の手術のときには、一時、心臓停止の危機を迎えましたが、奇跡的に手術は成功します。長期入院を余儀なくされた遠藤さんは、夜になると術後の痛みがはげしくなり、看護婦さんに助けを求めました。「おつらいでしょうね」と言って、看護婦さんは、遠藤さんの手をそっと握ってくれたのです。すると、その痛みが少し薄らぎました。「痛みを一人で耐えるのではない。痛みを共有してくれる人が、そばにいてくれる、その安堵感がからだの痛みをやわらげてくれた」というエピソードを、直接うかがったことがあります。

もうひとつは、あるとき、遠藤さんが入院中にお世話になった看護婦さん三人を、食事に招待したときのことです。レストランに向かう途中、車がネコを轢いたのを見た看護婦さんの一人が「キャーッ」と悲鳴を上げて、思わず顔をおおいました。遠藤さんが、「あなたは手術場の看護婦さんだから、血を見ても平気なはずでしょう」と言うと、「手術場は病院で、ここは病院じゃないんですもの」と答えたのだそうです。つまり、日常的な神経(生活での日常感覚)と病院の中での神経(病院での日常感覚)とでは、その場の環境、役割意識によって感覚が異なるわけで、たとえば「病院の日常」では、医療スタッフが気づかぬうちに患者に無用の苦痛や屈辱を与えていることも、案外多いのではないか、というのです。

 

「入院患者の苦しみというのは、結局、孤独感です。とくに慢性病や末期の患者さんは、夜が苦しい。五時の夕食のあとは、検査もない、見舞い客もいない。じっとしているだけです。そのとき、ぐちを聞いてくれるだけのボランティアというのはできないでしょうか」

たとえば、病室での身の回りのお世話、車椅子でのお散歩を介助しながら、患者の話を聞く、それが自然体の〈傾聴〉ボランティアではないだろうか、そういう病院ボランティアがあってもいいのではないか、遠藤さんは素朴にそう考えていたのです。

しかし、友人の河合隼雄さんから、「ほんとうのボランティアというのは、非常にむつかしい。ボランティアというのは、善意によって人を傷つけるという、まさに天才的なことをやることがある。これがいちばんこわいですね。傷つけられたほうはわかるけど、傷つけたほうは喜んでいるわけですからね」と指摘された遠藤さんは、「そうなんですか。それを私は考えとったんだけど、ボランティアはむつかしいんですか」と、思わずたじろぎました。

すると河合さんは、「たとえば私が遠藤さんの髪を散髪してあげましょうかと言ったら、断るでしょう。当然ですわな、私は髪の刈り方よう知らん人間ですから…… 髪をさわるだけでも相当な訓練がいるのに、なぜ心をさわる人だけが訓練を受けなくていいのか、ということを私は申し上げたい」と。この二人のやりとりは、遠藤ボランティアグループが、年に数回「傾聴」を学ぶための講座を開催し、つねに学びつつ病院ボランティアを行う、遠藤ボランティア誕生の出発点となったのです。

在宅看護研究センターが大切にされている看護の心と技」の考え方とも、相通じるエピソードですね。

 

遠藤さんは病院ボランティア活動を提唱する自分の役割について、つねづね、「ボランティアの皆さんの踏み石になりたい」と語っておられました。はじめのうちは、不安定でグラグラしていても、たくさんの人々が踏んでくれて、そのまわりに新たな踏み石を置いていけば、やがてしっかりしてくるというのです。

「捨て石にはなりたくないが、踏み石には喜んでなろう」

結核の手術で肋骨を7本もとられ、肝臓病、糖尿病、腎臓病などの慢性病に苦しめられてきた遠藤さんのことばは、いまでも私の耳の奥でやさしく響いています。 

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2016年5月10日 (火)

在宅看護研究センターの30周年に参加して、看護の柱の一つは特定看護師のようにフィジカルアセスメントの強化、そしてもうひとつはメッセンジャーナース、つまり心のケアができる看護ではないかと考え始めました。

先日はパワーと元気をいただき、ありがとうございました。

今年4月から臨床に戻り、ようやく大きく息をして締まっていた背中の羽を大きく広げ仕事をしています。11年も臨床から離れていましたが、現場の課題は昔のまま。

時が止まったように感じる時があります。

 先日の30周年記念行事で、今は看護師が患者の話を聞けない、だから患者と看護師の間にもメッセンジャーがいるという話に愕然と来ました。

私が27歳の頃、看護大学にいらした先生が、「これからは、看護は大学の時代。看護がずっと良くなります。」とおっしゃった言葉を覚えています。

現在、基礎教育は大幅に看護大学に移行していますが、看護はむしろ機械的になり学者のような看護師が増えてしまったのでしょうか。

 

 私はいずれは看護部を任される予定です。

看護の柱の一つは特定看護師のようにフィジカルアセスメントの強化そしてもうひとつはメッセンジャーナース、つまり心のケアができる看護ではないかと考え始めました。

 私がいる病院はまるで20年前の看護部のようです。

ですが、だから変化できると信じ、本物の看護を提供する病院を目指そうと思っています。 またお会いしたいと思います。

メッセンジャーナース認定協会会長の吉田さんの変わらぬ情熱にパワーを頂いています。

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2016年5月 7日 (土)

私は85歳になり、「尊厳死の宣言」を書いて家族に示したり、「物」を減らしたり、身辺整理をしていますが、まだまだ本音が判らなくて、一人苦笑いをしています。

30数年看護師のあり方を追求されていた村松様はじめスタッフの方々の御著書に感動いたしました。

そのような看護師さんに巡り合った患者は、心と身体が満たされて、不安や苦しみ痛みが和らぐのではないでしょうか?

最近、両親の年齢を超えて、父のように潔い終末と、母のように意思に反した永い入院の末、痛みと苦しみの末の終末を看取って、反省をしながらも、あれが精一杯だった。と、言い訳をしたりの日々を過ごしていました。

御著書を拝読して、専門でいらっしゃる看護師さんは、沢山の経験をして、更に、沢山の法律の枠の中で、試行錯誤の上、沢山の人の心身の支えとなって、多大な貢献をしていらっしゃると、感じました。

私は85歳になり、家族やヘルパーさんに支えられた毎日です。「尊厳死の宣言」を書いて家族に示したり、「物」を減らしたり、身辺整理をしていますが、まだまだ本音が判らなくて冬物を洗ってしまって、来年も着る心算?と、一人苦笑いをしています(M)。

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2016年5月 6日 (金)

心から、30年の歴史に敬服致します。おめでとうございます。(熊本の同志)

明後日は、お祝いに参加出来ず残念です    心から、30年の歴史に敬服致します。おめでとうございます
改めて、出会いに感謝し、有り難さが身に沁みます。

今回の地震に際し、メッセンジャーナースの同志の皆様の様々励ましや温かい支援に感謝し尽くせないほどです。

熊本の空から、盛会を祈っております。又、皆様にお目にかかれる事を楽しみにして、この難関を超えたいと思っています

明日、熊本の3名で一足早いお祝いを致します

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