2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
フォト

おすすめの本

無料ブログはココログ

« 4月25日(木)にアップした、連載コラム「つたえること・つたわるもの」№183『そのときは「家」で――〈なかよし〉時間、〈自然死〉ハイライト。』、再度お届けします。 | トップページ | 【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」№185 〈泣いて〉生まれて〈笑って〉死ぬ――〈いのち〉の臨界点をさぐる。 »

【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」№184 書き手も読み手も癒すメディア――ブック(書籍/雑誌)セラピー。今回のコラムに引用しなかった一文を加えて紹介します。

私はかつて、毎月1回(7年3カ月間)、1ページの連載コラム『ブックセラピー(book therapy)』を『出版ニュース』誌に書いていた。シリーズ名の「ブックセラピー」は、清田義昭編集長から与えられた課題、あるいは宿題のようなタイトルだった。
たとえば、「リーダー(読み手・reader)」が主語なら「この本を読むことで〈癒される〉」のかどうか―—「ブック(書き手・writer)」が主語なら「どのように読んでもらえたらうれしいか、書き手の気持ちが伝わることで〈癒される〉」のかどうか―—。

このときはもちろん、『出版ニュース』誌の主たる読者(出版社、取次、書店関係者など)を意識しながら、毎回、1冊か2冊の「ブック(書籍)」を文中に引用しつつ、『ブックセラピー』の原稿(約1500字)を書いた。また、「文中引用」の基本的ルールである「書誌情報(著者・編者名、訳者名、出版元、出版年)」と「引用ページ」を明示することで、自分自身の著書も含む「ブック≒著者」を最大限にレスペクトした。
本コラムでも遵守する「基本ルール」には、利便性が二つある。一つは、図書館の蔵書検索に必要なデータ(タイトル、著者等、出版者)がすべてあること。もう一つは、コラムの文中で引用されたトピック(話題)のページが、すぐに開けることである。

本文は☞ ダウンロード - 184.pdf

今回のコラムは、かつて『出版ニュース』誌に寄稿していた連載コラム「ブックセラピー」というシリーズ名を手がかりに、たとえば、「リーダー(読み手/reader)」が主語なら「この本を読むことで〈癒される〉」のかどうか―—「ブック(書き手/writer)」が主語なら「どのように読んでもらえたらうれしいか、書き手の気持ちが伝わることで〈癒される〉」のかどうか―—について考えてみました。「本というのは遅効性のメディアだといいます」と喝破したのは、『だれが「本」を殺すのかPART-2延長戦』(プレジデント社、2002年)の著者、佐野眞一さんです。コラムに引用しなかった一文を紹介します。

本というものに答えはないんです。答えがあると思ったら、それは錯覚です。(中略)本は自分の内面と格闘する、ボクシングでいえばシャドウボクシング、野球でいえば素振りのためのツールです。そうした練習の道具として、猛烈に効果のあるメディアだと思います。つまりこれは、人と人との関係を結ぶ基本的な練習道具なのです。(同書56~57ページ)

今回のコラムに、「歴史的身体(これまでの人生で味わった喜びや、悲しみの集積)〉」「上書き(overwrite)」というキーワードを配置して、次のように書きました。

「ブック(書籍/雑誌)」を読む前の〈からだ/歴史的身体〉に上書き(overwrite)された――「ブック」を読んだあとの〈からだ/歴史的身体〉と述べたが、「上書き(overwrite)」という言葉から、「ブック」を「読む(read)」行為は読み手の〈からだ/歴史的身体〉のなかで「ブック」を書写する(トランスクライブ/transcribe)、つまり自分が初めて出会う新しい文章を「書く(write)行為であることがわかる。

お時間のあるときにお読みください。
☆原山建郎☆

 

« 4月25日(木)にアップした、連載コラム「つたえること・つたわるもの」№183『そのときは「家」で――〈なかよし〉時間、〈自然死〉ハイライト。』、再度お届けします。 | トップページ | 【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」№185 〈泣いて〉生まれて〈笑って〉死ぬ――〈いのち〉の臨界点をさぐる。 »

6)原山建郎のコラム」カテゴリの記事

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック