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【私のメディア・リテラシー】第13回「世代を超え共感を呼ぶ寂聴さんのしたたかさ」  尾﨑 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日経ウーマン編集長

死せる孔明、生ける仲達を走らす、いや、死せる寂聴、マスコミを走らす。

作家・僧侶の瀬戸内寂聴さんが11月9日になくなった。マスコミは、その波乱に富んだ生涯を称え、大々的に報道した。東京新聞にいたっては訃報で1面トップを飾った。他の各紙も多くの紙面を割いて評伝と雑観や識者の談話を競って掲載した。ただ、99歳になるまで誰がどのように介護し、大往生を看取ったのか、それまでにかかったであろう介護費用など庶民がいちばん知りたい情報の提供をマスコミはほとんど忘れていた。我が国は世界一の超高齢社会であり、「お一人様の老後」は社会問題になっているのにもかかわらず……。

かくいう私は寂聴さんにお会いしたことはあるものの、著書はほとんど読んでいない。若いころ、評伝『田村俊子』にざっと目を通したが、著者の強烈な個性、つまり人間の業と妥協しない生き様を称賛する書き方についていけずギブアップした。ところが、当時、私の周辺にいた女性たち、とりわけ団塊の世代に属し、自立マインドが旺盛な女性たちは、職業の有無を問わず寂聴的な生き方に共感し、個性的な生き方をそのひとなりに貫いていた。その一人は寂聴さんの存在意義をこう喝破する。「多かれ少なかれ寂聴さん的な生き方をしてきた女性は少なくないけれど、自らの姿を赤裸々に描いて公表しないだけだった」。

多くの小説家や作家と付き合ってきた元編集者(男性)の一人は「男女を問わず外道でなければ小説は書けませんよ」とも。仏教用語の「外道」とは一般に人の道を外れた生き方をさす。元編集者は自らのプライバシーを隠さず、世間に放り出す覚悟とそれを生きるための糧にする激しさがあって初めて人を感動させる文学作品は書ける、ということだろう。

1980年代の半ば、京都に寂聴さんを訪ねた。在宅ホスピス支援ボランティア養成講座の講師を依頼するためだった。寂庵の玄関で尊顔を拝し、謦咳に接した。1㍍たらずの近距離だっただけに、みなぎる生命力、深い存在感というか、えも言われぬオーラに圧倒された。いまにして思えば、ありきたりの善悪感や世間体を超えた「したたかさ」が放つオーラである。日本の社会そして国家までもが瀬戸内寂聴という存在に憧れ、文化勲章を授与し、マスコミがその死を国葬並みの報道をする。日本人が寂聴さん的な生き方を全肯定してきたからに違いない。73歳の老妻も「寂聴さんはしたたかな人よ」と。世代を問わず、日本の女性たち多くを惹きつける磁力の本質は外道的な「したたかさ」ではなかったのか。

「外道」の本来の意味は、悟りを得る「内道」に対する言葉であり、必ずしも異端・邪道をさすわけではない。「本来の意味は渡し場、沐浴場、霊場を作る人」(Wikipedia)である。寂聴さんは、迷える人々を此岸から彼岸へと導き、世間の塵芥を洗い落とし、魂を救済する霊場を作ってきた。だとすれば、寂聴さんの死を国民的ヒロインの喪失と称えるマスコミ諸氏の気持ちもわからないではない。

私がしっかり読んだ寂聴本は『手毬』だけである。良寛と貞心尼のプラトニックラブを描いた名作だ。30歳も年下の尼僧が独居老人の良寛を最期まで世話するという情愛と献身の物語である。良寛は貞心尼の和歌の師匠だった。貞心尼は家族ではないけれど子弟の絆で良寛を看取った。良寛が生まれ没した新潟県で地域包括ケアの先駆けをなした黒岩卓夫医師によると、良寛の終末期ケアと看取りは貞心尼と周囲の良寛ファンらが行ったコミュニティケアのお陰である。

「うらをみせ おもてをみせて ちるもみじ」は良寛の辞世とか。彼も若いころは放蕩に耽ったと伝えられる。良寛は曹洞宗、寂聴は天台宗と宗派は異なるものの、二人とも自らの人生の裏表を世間に曝しながら、多くの人々にしたわれ、迷える人々の魂を救ったのだ。

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