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【私のメディア・リテラシー】第23回 へき地医療の現実 タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない 僻地で働くスーパードクター  尾﨑 雄(老・病・死を考える会プラス)

佐賀県北部は7月初旬かつてない豪雨に見舞われた。唐津市七山地区の僻地診療所で一人診療所長として地域のヘルスケア担う阿部智介医師はスーパーヒーローの如く有事に立ち向かった。唐津市の一部とはいえ、山ひだに集落が散在する中山間地である。人口流出と高齢化が進み、父親が開業した40年前は3360人だった住民は1800人に。そこを狂暴な線状降水帯が蹂躙したのである。奇跡的に死者ゼロで済んだのは阿部所長が孤軍奮闘したお陰である。
<僻地診療所の所長は医師である前に地域住民である>
一人診療所の主はこんなふうである。災害警報で飛び起きた7月10日から殆ど不眠不休。流木が転がり、橋が流され、地域の景色は一変したなか四輪駆動車を走らせてけが人らを治療したり、病院に搬送したりした。1人も死者が出なかったのは阿部医師のお陰だ。僻地医療の砦である診療所は災害から辛うじて助かった。明くる日から通常の診療体制に戻った。翌々日からは、住民といっしょに災害復旧に参加した。外来診療を終えると長靴にスコップ姿で復旧現場に駆け付けた。災害の3日後は通常通り「巡回診療」に出た。「巡回診療」とは足腰が弱り通院がきつくなったお年寄りのため最寄りの集会所などに来て貰って行う阿部さん独自の出前診療である。これなしに過疎・高齢地域に取り残されたお年寄りの健康を支えることは難しい。訪問診療と外来診療と災害復旧作業の合間をぬって医師会の仕事で長崎県に出張も。16、17日の連休は返上して復旧作業を手伝った。30日も日曜返上して災害復旧ボランティアをする。住民の一員として。
<「やぶ医者大賞」受賞へ>
いま43歳の阿部さんが大学病院を辞め、生まれ故郷にUターンしたのは10年前。旧村長に「ここを無医村にはできない」と懇願されて診療所を開き、過労死した父親の遺志を継ぐ。コロナ禍では離島でのワクチン接種などに奔走し、過労で三度も気絶した。そこで100㌔あった体重を75㌔に絞るほど鍛えて、プロレスラーのような体格に肉体改造を行った。決めたことはやってのけるのである。「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格はない」。言ってみれば、ハードボイルド小説の主人公、フィリップ・マーロウのようだ。
「やぶ医者」とは地域の知られざる名医をさす。この秋、兵庫県養父(やぶ)市主催の第10回「やぶ医者大賞」を受ける。それはさておき、「まだまだ、やるべきことが残っている」と阿部医師。多職種連携とICTによる持続可能な僻地医療の体制をつくることである。民間施設ゆえ国や県の支援もなく、「自己犠牲の上に成り立つ医療」の限界は身に沁みているからだ。

<自己犠牲で成り立つ僻地医療は崩壊する>
終戦直後、戦争責任の一端を果たす格好で自決した旧軍人の祖父と僻地医療のため体を壊してに急死した父親の血を引く阿部さん。使命感は人一倍とはいえ、家族に今まで以上の犠牲を強いるわけにはいかない。阿部医師も息子2人、娘1人の父親。1人は受験生だ。同じジレンマを背負って僻地医療に身を投じている医師はほかにもいるだろう。いまの医療システム、医療制度は都会中心に偏っているからである。
周知の通り、日本政府は国連が採択したSDGs(持続可能な開発目標)を2030年までに達成すると約束している。SDGsの基本理念はふたつ。第一は「変革すること」、もう一つは「誰も取り残されない」ということ。にも拘わらず、我が国の僻地医療は変革から見放され、住民だけでなくそこで働く医師までも取り残されている。スーパードクターはあってはいけないのだ。

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国は「医師の働き方改革」を進める。本気なら、僻地医療に携わる医師らが犠牲にならずに働ける仕組みを一日も早く整えるべきだ。そうしなければ、スーパードクターは地域とともに共倒れになる。

【私のメディア・リテラシー】第20回 <たかが髪型されど髪型 自由な慶応高校が「甲子園」で優勝> 尾﨑 雄@老・病・死を考える会プラス

慶応V 「令和式」で新風(産経)――8月24日の新聞各紙は慶応高校が甲子園大会で107年ぶりに優勝した快挙を大きく報じた。産経によれば「令和式」とは「髪型自由、笑顔、部員中心データ分析」ということ。
決勝戦の冒頭でホームランを打った慶応高校の丸田湊斗選手は「野球部だから坊主だっていう社会の目を変えたい」と入部した(東京新聞)。「自由な髪型の選手たち」とともに栄冠を勝ち取った森林貴彦監督は語る。「うちが優勝することで、高校野球の新たな可能性や多様性を示せたらいいと思って日本一を目指してきた」(毎日新聞)。
「髪型自由」は選手の自主性を尊重し、「個の力」を引き出す、新しい高校野球の姿を示す大会となった、という。たかが髪型されど髪型。その意味の深さは高校野球の枠内に収まらない。毎日新聞はこう指摘した。
……変化は選手たちの髪型にも表れている慶応に加え、4強の土浦日大(茨城)や8強の花巻東(岩手)、春夏連続出場のクラーク記念国際(北北海道)なども丸刈りを強制していないという。周知の通り花巻東はスーパーヒーロー、大谷翔平の出身校である。
日本高校野球連盟などの全国調査では「長髪も可」というチームが5年前は13・2%にとどまったが、今年は59・3%まで増えた。一律のやり方をおしつけず、個性を認め合う。そんなチームが主流になりつつあるのだ。
多様性が尊ばれる時代だ。夏の甲子園を沸かせた球児たちの躍動が社会のありかたを示唆しているようにも見える(同紙・社説)。
個人も企業も団体も旧い通念に縛られ、変化と多様化に鈍感では新しい時代に生き残れるとは思えない。「医療とはこんなもの」という通念に安住していた医療界はcovid-19パンデミックに見舞われたとき、適切な対策を打つことができなかった。日本の皆保険制度が優れているという世評に甘んじて、感染症はほぼ克服したという驕りに浸ってきたからだろう。

唐傘日記③ 地域医療の「革命」に共感する 尾﨑 雄(「老・病・死を考える会プラス」世話人)

訪問診療医の小堀鷗一郎氏(85)は雑誌『1冊の本』(朝日新聞出版)に「人それぞれの老いと死」を連載中だ。4月号「黒岩卓夫氏との対話」(前編)は若い医療人に読んで欲しい。
食道がん一筋の外科医だった小堀氏は60代半ばにして訪問診療医に転向した。その手本こそ黒岩卓夫氏(86)だった。同氏は日中戦争の末期、満州でソ連軍に襲われた難民。妹と弟を飢えでなくした。東大医学部に入ると60年安保闘争に身を投じる。革命の夢破れ、新潟県の大和町に「都落ち」した。そこで地域包括ケアの原型をつくる。在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワークの創立者でもある。
 これを読んだ一人の医師がメールを寄せてきた。

<自決した祖父と「地域」に殉じた父>
 恥ずかしながら、黒岩先生や小堀先生といった在宅医療の先駆者である方々を知らず、目の前のことに追われていることを恥ずかしく思いました。黒岩先が言われていた「革命」の部分に共感いたしました。私は43歳なので安保闘争のような革命活動は歴史でしか知りませんが、地域医療を変革していくことで住民、さらには国民にとってより良い(人間としてあたりまえの)人生を生ききることができるようにしていくことも一つの革命なのだと気づかされました。 私も医師として過疎地医療に従事し殉職した父の背中を見て育ち今があります。父も陸軍将校だった祖父と共に満州へ渡り、祖父は中佐の立場でありながら多くの部下が満州で命を落とす中で帰国した終戦直後に自決しました。祖父はあの時代に生きていなければ、医師を目指して勉学に励んでいた温和な人であったそうです。父は幼少期に一家の主が突然いなくなった家庭で、戦後を必死に生きて医師になった人でした。贅沢することなく、ただひたすらに地域医療に身を投じていた姿の背景にあったものを、今回の記事を拝読しながら考えなおしたところです。

<過疎地医療の醍醐味>
私は父の跡を引き継いで一人でやっていますが、この過疎地では限界集落もあり、いずれは集落が消滅する場所も出てくると思います。そこに暮らす人が望むのであれば、たとえ最後の一人になったとしても、故郷と共に生き、故郷と共に逝くことができるよう、集落の看取りができるような文化を築き上げていきたいと活動しています。なかなか難しいですし大変ではあるのですが、それを「革命」と考えるのであれば楽して得るものはありません。楽ではないですし、当然ながら苦しみもある。しかし、そこには喜びや楽しさがある。それが過疎地医療の醍醐味なんだと改めて考えさせられました(医療法人慈孝会 七山診療所・所長 阿部智介)。
かつての医学生は 「恋に恋する」ように思想によって革命に恋した。戦争を知らずに育った医学生は思想ではなく志操に生きる。

唐傘日記② 宗教も医療も「生老病死」から逃げられない 尾﨑 雄(「老・病・死を考える会プラス」世話人)

「生老病死」の問題は「お寺から病院に移っている」。かつて高野山大学名誉教授の静慈圓伝燈大阿闍梨は指摘した。心の問題の専門家がその職責を持て余し、科学の領域にバトンタッチしたかっこうである。「生老病死」は精神世界にとってもお荷物になったということだろう。ところが、科学の罠と医療制度によってがんじがらめになっている病院も「生老病死」に正面から向き合わない。病苦に悩み死に瀕した高齢者や病人とその家族は戸惑い、時として怒りを爆発させる。医師や看護師など医療と介護の現場に携わる者も病人を抱える家族も、死に逝く人に向き合うことが困難な時代になってしまったのだ。これを末世とか不条理の世界とかいうのだろう。
末法の世を捨て置けぬとみたのか。高野山大学と高野山真言宗が医学・医療・心理学・哲学・宗教・文学の知識人に呼びかけ、「21世紀高野山医療フォーラムを立ち上げた」のは2005年のことである。11年に及ぶ講演会の記録『「生と死」の21世紀宣言』(青海社)の中からも生と死の核心を平易に突いた講話18編を抜粋してまとめた本が出た。柳田邦男編『最後まで生きるために』(上・下、各1800円・青海社)である。
こんな話が載っている。国立がんセンター名誉総長の垣添忠生氏が、末期がんの妻を自宅で看取った。氏は、たった一人で医師、看護師、介護士の三役を引き受け、暮れの12月28日に最愛の妻を看取った(「妻を看取る日」上巻)。高木訷元・高野山大学名誉教授(元日本学術会議会員)は、妻の延命治療の仕方をめぐって医師と衝突した顛末を赤裸々に描く(「科学技術文明における死生観」同)。それぞれの専門分野で指導的な地位にある人物が、そこまで追いつめられたとは、いったいなにを意味するのだろうか。精神分析学者の河合隼雄氏は、医学を人間社会に適用させることが限界に達しているとし、医療にたいする通念を改め、「科学の知と神話の知の統合」を求めた(「命の不思議」同)。
ほかに細谷亮太氏の「少子化の中の子どもの死を通して、この国のこれからを考える」(上巻)、高木慶子氏の「悲しみは真の人生のはじまり」(下巻)、玄侑宗久氏「相補性で命を考える」(同)など、学域や宗派を超えて「生老病死」を見つめ直す講話が並ぶ。医師兼経営者である永田良一氏の「誰もが苦悩、苦痛から解放されるために――医療の最先端事業で社会に貢献」(同)といったビジネス絡みの話も織り込んである。「現代」を見つめ直すヒントを見出すことができる一冊である。

【私のメディア・リテラシー】尾﨑 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日経ウーマン編集長「ふと気づけば齢80を過ぎたわが身。本日より、折りに触れて来し方行く末を想う雑文を綴ることにしました。」 ➡ 唐傘日記⓵2023.02.24※ パンデミックを予言していた血液学者、三輪史朗先生  尾﨑 雄@老・病・死を考えるプラス

唐傘日記⓵パンデミックを予言していた血液学者、三輪史朗先生

 「かかりつけ医」とはどんな医師を指すのだろうか。「総合診療医」、「プライマリケア医」、「家庭医」と立場によって定義はマチマチである。私の場合は、一生つきあうはめになった持病を見つけてくれた開業医である。
自宅から地下鉄を乗り継ぎ約40分と近くない。家族で自分しかかかっていないので「家庭医」ではない。標榜科は腎臓だから「総合診療医」でもない。近所の開業医が「よくあるコロナ鬱です」と誤診した私の病態を怪しいと睨み、直ちに検査センターや大学病院に繋いでくれた。結果、「指定難病300」の見立てが的中。以来その腎臓専門医、原茂子先生こそ「かかりつけ医」と心得ている。患者の話に耳を傾け、疑念があれば直ちに信頼できる医療機関を紹介する。先日は常用するステロイド剤の副作用について分り易く説明され、薬害不安を緩和してくれた。
その「かかりつけ医」に一冊の本を紹介された。三輪史朗著『道程 血液・遺伝・臨床病理』(平成9年・非売品)だ。著者は「赤血球酵素異常による遺伝性溶結性貧血の研究」で日本学士院賞を受けた血液学の権威である。医療・医学に関するエッセイ・雑感から「うちの嫁讃」といった家族の身辺雑記、社会問題、映画、音楽の感想などが満載だが、巻末の「WHOの世界健康日のテーマ」を読んで驚いた。Covid-19パンデミックを予言していたのだ。
「最近人類は感染症との戦いにほぼ勝利をおさめたと思っていたが、その楽観的な考えは打ち砕かれ、マラリアや結核をはじめ減少したかに見えた多くの病気が世界各地で再び急増しだした」。すなわち、「⓵空路による国際間の往来の急増、②人口過密で水管理、衛生管理の悪い巨大都市の出現、③今までとは異なった方法での食品の生産と流通の国際化、④人類が森林伐採などで奥地に入り込み、今までは接触することのなかった感染源を持つ動物や昆虫の生息地に入り込むようになった」からだ、と。
さらに、「富める国も貧しい国も、他の優先順位に金が振り当てられて公衆衛生施策のために使える資金が減る傾向にあるので、抗生物質耐性菌の出現、新ないし再出現感染症の出現の敏速な発見が遅れ、蔓延を許してしまうことになりかねない。(中略)感染症の広がりの予防方策はもはや一地域一国内ではすまされなくなった。発生状況の監視通報体制を地球規模で厳密にそしてオープンにし、これを通報すると国が経済的に損害を受けるから隠しておくといった考え方を捨てて大流行・世界的流行の予防に傾注すべきである」。いまはなき血液学の碩学が四半世紀まえに発した警告を医療界と政府がきちんと受け止めていたら、こんにちのようなコロナ騒動は防ぐことができたはずだ。
私の「かかりつけ医」は三輪先生の弟子筋にあたる。卓越した医学者もほんとうの専門医も世界全体と患者ひとり一人のありようを見抜く目利きなのである。

※齢80を過ぎたので、本日より、折りに触れて、来し方行く末を考える雑文を綴ることにしました。

【私のメディア・リテラシー】第21回 <社会保障制度の改革は「経路依存症」が命取りに?>  尾﨑 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日経ウーマン編集長

 自動車を世界で最も多く生産しているトヨタ自動車が、1月26日、驚くべき人事を発表した。豐田章男社長(66)が社長の座を13歳も若い佐藤恒治平執行役員(53)に譲る。佐藤氏は執行役員中下から2番目のランクである。創業家の血筋を引かずとも優秀なサラリーマン社員から優秀な人材を抜擢して経営を任せる。
 27日付け読売新聞は、その意味を解説している。トヨタの新車販売台数は3年連続で世界首位になる見通しだが、自動運転や電動化などの次世代技術の開発は待ったなし。ハイブリッド車など自動車生産だけではない、量的拡大に依存しているだけでは異次元的な技術革新を続ける世界の自動車メーカーに後れを取る。そこで社業を「全方位」的に展開して生き残りを賭ける。世界を抜いた豊田章男社長の手腕をもってしても「100年に一度とされる大きな変革期」を乗り切ることは困難であり、発想転換するための決断だった。
 いっぽう、医療界はどうだ。制度改革は何度も「待ったなし」とされながらも「ズルズル延命」の繰り返しと言ったら言い過ぎだろうか。世界に冠たる国民皆保険制度を守れと言う先輩たちの遺言を楯に無作為の罪を上塗りしてきた。65歳以上の高齢者人口がピークを迎える2040年もまごまごしているとアッという間にやってくる。にもかかわらず、医師会も政府も地方自治体も学会も当事者意識はいまひとつ。トヨタ自動車のように決断する気配は感じられない。
 人気上昇中の入山章栄早稲田大・大学院教授によると、日本全体が「経路依存症の罠」にはまっている。「経路依存症(Path Dependence)」とは、平たく言えば事なかれ主義である。調べてみると、「制度や仕組みが過去の経緯や歴史に縛られる現象」だ。個人も組織も過去に行った意思決定に制約を受ける傾向がある。人は一度慣れたものを変えることにストレスを感じやすいため、ある決定を下したあと、仮に状況が変わっていたとしても効力を及ぼすことがある……」ということらしい。
経路つまり今まで歩いてきた通りにコトを任せて置けばラクだということ。だからエネルギーを強いられる改革は、先送りされる。医療・介護・福祉のモデル事例とされるデンマークが改革に成功しているのはなぜか。それは「切羽詰まったから、改革をやらざるを得なったからです」。デンマーク外務省にいたことのあるコンサルタントはそう教えてくれた。
 全世代型社会保障構築会議の座長を務めた清家篤氏(日本赤十字社社長)は、日本記者クラブで、こう指摘した。共助を理念とする社会保障制度の改革を論じるとき『負担と給付』という言葉はやめたほうがいい。「負担」は「拠出」と言い換えるべきだ」と。安易な常套句に依存していれば思考停止になる。日本語のセンスにうるさい劇作家・井上ひさし流に言えば、「負担と給付」という紋切型の業界用語を使っている限り、全ての改革は覚束ない。政府もマスコミもそして国民も同罪である。

【私のメディア・リテラシー】第20回 <形のない家族 第18回在宅医療推進フォーラムで>  尾﨑 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日経ウーマン編集長

エールに応えて年内にもう一本書くつもりです。 この歳になったら、同世代の友人らが相次いで先立ち(すべて癌)、まもなく次は自分の番でしょう。 ここに到って、今まで溜め込んでいた思いを遠慮なく吐き出す心境に。 とりわけ、ここ数年は自分自身も日本も外国も代替わりの節目のタイミング。 言いたい事、書きたい思いを吐露していこうと考えています。 (尾﨑木瓜)

「形のない家族」。目前に迫る「ファミレス社会」への備えは?
11月23日、小雨に濡れる東京ビッグサイトで第18回在宅在宅医療推進フォーラムが開催された。午前10時から夕刻まで、在宅医療の最前線で働く医師らによって貴重な試みが披露されたのだが、その終盤に到って私はショックを受けた。「朝から一日色々なことが語られたけれど『家族』という言葉が出てこなかった」。シンポジウム登壇者の一人、東近江市永源寺診療所の花戸貴司所長が漏らした一言である。
自宅で食事を作ってくれる家族がいない独居老人でも食事をすることができる時代になった。コンビニエンス・ストアが普及し、「個食」パッケージのコンビニ食品のお陰で家族なしでも生活できる。それが本来の食事や暮らしなのかどうかはさておき、コンビニ、ICTさらにロボットの発達によって、理論的には寝たきり老人でも独居生活が可能だ。訪問者の誰何と解錠・施錠をベッド内で操作するシステムがあれば、訪問医療の専門職らを安全に受け入れることができる。国立がんセンター名誉総長の垣添忠生さん(81歳)は奥さんに先立たれて独り暮らしだが、寝たきりになっても自宅で看取られたいと語っている。

 <コンビニ、ICT、ロボットが家族に代わる>
コンビニが一人暮らし生活に重宝な品揃えをさらに豊かにし、住宅ICT・ロボットの実装がいちだんと進めば、家族なしに暮らせる時代も夢ではない。だとすれば、虚弱高齢者のために家族が果たすべき役割っていったい何だろう? 花戸医師の言葉を借りれば「意思決定支援くらい」である。たとえば、ACP(アドバンスド・ケア・プラニング)のための「人生会議」に当事者の介添人として参加するということかもしれない。ただ、任意後見制度の使い勝手が良くなれば家族もいらなくて済む。
佐久総合病院を辞めて石巻市に移住した長純一医師は、東日本大震災の被災地にホンモノの地域包括ケアを創ろうと奮闘したが、夢破れてがんに斃れた。なくなるまでの姿を赤裸々に報じたNHKのドキュメンタリー番組を見た。川村雄次ディレクターによると、長医師は「形のない家族」に拘っていたそうだ。いまとなっては、それが何を意味するのか本人に確かめる術はない。ただ、在宅で看取られるまで長医師を支えるにあたって大きな力になったのは、近隣・地域の人々だったそうである。

<絵に描いた餅ではない地域包括ケアはどこに>
「コロナ」によって少子高齢化の勢いは強まるばかり。日本の家族の多くは血縁が薄れ、途絶えていく。独居高齢者や要介護の老老カップルを支えるのは誰か? 介護保険制度とそれに則った専門職だけでは手が回るはずがない。近所、地域の人々の出番である。つまり、絵に描いた餅でない本当の地域包括ケア作りである。それを東日本大震災の被災地に実現しようとした長医師は力尽きた。合掌
高齢社会をよくする女性の会の樋口恵子さんが「ファミレス社会」の到来を訴えたのはおよそ5年前。そのからコンビニ、ICTとロボットの進化は目覚ましい。それに比べて在宅医療の推進と地域包括ケアの整備は後れを取っているように思えてならない。花戸氏が「家族」に託して主張したかったことはこれである。

 e-nurse「がん共存療法」反響 【私のメディア・リテラシー】第19回<「がんを悪化させない試み」その後> 尾﨑 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日経ウーマン編集長

 今年、読んで感銘を受けた本は3冊。J-S-ミルの『自由論』(岩波文庫)、山崎章郎著『ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み』(新潮選書)と小川英爾編著『小川なぎさの最期 10か月の記録 先に行って待っているから、ゆっくり来てね』(非売品)である。6月発刊の新刊書は終末期のがん患者にとって「自由」とはなにかを問う必読書だ。

<無視された「がん共存療法」>
『がんを悪化させない試み…』は大腸がんが肺に転移した医師が、自分自身を実験台にして編み出した「がん共存療法」を淡々と描く。がん細胞の増殖に必要な栄養源である糖質を制限する食事と少量の抗がん剤などの併用などによって固形がんの増大・悪化を抑える独特の医療である。狙いは、過酷な副作用を強いる抗がん剤治療を行わずにQOLを維持・改善して、その人らしい人生を全うすること。著者の山崎医師にとって、それはライフワークである在宅ホスピスを最期まで続けながら、「がん共存療法」を社会に広げるという社会責任を果たすことである。
刮目すべき試みであるにもかかわらず新聞は、この本を無視した。私が知る限り、書評欄にも健康・医療のページにも紹介されていない。ある全国紙の医療担当者は「取り扱いが難しい本」だと漏らす。がん治療に関わってきた市民の一人は、山崎章郎氏のような影響力を持つ医師が一部の怪しげな代替療法や民間療法を容認するかのような本を出すことは歓迎できない、と語った。医師の多くは、いわゆる「エビデンスがない」という理由で本書に触れたがらない。

<医師の目線よりも患者の目線で>
 むろん本書の真価を見抜く人もいる。公益財団法人医療科学研究所の江利川毅理事長はそのひとり。「限られた時間を生きる末期がん患者にとって最善とはなにか、そのことを、医師の目線ではなく、患者の目線や心を大切にしている。このような療法に取り組むがん患者を医療保険でもっと支えられるのではないか」(『社会保険旬報』8月1日号)と指摘。さりげなく標準治療のありかたについて問題提起をした。
 がんは日本人の2人に1人がかかり、死因の3分の1はがんだ。江利川氏の主張は専門誌にとどめず、一般市民が読む新聞で広く紹介すべきだろう。「がん共存療法」の臨床試験はまもなく始まるが、その結果が出るまで本書を棚上げして置くのか。『先に行って待っているから、ゆっくり来てね』を出版した小川英爾さんは、過酷な抗がん剤治療を中止して穏やかな死を選んだ妻を自宅で看取った。末期がんの患者にとっての最善とは何かをトコトン考えた末である。
 『自由論』によれば、「自由」とは他人の利益を損なわずに自らの幸福を追求することである。一部医師のパターナリズムや医薬品業界の思惑を忖度するような事なかれ主義がジャーナリズムにも及んでいるとすれば、それは医療を受ける市民の自由をないがしろにするように思えてならない。

【私のメディア・リテラシー】第20回 <91歳で“安楽死”した最後の巨匠、ゴダール>  尾﨑 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日経ウーマン編集長

「勝手にしやがれ」、「女と男のいる鋪道」、「気狂いピエロ」で知られた巨匠が逝った。9月13日、ヌーベルバーグ(新しい波)の旗手とされた映画監督、ジャンリュック・ゴダール氏がスイスの自宅でなくなった。91歳。スイスで認められている「自殺ほう助」による自己決定だった。
毎日新聞によれば、先鋭的な映画技法を駆使し、カンヌ映画祭を中止させるなど冒瀆的な反逆者とも呼ばれた。「作品はさまざまな解釈と論議の対象となり、難解と言われながらも映像の独特の美しさやデザイン性が、今も若者たちを引きつける」。「断固として新しく、自由な芸術を生み出した。私たちは天才のまなざしを失った」とマクロン大統領に言わしめた文化的英雄だった。

<みずからの生命さえおのれで操るかのように>

映画評論家・蓮實重彦氏(86)は15日、朝日新聞によせた哀悼文にこう記す。
その日本語の題名(「勝手にしやがれ」)故に、我が国では「自分勝手」な映画作家と見なされがちである。それは、ある意味で正しいといわねばならぬ。彼は、自分に相応しい作品しか撮ってこなかったからだ。しかも、ゴダールは、自死同然の振る舞いで他界してみせたという。なんということだ! 同氏は翌日掲載の神戸新聞の追悼文でも、ゴダールの魅力は自分の好きなことしかやらなかったことだったとし、なぜかほっとしている、と。
 スイス公共放送国際部のサイト(SWI)は 9月15日、スイスの安楽死について発信した。それによると、自殺ほう助による死亡者は増え続け、2017年末では1000人を超えた。65歳超が大半だが、若年層もふえてきている。この数値には国外居住者が含まれておらず、国内の自殺ほう助主要団体が発表した年間の死亡者は1500人を超える。
スイスでは医師など第三者が患者に直接薬物などを投与するなどして死に至らせる「積極的安楽死」は法律で禁止されている。認められているのは、医師から処方された致死薬を患者本人が体内に取り込んで死亡する「自殺ほう助」で、実施主体は会員制の民間非営利団体である。ドイツ・イタリア語圏の「エグジット」の会員数は2021年末で14万人を超え過去最高に。フランス語圏の「エグジットA.D.M.D」は3万人超だ。外国人を受け入れる「ディグニタス」は1万1000人超。うち日本人は57人である(2021年末)。

<自宅で“安楽死”する人が多い>

自殺ほう助が許される主な条件は①治る見込みのない病気、②耐え難い苦痛や障害がある、③健全な判断能力を有する、など。スイス国内居住者では自宅を実施場所に選ぶ人が多い。精神障害や認知症を持つひとも健全な判断力が認められれば自殺ほう助を受けられるが、スイスといえども、さすがに微妙な問題だけに、これまで複数の医師・関係者が逮捕・起訴されているそうだ。
ゴダールは「病気ではなく、疲れ切っていた」(毎日)とも、「穏やかに亡くなった」(読売)とも。巨匠最後の来日は2002年。インビュアーにこう漏らしたという。「年をとるにつれ、見ることも聞くことも、とても難しいということが分かってきた」(産経)。それから20年。かつての反逆児は芸術にも生きることにも疲れて「安楽な死」を選んだのだろう。
「本人が希望した積極的安楽死」を認めているのは米・オレゴン州、コロンビア、オランダ、ベルギー、カナダ、イタリア、スペイン、ニュージーランドなど16の国・地域である(Wikipedia)。

【私のメディア・リテラシー】第19回 <ステージ4の緩和ケア医が書いた『がんを悪化させない試み』とは?>  尾﨑 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日経ウーマン編集長

8月5日、三宅一生さんがなくなった。ヒロシマが生んだ世界的なファッション・デザイナーだった。享年84。肝細胞がんだった。「ブランドを後進に引き継いだ後も精力的に活動し、生涯現役を貫いた」(10日付け読売)。原爆の後遺症と戦いながら、ひたすら服飾革命に取り組む。「日本のファッションを世界レベルに引き上げた偉大な人」(同)だった。

三宅氏のようにはなばなしくはないが、静かなる医療革命に取り組んできたひとりの医師がいる。在宅緩和ケア医の山崎章郎氏である。6月、一冊の本を出した。
『ステージ4の緩和ケア医が実践する、がんを悪化させない試み』(新潮選書)だ。

ジャンルを問わず、今年の新刊書で私が最も感銘を受けた一冊になるだろう。

<大腸がんを抱えながら訪問診療を続けて>
山崎医師は元外科医。病院勤務を振り出しに緩和ケア病棟(ホスピス)の緩和ケア医を経て在宅ホスピス医となる。その間に多くのがん患者を看取ってきた。ところが、4年前、自らが大腸がんの患者になった。抗がん剤治療を受けつつ本業の訪問診療を続けたが、まもなく肺に転移し、ステージ4(がんの最終段階)の患者になった。その後、ステージ4の大腸がんに対する標準治療である、さらなる抗がん剤治療を提案されたが、ステージ4の場合、抗がん剤治療の目的は治癒ではなく、数か月から数年の延命であるという現実や、抗がん剤の副作用で訪問診療に向かう車の運転が覚束なくなった等の経験を踏まえて、抗がん剤治療をギブアップし、別の道を模索する。苦痛を強いられることもある抗がん剤治療をやめ、がんを悪化させず、できるだけ普段通り死ぬまで生きるための試みを実施し、その経過を本にした。

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<元厚労次官が『社会保険旬報』で評価する>
がん悪化防止の方法は「MDE糖質制限ケトン食+クエン酸療法+少量の抗がん剤」。医療や医学に疎い人には分かりにくいが、要するに癌細胞の栄養になる糖質を押さえた食事療法に加え、副作用が出にくい程度の抗がん剤も少量もちいる。苦しまずに残された命を大切に使って、自分らしい生き方を全うするための「試み」である。批判もある。医師らは個人の治療記録に過ぎず、エビデンスがないと疑問を呈し、怪しげな代替療法や民間療法を活気づける、と問題視する声もある。その一方、江利川毅元厚労省次官は『社会保険旬報』8月1日号の誌面を借りて山崎氏の試みを評価し、一部の財団は山崎氏を支援することになった。

<QOL重視や患者中心の世論が後押し?>
1990年、山崎医師は『病院で死ぬということ』を上梓し、当時の病院で当たり前のように行われていた末期がん患者らに対する過酷で非人間な治療を物語として世に問うた。内部告発ともとれる内容だったが、ミリオンセラーになった。医療界のパターナリズムに従っていた一般市民が山崎医師の“告発”に共感したのだ。その後、QOL重視や患者中心の医療を目指す機運が浸透するにつれ、緩和ケアとくに自宅で療養するがん患者らに対する在宅ホスピスの実践が広がった。そのきっかけになった『病院で死ぬということ』から30年。医療は進化・発達し、患者と医療者の意識も変化した。その結果、がん医療の様相と内実は複雑になった。

『がんを悪化させない試み』はそうした背景から生まれたのである。

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