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6)原山建郎のコラム

【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」No.153 41年前、遠藤周作が強く願った「心あたたかな病院」の輪。

水曜日にアップされた連載コラム№153をお届けします。
41年前、遠藤周作が強く願った「心あたたかな病院」の輪。 | ゴム報知新聞NEXT | ゴム業界の専門紙 (gomuhouchi.com)
コラムの文字数は、400字換算で21枚の長尺原稿となりました。
しかし、そこはスクロールして読む電子版新聞のありがたいところです。
これまでのおさらい的な内容になりましたが、あれから37年後の現在を検証してみました。

 

連載「つたえること・つたわるもの」153 41年前、遠藤周作が強く願った「心あたたかな病院」の輪。 長く苦しい入院生活を体験し、患者の孤独と不安を癒す「心あたたかな病院」を強く願った遠藤周作さんは、1982年4月、讀賣新聞夕刊に寄稿したエッセイ『患者からのささやかな願い』、同年6月、『中央公論』7月号に寄稿したエッセイ『日本の「良医」に訴える』、同年秋に始まった『週刊読売』の連載対談『みんなで考えよう親切医療・心あたたかな病院』をきっかけに「心あたたかな病院(医療)」運動をスタートさせた。

続きは☞ ダウンロード -153.pdf

 

お時間のあるときにお読みください。

☆原山建郎☆

 

【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」№152「お父さん、遠藤とかいう、男の人から電話だよ」

先週火曜日(1月10日)にアップされた連載コラム「つたえること・つたわるもの」№152『お父さん、遠藤とかいう、男の人から電話だよ』「お父さん、遠藤とかいう、男の人から電話だよ」 | ゴム報知新聞NEXT | ゴム業界の専門紙 (gomuhouchi.com)をお届けします。
ことしは遠藤周作さんの生誕100年(1923年3月27日生まれ)という、大きな節目の年にあたります。
そこで今回は、かつて遠藤さんのファンクラブ機関紙『周作クラブ』に寄稿した『遠藤周作からだ番記者レポート』に、一部加筆した原稿を再録することにしました。「遠藤周作からだ番記者」の目を通して描いた「遠藤周作」像をお楽しみください。

連載「つたえること・つたわるもの」№152
「お父さん、遠藤とかいう、男の人から電話だよ」

 ことしは、遠藤周作さんの没後27年、生誕(1923年3月27日)100年という節目の年にあたり、長崎市の「遠藤周作文学館」、町田市の「町田市民文学館ことばらんど」で、さまざまなイベントが企画されている。
私が講師をつとめている文教大学(越谷・東京あだち・湘南キャンパス)のオープン・ユニバーシティ(社会人向け教養講座)でも、遠藤周作生誕100年記念講座、『遠藤周作の「病い」と「神さま」――心あたたかな医療の源流を探る』(仮題)を開講する予定である。
遠藤さんはよく電話をかけてきた。まだ、スマホ(携帯電話)がなかった時代だったから、もちろんダイヤル式の黒電話(固定電話)である。主婦の友社に入社した当時(1960年代)は、「代表電話番号」にかかった電話を交換台で内線に振り分けていたが、ようやく部署ごとのダイヤルインになっていた。
遠藤さんは、編集部によく電話をかけてきた。ときには、休日にわが家の電話が鳴ることもあった。
その当時、雑誌『わたしの健康』で、『遠藤周作の「治った人、治した人」』という連載対談企画を担当していた私は、作家の小説担当を「(小説)番記者」と呼ぶのに対して、自らを「からだ番記者」と呼んだ。

詳細は☞ ダウンロード - e28496152.pdf

次回(№153、1月24日アップ予定)は、1986年秋、遠藤さんのアドバイスを受けて大きく変わった、東大病院の『入院案内(改定後は、『入院のご案内』になった)』から37年後のことし、全国の大学病院の『入院案内』(紙のパンフレット&HP掲載)に載っている文章がどう書かれているか、それを検証した一文をご紹介する予定です。

☆原山建郎☆

『東方医学』2022年12月 巻頭言「完全治癒/治(なほ)す」と「完全寛解/治(をさ)める」 一般財団法人東方医療振興財団評議員 原山建郎

2022122

ダウンロード - e3808d.pdf

【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」№151 「ようこそ」⇒「めんそーれ」「んみゃーち」「おーりとーり」

12月28日(水)午後にアップされた連載コラム「つたえること・つたわるもの」№151『「ようこそ」⇒「めんそーれ」「んみゃーち」「おーりとーり」』「ようこそ」⇒「めんそーれ」「んみゃーち」「おーりとーり」 | ゴム報知新聞NEXT | ゴム業界の専門紙 (gomuhouchi.com)と、直近の『東方医学』誌に執筆した「巻頭言」「完全治癒/治(なほ)す」と「完全寛解/治(をさ)める」です。
★今回のコラムは、今月11日から家内と二人で参加した二泊三日の「宮古島五島めぐり」ツアーで、地元の女性バスガイド(與那覇)さんが紹介してくれた沖縄語、正確には宮古語での挨拶ことば、「しまくとぅば(しまことば)」が気になって、帰宅後に図書館から借り出した沖縄語(琉球語)の資料を読むと、沖縄県のなかでいくつかの地域で異なる表現・発音があることを知りました。また、観光バスの車内で参加者もいっしょにマスクをしたまま歌った「安里屋ユンタ」(やまとんちゅ:標準語の歌詞)には、八重山で労働歌として歌われていた元歌があることも、図書館の資料で知ることができました。
また、沖縄(琉球)語(方言)は、日琉祖語(上代の日本本土と沖縄諸島の古語は、同じ祖語から分化したことば)という同じ流れのことばです。このことはコラムに書きませんでしたが、日琉祖語から沖縄語への分化のプロセスに影響を与えたのは、南国特有の気候風土、台風・旱魃という宿命を受け止めざるを得なかった沖縄の人(うちなんちゅ)の身体性(からだことば)、南国特有のオノマトペ(擬声語・擬態語)ではなかったかと、私は言語学や民俗学の専門家ではありませんが、自分なりに興味をもって考えています。
☆「巻頭言」では、完全治癒(キュア)と完全寛解(ケア)について私見を記しました。中医学(中国の伝統医学)の古典、『黄帝内経』の一節「聖人不治已病治未病」の日本語訳の中で、「治(チ)」を「治(なほ)す=治癒(キュア)」と訓読すれば、「聖人は己病を治(なほ)さず、未病を治(なほ)す」となりますが、「治(をさ)む=寛解(ケア)」と訓読すれば、「聖人は己病を治(をさ)めず、未病を治(をさ)む」となります。これは古代中国の皇帝(政治家)の重要な仕事とされていた「治水(ちすい)」(政策)が「水(洪水)を治(なほ)す」ではなく、堤防を築く、放水路を作るなどの「水(洪水)を治(をさ)める」であること、また「治世(ちせい)」は「世を治(なほ)す」ではなく、統治者として「世を治(をさ)める」意味であることからも、現代医療における完全治癒(キュア)と完全寛解(ケア)について、東方医学的観点からの吟味(東方医学的なプライマリーケア)が求められていると考え、そのことを書きました。

詳細は☞ ダウンロード - e28496151.pdf

◆時計の針が12時を回って、大晦日(12月31日)となりました。今年一年、連載コラムにお付き合いいただき、ありがとうございました。来年も連載コラムをお届けいたします。

明日は年が改まって、2023年元旦、卯年。よいお年をお迎えください。

☆原山建郎☆

【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」№150 医師と鍼灸師が医療で連携する

12月13日アップされた連載コラム「つたえること・つたわるもの」№150は、『医師と鍼灸師が医療で連携する〈心あたたかで人間的な東方医学〉』医師と鍼灸師が医療で連携する〈心あたたかで人間的な東方医学〉 | ゴム報知新聞NEXT | ゴム業界の専門紙 (gomuhouchi.com)です。
今回のコラムは、去る12月4日、東京・御茶ノ水ソラシティで開催された第40回日本東方医学会で掲げられたメインテーマ、〈心あたたかで人間的な東方医学〉にふさわしい現状報告と提言が盛り込まれた会頭講演(「心あたたかで人間的な東方医学」)、シンポジウム(「医師・鍼灸師連携の発展と課題」)、医学生による一般口演(※コラムではふれませんでしたが「東洋医学の医療思想におけるホスピタリティ――近代西洋医学と比較して――」)などがありました。
とくに注目したのは、「医師と鍼灸師の地域医療連携」がインタラクティブ(双方向)のリスペクトに支えられていることです。それは単に現代西洋医学と東方医学における共通点をさがす作業ではなく、むしろ東西両医学の医療思想(哲学)、診察・治療プロセスの相違点、それぞれの良さをお互いに認めたうえで行う、「地域医療連携」へのトライアル、キックオフだと考えることができます。
「患者の病い」を診る医師・鍼灸師から、「患者の人生」を診る医師・鍼灸師へ!

〈心あたたかで人間的な東方医学〉
去る12月3日、東京・御茶ノ水ソラシティで、メインテーマに〈心あたたかで人間的な東方医学〉を掲げた第40回日本東方医学会が開催され、私も会員の一人として参加した。今回のコラムは、東方(東洋)医学の鍼灸治療と現代西洋医学とのコラボレーション、医師と鍼灸師の医療連携がトピック(話題)である。

詳細は ☞ ダウンロード - 150.pdf

お時間のあるときにお読みください。          
☆原山建郎☆

【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」瀬戸内晴美→出家得度→寂聴。玲子と「はあちゃん」の物語

つい昨日(11月22日)アップの連載コラム「つたえること・つたわるもの」№149は、『瀬戸内晴美→出家得度→寂聴。玲子と「はあちゃん」の物語』瀬戸内晴美→出家得度→寂聴。玲子と「はあちゃん」の物語 | ゴム報知新聞NEXT | ゴム業界の専門紙 (gomuhouchi.com)です。


 今回のコラムは、元日本文藝家協会の著作権管理部長で作家の長尾玲子さん(母が瀬戸内晴美・寂聴さんの11歳下の従妹で、その子どもが玲子さん)から、近著『「出家」寂聴になった日』(百年舎、2022年11月9日)を送っていただいたことから始まります。

 54年前(1968年3月11日)、主婦の友社に入社した私が、半年間の販売促進部研修(編集職でも、取次・書店との仕事を体験)を終え、9月1日に『主婦の友』編集部(当時、雑誌はこの一誌のみ)に配属された3週間後、作家・瀬戸内晴美さんの連載小説『いずこより』の原稿取りで京都出張した日のことを思い出しました。当時の新入社員は、入社したその日から「(業務)日誌」を毎日書きました。毎夕の提出で、上司・役員・社長のサインや書きコミが入って、翌朝、各自の机に戻されました。毎月17日は『主婦の友』の発売日なので「本日は発売日である。おめでとうございます」と記し、毎月26日は給料日(一般サラリーマンに給料日が25日なので、主婦の友社は1日遅れの26日)なので「○月分の給料をいただいた。ありがとうございます。」と記す〈きまり〉になっていました。ちなみに初任給は29,500円、この年から「土曜日隔週半ドン(前年まで日曜・祝日のみ休み)」となった、とても忙しい会社生活でした。

コラムでは9月22・23日/10月23・24日(瀬戸内さんの原稿受領、画家・小磯良平さんの挿し絵受領)の記述&日誌には書かなかったエピソード。10月17・19・20日(同じころ、やはり『主婦の友』に連載されていた、遠藤周作さんの小説『うちの女房・うちの息子』の挿絵(画家の宮田武彦さん)を取りに行ったこと&瀬戸内さんの原稿取り)記述を紹介しながら、長尾玲子さんが近著のメインテーマとした【「瀬戸内晴美は、なぜ51歳で出家し、寂聴になる道を選んだのか」】について考えました。そして、瀬戸内さんと遠藤さんはお互いをよく理解し合った間柄であったこと。瀬戸内さんの出家得度にあったって、遠藤さんからは道服(※1996年10月2日、遠藤さんの葬儀ミサに参列した寂聴さんは、この道服を着用した)が、順子夫人からは観音経の写経が贈られたことにふれながら、仏教(天台宗)とキリスト教(カトリック)を柱とされえおられたお二人の作家としての生き方にみられる共通のミッションを強く感じました。
★「はあちゃん(※長尾家では瀬戸内晴美さんをこう呼んでいた)」こと瀬戸内晴美さんは、51歳のとき、中尊寺で受けた「出家得度」を介して、瀬戸内寂聴(寂聴尼)という「彼岸」を、99歳まで生きる作家となった。
★遠藤周作さんは12歳のとき(1935年6月23日)、カトリック夙川教会で受けた「洗礼」により「パウロ」という洗礼名を授かったことから、73歳で帰天するその日まで、「私が神を棄てようと思っても、神が私を棄ててくれない」というテーマを終生追い求める作家となった
コラムには書きませんでしたが、私が新前記者になりたて(22歳)のときに書いた業務「日誌」は、もちろん手許に残してあったことも含めて、あれから54年、現在の私にあてた「手紙」であったのではないか、そんな気がします。

詳細は☞ ダウンロード - 149.pdf

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 ☆原山建郎☆

【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」 №148『リハビリテーションは、新しい人生をつくることなんです。』

本日(11月8日)アップの連載コラム「つたえること・つたわるもの」№148は、『リハビリテーションは、新しい人生をつくることなんです。』です。
今回のコラムは、前回(№147『からだがゆるされて動いているか! こころの呪縛を解き放つ。』)の続編です。
今回のコラムも、前回のコラムと同じように、やはり21年前に購入した季刊誌、『環』(vol.7、藤原書店、2001年)の特集企画、〈シンポジウム〉「生命のリズム――倒れてのちに思想を語る」をとりあげました。メインテーマは「回生」、キーワードは「歩く稽古、稽古、又、稽古」、「目的指向的アプローチ」です。
重要なトピックは、脳卒中後遺症からみごとに「回生」を果たした社会学者、鶴見和子さんの【「回生とは、一旦死んで命甦(いのちよみがえ)る。それから魂を活性化する。そしてその活性化された魂によって、新しい人生を切り開く。」回生は回復ではない】【リハビリテーションと踊りというのは、すごい親近性がある。稽古、稽古、又、稽古なんです。同じことをやってるんじゃない。毎日違う。そして出来ないと思っていたことが、やっているうちにぱっとできて、自分の型が出来るんです。それこそ創造なんです】ということばです。
もうひとつは、リハビリテーション医学の専門医、上田敏さんが「目標指向的・積極的リハビリテーション」プログラムにとり組んだ理由として、【リハビリテーションは、人生を回復することなんです。回復といっても、昔の人生をそのまま回復することではない。むしろ新しい人生を作ることなんです。】【リハビリテーションがやることは何かっていうと、マイナスを減らすだけではない。むしろプラスを増やすものです。この両方がリハビリテーションなんです。実はプラスを増やすことのほうが、やれることが沢山ある】と指摘していることです。
また、野口三千三さんが高著『野口体操 おもさに貞(き)く』の中で提起した【「からだを動かすことは苦しいことであり、辛いことである」ということを徹底的に教え込むという結果になってはいないか】という問いも、ともするとルーチーン・ワーク(定型的作業)になりやすい、病院や高齢者施設におけるリハビリテーションの現場で、しっかり受け止めるべき重要な課題であると思います。
そして、コラムの最後に以下のようなことを書きました。
その昔、よく用いられた医学用語「ムンテラ(Mund Therapie)」(ドイツ語=ムント・テラピーを約めた略語)を、英語(日本語)に直訳すると「マウス(口=ことば)・セラピー(治療)」となります。真の良医のホリスティック(全人的)なセラピー(治療)には、患者の「こころ」に生きる勇気を引き出す「ことば」を用いて、孤独で不安な患者の「からだ」をゆるめ・ほぐす「魔法のちから」があります。

詳細は☞ ダウンロード -148.pdf

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☆原山建郎☆

【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」№147 からだがゆるされて動いているか! こころの呪縛を解き放つ。

連載コラム「つたえること・つたわるもの」№147は、『からだがゆるされて動いているか! こころの呪縛を解き放つ。』をお届けします。「からだはいちばん身近な自然」(野口三千三語録)ということばがあります。「からだ」という自然は、いつもたのしく(手伸しく)ゆかいに(ゆったりと)生きようとしているのに、いつも見栄を張りたがる「こころ」は、向上心という名の苦役を「からだ」に課して、自分(こころ)の思い通りにさせようとする。「いちばん身近な自然」でありたいと願う「からだ」を、ゆるそうとしない「こころ」が、窮屈で不自然な「からだ」をつくっています。

私は今夏(8月から)、地元の(自転車で通える)体育館で行われている「少人数制 ヨガ&気功」教室に通い始めました。インストラクターは少林寺気功の豆澤慎司さん。前半は気功、後半はヨガのエクササイズを楽しく実習しています。
教室が始まる前の10分間は、かつて稽古に通っていた西野流呼吸法の「華輪(準備体操)」と「天遊(足芯呼吸)」を行っています。これらのエクササイズを通して、「ゆるされて動いているからだ」を足裏から頭のてっぺんまで、ひとつひとつ点検しながら、ゆるめる・ゆする・ゆるす「からだ」を実感しています。

今回のメインテーマ、「からだがゆるされて動いているか」を書き始めてすぐ、21年前に購入した雑誌、『環』(vol.7、藤原書店、2001年)の特集「歴史としての身体」に、「身体感覚をとり戻す」というテーマがあったのを思い出しました。その中から二つ、「ことばを話すことがからだの問題」(演出家・竹内敏晴)と「医療における身体」(小児科医・山田真)にある、「失われている身体感覚」のことをコラムに書きました。
竹内敏晴さんは「この十年のあいだに、背中が丸まっている子どもが急速に増えてきている。対人関係において不断に身構えている姿勢が固定化している(中略)という現象は、子どものからだがかなり追いこまれているということだと思う」と言い、山田真さんは「頭痛を訴える子どもが非常に増えました。頭痛はほとんどが肩凝りからの延長線であるのは知られた事実ですが、(中略)ある種、防衛する身体というか、何かから自分を守っている、いつも身構えている、子どもたちをみていると、リラックスできないからだというのを感じることがあります」と述べています。

連載コラム№147のトピック(話題)は、以下の三つです。
① 「自分のからだが本当にゆるされて動いているか」という問いに対する答えのひとつは、「からだ」をゆるさない「こころ」の呪縛を解きほぐすこと。
② 「からだ」をゆるすとは、「からだ」をゆすって・ゆるゆる・ゆったり・ゆるめることに他ならない。「からだ」が本当にゆるめば、たちまち「こころ」の呪縛はとける・ほどける、「からだ」も「こころ」もほぐれる・やわらぐ……。
③ 「からだ」をゆるめる(ゆるす)には、瞬間脱力という呼吸動作によって、全身の関節をひとつずつ、ていねいにゆるめて(ゆるして)いくこと。

詳細は☞ ダウンロード - 147.pdf

 

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☆原山建郎☆

【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」№145/146(2022・9・27/10・12)「心あたたかな医療」を支える女性たちを支えた、遠藤周作のことば。 「心あたたかな医療」がほしい!『奇跡の人』からの バトンパス。

本日(13日)の午後、文教大学オープン・ユニバーシティ(越谷校舎)オンライン講座『遠藤周作の「病い」と「神さま」――その2「心あたたかな医療」を支える女性たち』の第5(最終)回「遠藤周作さんが最も頼りにした対人援助職トレーナー、奥川幸子さん」を行います。
(相談者、患者とその家族)を支える対人援助職者(看護師、ケアマネージャーなど)を、豊富な経験と専門知識で支える「対人援助職トレーナー」である奥川幸子さんが、次の世代への「バトンパス(引き継ぎ)」を願った「こころとわざ」とはどのようなものだったのかについて、惜しくも2018年に逝去された奥川さんが遺した2冊の高著『未知との遭遇』『身体知と言語』をもとに考えます。
また、2004年に私が医学書院編集部からリクエストされた医療雑誌である『病院』(医学書院発行の月刊誌)11月号の特集企画「ボランティアに参加したい病院」に寄稿した『「心あたたかな病院」がほしい』を紹介しながら、日本における病院ボランティアのあり方について考えてみたいと思っています。

先週のオンライン講座『「遠藤ボランティアグループ」の女性たち――和波その子さん他』では、①遠藤ボランティアグループの活動40年のあゆみ、②初代代表、和波その子さんが新しく発足させた視覚障害者支援ボランティア「アカンパニー・グループ」について紹介しました。

さて、本日お届けするのは、一昨日(12日)アップされた連載コラム「つたえること・つたわるもの」№146です。前回お届けした№145の続編でもあるので、本日のPDFは№145&146となります。
今回のコラムのタイトルは、『「心あたたかな医療」がほしい!『奇跡の人』からのバトンパス。』です。「バトンタッチ(baton touch)」は、バトンを受けた「感触(タッチ)」に注目した和製英語ですが、英語の「バトンパス(baton pass)」は、「何を」パスされたかを重視しています。
40年前(1982年)、遠藤さんが初めて呼びかけた「心あたたかな医療」キャンペーンに魂をゆさぶられ、初代の「エンドウ豆のサヤ」からこぼれ落ちた二代目、三代目の「エンドウ豆」たちが、やがて芽を吹き、ピンクや白い花を咲かせ、それぞれに新しいエンドウ豆の実を結び、そして昭和の「心あたたかな医療」キャンペーンは、令和のエンドウ豆たちへとバトンパスされています。

詳細☞ ダウンロード - 145・146.pdf

 

時間のあるときにお読みください。

☆原山建郎☆

【原山建郎の連載コラム】「ゴム報知NEXT」(電子新聞)にアップされた、連載コラム「つたえること・つたわるもの」№145 「心あたたかな医療」を支える女性を支えた、遠藤周作のことば。

(9月29日)は、文教大学オープン・ユニバーシティ(越谷校舎)『遠藤周作の「病い」と「神さま」――その2「心あたたかな医療」を支える女性たち』講座をオンラインで行いました。ちょうどこの日は、遠藤周作さんの26回目のご命日(周作忌)でした。

受講者の皆さんとご一緒に、遠藤さんの「心あたたかな」思いを講座を通して共有することができました。1996年10月2日のご葬儀ミサには、ドイツ・フランクフルトの国際ブックフェアへの出張のために参列がかないませんでしたので、はるかドイツから追悼の祈りを捧げました。


さて、4日前にアップされた連載コラム「つたえること・つたわるもの」№145をお届けします。今回のトピックは、『遠藤周作の「病い」と「神さま」――その2「心あたたかな医療」を支える女性たち』(第1回~3回講座)に登場した(来週登場する第4回講座の奥川幸子さんも含めて)、村松静子さん(メッセンジャーナース)、内藤いづみさん(在宅ホスピス医)、山口トキコさん(大腸肛門科の専門医)、奥川幸子さん(対人援助職トレーナー)に対して、1982年に始まった「心あたたかな医療」運動の大きな流れのなかで、その三人に遠藤さんが贈られた「ひと言」がきっかけとなり、40年前に「心あたたかな医療(病院)がほしい」と強く願った遠藤さんの思いをそれぞれの分野で引き継いでおられることを書きました。
コラムのタイトルは「心あたたかな医療」を支える女性を支えた、遠藤周作のことば。です。「支える女性を→支えた」遠藤さんのことば(ひと言)は、遠藤マジックとも呼ばれています。ヘレンケラーの伝記映画『奇跡の人』(1962年)の原題は〝The Miracle Worker(ミラクル・ワーカー))〟ですが、「心あたたかな医療」を支える女性を→「魂を揺さぶることばで」支えた遠藤さんもまた、〝The Miracle Worker〟その人だと思います。
詳細は☞ ダウンロード - no.145.pdf

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☆原山建郎☆

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