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2017年10月29日 (日)

コラム「医師として、武士として」  Vol.88 「デジタル」と「アナログ」     安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。87年より職域病院部長、2001年より職域診療所所長、2010年より佐野市民病院健康管理センター所長、そして 現在は、医療法人社団東華会・介護老人保健施設たかつ施設長として活躍。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

Vol.88 2017.10.29  「デジタル」と「アナログ」                   

「健康診断」を受けたことがない人は極めて少ないのではないか。「結果報告書」を手にした人は、まず自分が一番気にしている検査項目に目をやる。検査項目の判定が、「A:正常」、「B:正常範囲」を目にすれば、ホッとする。「C:経過観察」であれば、“まあまあ“と安心するが、何に注意すれば良いのか知りたくなる。「D:要精査」、「E:要治療」が表記されていると、”やっぱり”、“どうしよう“とふさぎ込む。そんなはずないと深刻に考えないようにするが、気持ちに引っ掛かりをもった日々を送る。

 血圧の評価である。日本高血圧学会では、至適血圧、正常血圧、正常高血圧、I度高血圧、II度高血圧、III度高血圧と血圧を細かく「区分」し、区分に応じた評価している。「正常高血圧」は判定「C」と表示される。正常高血圧とは何ぞやという事になるが今回はそれに触れない。I度高血圧:140/95mmHg以上になると、「高血圧症」と病名がつく。更に高くなると降圧剤服用が必要になる。連続的な値を区分し評価される。通知を受けた受診者は140/95と139/94とどこが違うのだろうかと思うはずである。

ヒトは生物に属する。生物の生理学的、代謝の変化は全て連続性が保たれている。生体活動を「区分」し、右・左に分けることは現実的にはやもうえないが、個人としては釈然としない思いがある。

学校の試験も同様である。70点以上を合格、未満は追試。70点と69点の差は、学問上どこがどのくらい違うのであろうかと69点の学生は嘆く。

数字で値や量が「離散的」(とびとび)なって表示されることを「デジタル」という。一方、重量・長さ・回転数・電流、時間など連続的に変化するで示すことを「アナログ」という、と辞書に記されている。人を含めた自然界では、全て「アナログ」で動いている。時に、ある限界点に達するとそれ以前と全く様相がことなる現象を見せることがあるので、自然界にも「デジタル」という現象もないではないと書物に記されている。比喩的に、物事を割り切らず、曖昧さを残しつつ理解する人のことを「アナログ人間」と呼ぶこととがある。今日ではあらゆることが「デジタル」で表示されている。「デジタル」という文言知らなくても「デジタル」生活を、疑問に思う人はいない。従って、「アナログ人間」を「古くさい人間」と揶揄することもある。

「芸術」はデジタルで評価されない。表現されていることが人の感動を与えるかどうかという、芸術性で評価される。レオナルド・ダビンチの「モナ・リザ」とエドバルト・ムンクの「叫び」で理解できる。芸術性の有無に優劣の区分は付けられない。

医療の場合である。現代の医療は「アナログ」を許さない。全て、得られた検査値を「区分」しそれに見合った対応をしないと、“やぶ医者”といわれる。“やぶ”で済めば良いが、訴訟問題が起きた時には法的にペナルティーがかかる。

「健康診断」の「判定」は「デジタル」で処理するのもやもうえないが、老練な医師になると「デジタル」よりも「アナログ」医療になる。経験的に人はそれぞれが違うということを肌で知っているから「アナログ」で判断する。経験豊かな医師は意識せずとも「アナログ」人間となる。

「認知症」の診断である。入り口検査として医療関係者はご存知の長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)が用いられることが多い。長谷川式で通用する。

30点満点で21点以上は正常、20点以下は認知症の疑いあり、と診断される。1点差で,あの人、「認知なの」と陰で囁かれる。実生活で21点と20点とに違いはどこにあるのだろうかと思う人はいるはずである。 受けなければ「認知」と言われないで済む。

小生は「アナログ人間」を好む。自身、「アナログ思考」で物事を処理することが多い。従って、好い加減な「ヒト」と評価されている。

殊に最近、「デジタル思考」を避けている。小生は、長谷川式と聞いただけで話題を他に移す。数年前、「自動車免許証」は返納し「自動車経歴証明書」を携帯している。更新に際し、何かあらたな試験を受けなければ制度になっていると聞いている。(続)

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