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2020年6月26日 (金)

新コラム【私のメディア・リテラシー】 第5回 どう生まれ変わるのか、私たちの暮しを左右する新型コロナウイルス対策会議 尾崎 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日本経済新聞編集委員)

第5回 どう生まれ変わるのか、私たちの暮しを左右する新型コロナウイルス対策会議 2020-6-27

 後期高齢者の一人である私にとって唯一と言える趣味はメディアリテラシーの実践です。言ってみれば、最寄りの図書館に赴き、その日の新聞を読み比べることです。
6月25日の各紙朝刊は、新型コロナウイルス対策に関する専門家会議の廃止を報道していました。最も大きく紙面を割いていたのが、朝日新聞です。
1面の脇トップ(トップ記事に次ぐう重要ニュース)に据え、さらに、3面の半分を超えるスペースを埋めて「政治と科学 問われる距離」という問題提起をしていました。
 1面記事の主見出しは「専門家会議廃止、新組織に」です。政府は、医学的見地から政府に助言を行ってきた専門家会議を廃止し、社会・経済の専門家など幅広い専門家を加えた新たな会議体を立ち上げるというニュースです。「コロナ」担当の西村康稔経済再生大臣によると、専門家会議は「位置づけが不安定」であるから、新たなコロナ対策会議を設置し、「感染防止と社会経済活動の両立を図る」ため、感染症の専門家以外に自治体の関係者や情報発信の専門家らを加え、感染の第2波に備えるという狙いだそうです。

<微妙な立場に追い込まれたかっこうの専門家会議>
 いっぽう、専門家会議は脇田隆字座長ら3人が政府の記者会見と同じ24日、日本記者クラブで会見を行いました。その主旨は概ね以下の通りです。
「(感染症防止)対策の実行は政府が行い、現状分析と評価は専門家会議が政府に提言するという役割分担」のはずだった。ところが、実際は「国の政策を専門家会議が決めているようなイメージ」を国民に与えてしまった、という主張です。
 私は政府の会見には出られなかったものの、専門家会議の会見は日本記者クラブのオンライン中継で全容を知りました。専門家会議の位置づけが曖昧なため、会議メンバーらも「役割以上の期待と疑義」を持たれていることは承知しており、そうした世評に対する反論と反省がにじむ記者会見でした。専門家会議の主要メンバーの思いはオンラインの映像と音声でも、その口調と表情が如実に伝わってきました。感染症の専門家のほかに医療と社会・経済活動など両立を図るための新組織づくりには政府の歩調と合わせてはいるものの、奥歯にものが挟まったような印象を受けました。
 この間の微妙ないきさつは6月26日付けの日経新聞の朝刊が書いていました。
――政府、コロナ新会議設立 方針『逸脱』封じ 権限明確に 廃止の専門家会議とは溝――という記事(政治面)です。

<「感染防止と社会経済の両立」というミッションの行方> 
 それによると「5月の連休が明けて政府が緊急事態宣言の解除を急ぐようになると、政府と専門家の考え方に溝が生じ始めた」そうです。事業者や企業の休業や活動を事実上押さえこむ自粛要請が長びくと、経済が委縮するという風評と批判が広がってきたため、政府も地方自治体も政策のウェートを、感染防止よりも経済の延命にシフトせざるを得ないからです。
いち早くコロナ対策に手をった杉並区の田中良区長も「ライブハウスのロックコンサートならともかく、静かに音楽を聴くクラシックの演奏会まで規制するのは行き過ぎ」と語っています。
 専門家会議も「感染防止と社会経済の両立」が必要なことは分かってはいるものの、やはり「病気のことは、先ずは専門家に任せて欲しい」というのが本音なのでしょう。記者会見には国の政策が社会経済の“延命”にシフトしても「感染症の専門家は関与すべきだ」とする専門家会議の本音がにじみ出ていました。
そう考えると、25日付けの朝日新聞が専門家会議のあり方について考えるべき点があることを他紙よりも強調したことは意味があります。同じ日の日本経済新聞も社会面で専門家の助言のあり方に課題がある、と指摘していました。
 新たにできる組織のミッションは二つ。
一つは、感染の第2波への備え。もう一つは感染拡大を押さえつつ経済活動を再開することです。ブレーキを踏みながらエンジンをふかすという矛盾した政策をどう作って、実施するのか。
7月には新組織は発足するようですが、私たち一般市民の暮しに直接かかわる問題だけに、新聞やテレビなどメデアはこれから動向を的確に報じてほしいと思います。

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2020年6月 1日 (月)

新コラム【私のメディア・リテラシー】 第4回 政府が無能なのに、コロナ対策が成功したわけ 尾崎 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日本経済新聞編集委員)

第4回政府が無能なのに、コロナ対策が成功したわけ 2020-6-1
 新聞を開くと、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の生真面目な記事が多いが、緩い話も載っている。たとえば、5月30日づけの朝日新聞土曜版のコラム「日本人は勝手にやってきた」。政府が無能だからこそ、ほかの国に比べてCOVID-19の感染者と死亡者を少なく抑えることができている、という。
安倍総理は「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半でCOVID-19の流行をほぼ収束させることができた」と自負し、「すべての国民のご協力、ここまで根気よく辛抱して下さったみなさまに心より感謝申し上げます」と述べた。これを受けて「日本人は勝手に……」は、「コロナ対策がなぜか、うまくいっている」のは「(政府が)無能なのに、じゃなくて、無能だからこそ、うまくいっている」と手厳しい。専門家会議の議論を尊重してきた政府が無能かどうかはともかく、国民の多くは政府が提示した施策に納得がいけば罰則なしでも従い、施策の効果を上げ、結果的に公共善に貢献した。このコラムの筆者は小説家の保坂和志氏。表現は過激とはいえ多くの文学賞を取っている作家らしい指摘である。
“異邦人”も似たような日本人観を持っているという。ラグビー日本代表のエディ・ジョーンズ前ヘッドコーチは「日本人は上に言われるから規則に従うのではなく、もともと日本人には規則に対する強い敬意がある」と。ここで言う「規則」とは「ものの道理」のことだろう。日本人がほんとうに遵法精神に富んでいるかどうかはさておき、「三密」禁止とかソーシャル・ディスタンスの保持といった常識的に納得できる「要請」なら遵守する賢さを備えているようだ。これが話題の「ファクターX」の一つかもしれない。
「ファクターX」を探せ!
「ファクターX」とは、iPS細胞を作製してノーベル賞を受けた山中伸弥氏(京都大学iPS細胞研究所・所長)が自身のサイトで問題提起した考え方である。山中氏はこう述べる。「新型ウイルスへの対策としては、徹底的な検査に基づく感染者の同定と隔離、そして社会全体の活動縮小の2つがあります。日本は両方の対策とも、他の国に比べると、緩やかでした。PCR検査数は少なく、中国や韓国のようにスマートフォンのGPS機能を用いた感染者の監視を行うこともなく、さらには社会全体の活動自粛も、ロックダウンを行った欧米諸国より、緩やかでした。しかし、感染者や死亡者の数は、欧米より少なくて済んでいます。何故でしょうか?? 私は何か理由があるはずと考えており、それをファクターXと呼んでいます」
山中氏があげるファクターXの候補は7つ。①感染拡大の徹底的なクラスター対応の効果、②マスク着用や毎日の入浴など高い衛生意識、③ハグや握手、大声の会話などが少ない生活文化、④日本人の遺伝的要因、⑤BCGなど、何らかの公衆衛生政策の影響、⑥2020年1月までの何らかのウイルス感染の影響、⑦ウイルスの遺伝子変異の影響――である。 
日本固有の「恥の文化」が感染拡大を押さえた?
この問題提起は、瞬く間にメディアに拡散した。たとえば、6月4日号の『週刊新潮』は、「手洗い・マスク文化」「BCG」だけではなかった“重大要素”とか、「重症化回避の遺伝子を探せ」慶大・京大研究班が「ゲノム解析」とかいった記事を載せている。山中氏の「候補」には入っていないが、「日本人は勝手にやってきた」は8番目のファクターX候補かもしれない。5月31日の日本経済新聞のコラム「春秋」はルース・ベネディクトの『菊と刀』にかこつけて書いた。日本固有の「恥の文化」が影響しているという見立てである。
COVID-19の正体は、日本上陸当初に比べればおぼろげに見えてきたとはいえ、治療薬はもとよりワクチンの開発もハッキリした見通しが立っていない。したがって「ウィズコロナ」とか「アフターコロナ」とかいうウイルスと共生するための議論は百家争鳴。それだけに「ファクターXを明らかにできれば、今後の対策戦略に活かすことができるはず」(山中氏)だ。「日本人は放っておけば、勝手に努力して、勝手にあれこれ工夫する。そういう人たちのあつまり」(保坂氏)だ。リーダーシップの不在が叫ばれて久しいが、中国の一党独裁や韓国のIT監視網による電脳独裁などに比べれば、「ものの道理」を弁えた国民が「勝手にやって」くれるようなレッセフェール(自由放任)体制の方がましなのかもしれない。

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