6)原山建郎のコラム

2020年1月11日 (土)

【健康ジャーナリスト・原山建郎のコラム】 天と地のエネルギーを巡らせて、再び大地に還す、足芯呼吸法 連載「つたえること・つたわるもの」67-④

連載「つたえること・つたわるもの」67-④ 2020.1.11 大きな樹木が根から水分を吸い上げるイメージで行う「天遊(足芯呼吸)」は、足芯(そくしん=足の裏全体)から鼻で細く長く息を吸い上げ、からだ全体に行き渡らせたあと、最後は再び足芯に吐き下ろす呼吸法である。足の裏(足芯)から吸い上げた息を、両脚の内側を通して丹田まで吸い上げる。次に肛門に軽く意識をおいたまま、今度は背骨の中を通して百会(ひゃくえ=頭頂)まで息を吸い上げる。百会で軽く息を止め、吸い上げた息は止めたまま、身体の前面を下ろしていき、その息を丹田に収める。そこから足の裏(足芯)に向かって息を吐き下ろす。「天遊」の演習では、両肩と両膝をゆるめ、手の甲が床につくまで状態を倒す。両手を足の裏から息を吸い上げながら上体を起こし、両手を徐々に百会(頭頂)まで上げていき、吸い上げた息を身体の前面を通して下ろすときに両腕を真横に開く。丹田に収めた息を足芯に向かって吐きながら、両手も下ろして、最初の姿勢に戻る。天と地のエネルギーを循環させる呼吸法である。

 

「釈迦力(しゃかりき)」という言葉がある。「無我夢中でやると、思わぬ力が出てくる」というほどの意味である。これを「自力・他力」の観点でとらえると、自分の力だけで精いっぱい頑張る(自力)のではなく、無我夢中(われを忘れる)となった、自分の〈からだ〉と〈こころ〉を経由して、お釈迦さまの力(絶対他力)がはたらく、と考えることができるのではないだろうか。

 

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2020年1月 8日 (水)

【健康ジャーナリスト・原山建郎のコラム】 天と地のエネルギーを巡らせて、再び大地に還す、足芯呼吸法 連載「つたえること・つたわるもの」67-③

連載「つたえること・つたわるもの」67-③ 2020.1.8

終末期の患者をすべて「まるごと」傾聴する臨床宗教師は、そのケアを自力(自分の努力)のみで行っている間は、やがてそのエネルギーは不安定になり、枯渇することもある。
しかし、自分が天(宇宙、神仏)から受けたエネルギーをそのまま相手に伝え、そして、相手から還ってくるエネルギー(ときに負のエネルギーもある)は自分のからだを通して大地に戻していく。その大きなエネルギー循環の中に、私(臨床宗教師)も相手(終末期の患者)も収め摂られている、というイメージがほしい。
そこで、2限の授業『天と地のエネルギーを巡らせる「足芯呼吸法」』では、ドネーション(自分から相手への寄付行為)のケアではなく、ギフト(天から授かった贈り物)としてのケアを行う方法として、かつて西野流呼吸法(創始者は西野皓三さん)の稽古で私が学んだエクササイズ、「エネルギーの浸透(現代版・軟蘇の法)」と「天遊(足芯呼吸)」のミニ演習を行った。

頭上のバターが溶けていくイメージで行う「エネルギーの浸透」は、臨済宗中興の祖・白隠禅師の「軟蘇(なんそ)の法」をヒントに、合気道、中国拳法の達人でもある西野さんが考案した呼吸法である。
頭の上に乗せたバター(※軟蘇=ウシやヒツジの乳を煮詰めたもの)が、体温で軟らかく溶け出して、まず頭部全体をひたし、次に首、両肩から両腕、胸、腹部の内臓器官へと、全身に浸透していき、さらに腰、両脚を下って、足の裏まで流れていく様子を、瞑目したまま、ゆったりしたイメージを思い浮かべる呼吸法で、天から受けたエネルギーが全身に浸透し、最後は足の裏(足芯)に向かって流れていく。
西野流呼吸法では正座で行うが、今回はイスに浅く腰かけたまま、丹田(下腹部)の前に両手をかざし、風船をふくらますイメージでエネルギーを広げ、圧縮する呼吸を何回か繰り返した。からだが温かくなった、両手のひらが少しビリビリする感覚があった、と述べた院生も何人かいた。

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2020年1月 5日 (日)

【健康ジャーナリスト・原山建郎のコラム】 天と地のエネルギーを巡らせて、再び大地に還す、足芯呼吸法 連載「つたえること・つたわるもの」67-②

連載「つたえること・つたわるもの」67-② 2020.1.5

 

「人生の最終章を、病院で終えるのでなく、わが家で過ごしたい!」 
終末期がん患者とその家族の切なる願いに、まっすぐ向き合い、しっかり支えながら、安らかな死を看取る、在宅ホスピス医のミッションは、24時間、365日待ったなし。がん患者とその家族が抱える人生の痛みは、否応もなく訪問医療チームひとり一人の〈からだ〉と〈こころ〉にのしかかる。ときには、その重圧から、バーンアウト(燃え尽き症候群)する医師、看護師、介護ヘルパーも少なくないという。
同じように、終末期患者のベッドサイドで、「こころ・きづな・たましい・まるごと」の痛みや哀しみ、ときには憎しみや恨みに向き合い、それらすべてを「まるごと」傾聴する臨床宗教師もまた、日ごろから自らの〈からだ〉と〈こころ〉をセルフケアしていないと、バーンアウトしてしまう恐れがある。そこで、臨床宗教師をこころざす僧侶たちにとっても、「ケアする人をケアする」、つまり臨床宗教師(ケアする人)自身をケアする(セルフケア)」方法が必要になってくる。
高齢者や認知症の人を世話する家族を、英語で「ケア・ギバー(care giver)」、それを業(有資格者)として行う人(介護福祉士など)を「ケア・ワーカー(care worker)」という。
ケアは「世話する(人)」だが、ギバーの動詞形のギブは単なる「与える」ではない。
ギブ(give)の語源には、①ラテン語donare=to give(与える)、②ゲルマン語gift=to be given(与えられる)の2種類があって、①はドネーション(donation)、=無償の寄付(私が与える)、②はギフト(gift from heaven)=贈り物(天から授かった資質、才能)の意味合いがある。
同じケアであっても、無償の寄付である「私が与えるケア」は、自力(自分の意志)で行うケアだから、自分の体力、財力が尽きれば「私が与えるケア」はできなくなる。
それに対して、他力(天から授かった、与えられた)の贈り物を、自分の〈からだ〉と〈こころ〉を経由して相手に渡す(パスする)ケアであれば、その源泉は天と地(宇宙、大地、神仏)にあるから、汲めども尽きぬ井戸水のような、無限・交流・循環のケアとなる。

 

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2020年1月 2日 (木)

【健康ジャーナリスト・原山建郎のコラム】 天と地のエネルギーを巡らせて、再び大地に還す、足芯呼吸法 連載「つたえること・つたわるもの」67-①

連載「つたえること・つたわるもの」67-① 2020.1.2

先週6月4日、東京・巣鴨の大正大学大学院の授業にゲストスピーカーとして招かれ、甲府市を拠点に活動する在宅ホスピス医・内藤いづみさんが担当する通年講義「人間学特論」の中で、内藤さんからいただいたテーマ「ケアする人をケアする」の基調スピーチ(講義)と呼吸法指導(ミニ演習)を行った。
受講生(大学院生)は、真言宗智山派、天台宗、浄土宗の青年僧侶、仏教を学ぶ一般人だが、とくに臨床宗教師(僧)を志す院生は、その活動の手がかりを求めて「人間学特論A(春学期)・B(秋学期)」を受けている。

近代ホスピス(英国のセント・クリストファー・ホスピス)の創始者、シシリー・ソンダース博士は、終末期を迎えたがん患者の痛みには、①フィジカル(身体的)ペイン、②メンタル(心理的)ペイン、③ソーシャル(社会的)ペイン、④スピリチュアル(霊的)ペイン、この4つの要素がかかわる多面的・複合的な痛みをトータルペイン(全人的苦痛)ととらえた。しかし、私たち(日本語話者)には、カタカナ(英語)表記のペイン(苦痛)ではなく、たとえば、①「からだ」(肉体が感じる)のいたみ、②「こころ」(頭脳で感じる)のいたみ、③「きづな」(人間関係のバックグラウンド)のいたみ、④「たましい」(ハートで感じる)のいたみ、また「(人生)まるごと」(これまでの・いま・これからの)のいたみ、のように、ひらがな(やまとことば)を用いて表現したほうが、もっと理解しやすくなるのではないだろうか。
ちなみに、仏教でとらえる「苦」とは、単なる「苦痛(ペイン)」ではなく、私たちの人生には〈生まれ・老いて・病んで・死ぬ〉のように、「自分の思いどおりにならない痛み」をさす。したがって、緩和ケア病棟や在宅医療の現場では、モルヒネなど鎮痛薬の投与によって、①「からだ」の痛み(疼痛)はかなりコントロールできても、「こころ・きづな・たましい・まるごと」の痛みは、コントロールがむずかしい。

 

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2019年6月 5日 (水)

【健康ジャーナリスト・原山建郎のコラム】ブックセラピーno.72 プロアクティブ、主体性から 「菫尊」へ。 遠藤ボランティアの顧問として、未だ、熱いメッセージを送り続けている原山建郎さんのご許可を頂き、原山建郎のコラム欄を設けております。

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2016年12月19日 (月)

この18日、NHKラジオ第二放送「宗教の時間」で、遠藤周作さんの遠藤ボランティアグループ代表の原山建郎(はらやま・たつろう)の語りが流れました。12月25日(日)夜6:30~7:00再放送 来年は、遠藤ボランティアグループ、結成35周年の年です。  

この18日、NHKラジオ第二放送「宗教の時間」で、遠藤周作さんの遠藤ボランティアグループ代表の原山建郎(はらやま・たつろう)の語りが流れました。1225日(日)夜630700再放送があります。 「宗教の時間」「神は愛の行為しかなさらない――遠藤周作の信仰と心あたたかな医療」に

来年は、遠藤ボランティアグループ、結成35周年の年です。  

 

放送の内容は、『これから救われるのではなく、「すでに救われている自分」であることに気づくこと、それが全ての宗教の目標だと思います』という文脈の中で、遠藤さんの『神は愛の行為しかなさらない』を語りたいと思ったから構成されていたのです。


原山さんは、現在、武蔵野大学仏教文化研究所の研究員として、「終活」ではなく、「仏活」にいそしんでおり、遠藤さんが書きたかった『私のヨブ記』、死では終わらない「奇跡の物語」を、私なりにキリスト教と仏教、二つの視点から探究してみたいと考えてお出でです。

遠藤周作さんが長編エッセイとして書きたいと思っていたのですが、存命中にはその願いを果たせなかった『私のヨブ記』のことをお話しになられ、その内容にディレクターが注目したことから、「奇跡の物語」としての『私のヨブ記』は、いまも「心あたたかな医療」運動の実践という「奇跡」として書かれているというパラグラフを、最後の部分話されておりました。

来年は、遠藤ボランティアグループ
(病院ボランティア)、結成35周年の年です。

 

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2016年12月10日 (土)

遠藤ボランティアグループ代表・原山建郎さん、NHKラジオ第二放送(AM)「宗教の時間」出演のご案内:12月18日(日)朝8:30~9:00放送、12月25日(日)夜6:30~7:00再放送予定のNHKラジオ第二放送の番組、「宗教の時間」「神は愛の行為しかなさらない――遠藤周作の信仰と心あたたかな医療」に

 

遠藤ボランティアグループ代表・原山建郎が出演し、34年前に遠藤周作さんが提唱して始まった「心あたたかな医療」が、2016年のいま、日本の病院は患者にどのような医療を提供しているか、日本に「良医」は増えているかなどの検証レポート、また、遠藤さんが書きたかった『私のヨブ記』についても私見を述べられます。

 

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2016年8月22日 (月)

永六輔さんのことを書きました。「死では終わらない物語、傾聴の護美箱」(連載コラム「ブックセラピー」№56) ☆原山建郎★

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                                            (『出版ニュース』2016年8月中旬号

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2016年7月 3日 (日)

【コラム「からだ」番記者レポート⑨】VOL.9心あたたかな、一人オーディション 原山建郎(Harayama Tatsuro) 

昭和58(1983)年5月、遠藤周作さんは、東京・南青山の平田医院で痔の手術を受け、その日に退院した。執刀医は二代目院長、平田洋三ドクターである。青山学院大学建築学科を卒業後、さらに東京医科大学で医学を修めた医師だが、ドクター・ヒップスの愛称で親しまれた、良医にして名医である。

その数カ月前、健康雑誌の連載対談『遠藤周作の「治った人、治した人』に登場した平田ドクターは、手術は即日退院(日帰り手術)をめざす、「患者さん本位の親切医療」を心がける、この二つを強調した。
たとえば、従来は開脚位が常識だった手術姿勢を、患者の羞恥心をとり除くために、平田ドクターの左利きも考慮した右側側位(右肩が下になるように横になる)に変更された。これで、患者は執刀中の医師と目を合せずに手術を受けられるようになった。
また、平田医院の玄関には、「屈んで靴を履く姿勢は、痔の痛みを増強する」ことへの配慮から、上体を支える〈靴脱ぎ石〉が設置されていた。
まず、を選択した遠藤さんだが、もちろん「心あたたかな医療」のにも注目。心強い名・良医を得たと喜ぶ遠藤さんから、「樹座の一人オーディションを受けてもらおう。平田先生にすぐ連絡を!」とご下命があった。
審査会場は、青山のとある酒場。審査員は遠藤座長、原山座員の二名。平田ドクターのみごとなピアノ弾き語りに耳を傾ける。本来なら音痴が入団の条件だが、ここは「心あたたかな」審査基準でクリア、晴れて座員となる。
かくて樹座の初舞台を踏んだ平田ドクターは、遠藤さんはもちろん多くの音痴仲間との親交を深めたのである。

昭和62(1987)年、平田肛門科医院の第三代目ドクター・ヒップスに、平田雅彦院長が就任した。三代目は、先代の診療を、早期治療で、痔は切らずに治す、「心あたたかな医療」を待合室の環境、生活指導に生かすなど、さらに大きく進化させている。
たとえば、待合室のイスは女性用男性用に分かれ、すべて正面向きなので目を合わせずにすむ。呼び出しは番号だが、診察室に入ると雅彦院長が名前を呼んでくれる。病院処方薬は中身が見えない袋に入っている、などなど。                   受け継がれる、心あたたかな医療。

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2016年6月13日 (月)

『出版ニュース』誌6月中旬号が発売されました。連載コラム「ブックセラピー」№54に、「つないで紡ぐ、メッセンジャーナース。」を書きました。素敵な一言・・相手の心に向き合う“目と手”が不可欠(原山建郎)                      

過日は素晴らしい会にお招きいただき、ありがとうございました。

その際、お約束した『出版ニュース』誌の連載コラム「ブックセラピー」№54に、メッセンジャーナースのことを書きました。

本日、『出版ニュース』誌6月中旬号が発売されましたので、早速、誌面のPDFを添付いたします。

 

在宅看護研究センターLLP(有限責任事業組合)が、五月に創設30周年を迎えた。・・・村松さんの素敵な一言。「察して行動、つないで紡ぐ。紡ぐには、察する勘が必要。相手の心に向き合う“目と手”が不可欠。」

PDFは⇒ 「54.pdf」をダウンロード

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原山さん、交流会での心温まるご挨拶、そしてこのたびのお心、本当にありがとうございます! (村松)

 

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