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7)今月のひとこと

「締め切られたけど、やっぱり加わりたい」と、新潟の同志から📞 嬉しいことです。さらに、鹿児島からも・最終的には、11県29名+私の30名に。本日、オンラインは、〝心とこころ〟で、熱く、熱く参ります。

東京ー神奈川ー鹿児島ー岡山ー埼玉―広島ー宮城ー愛媛ー千葉ー大阪ー新潟 繋がった、繋がった。明日の看護を拓くメッセンジャーナースは、繋がって、紡ぐ。

川嶋みどり大先輩の著、待ってました!もう、釘付けです。

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「その瞬間を活かす外出支援は、その人の生きる力・自力を呼び起こすことができる」。1986年から始まった在宅看護研究センターの活動は、確実に若手に引き継がれている・・

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37 周年、とてもあたたかい会でした。

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奥山さんがペットボトルののし紙を作ってくださったように「感謝」です。いらっしゃれなかった方々の気持ちも有り難いものでした。

初めておめにかかる方からも笑顔をいただき力もいただきました。
岩崎さんからのお話、お花を通じて💐人の生き方働き方暮らし方を…代表が永きにわたりお付き合いがある事が納得できました。いろいろな切り口を持ってみんな仕事をし生活するのですね。そこに私たちは関わらせていただいている…すごい事だと今更ながら(゚o゚;;

 

会場ではバタバタしてしまいお見苦しい裏方で、失礼をしてしまった事が多かったと思いますが何とか終わることが出来たと思います。今日はまだ片付けが残ってますが、レセプトと共に新年度の最初の仕事です!
直接訪問をしてケアに関わることだけでなく看護を届ける方法、感じる方法、がある事をこれからも続けていきたいと思いますし、それがどのような結果を得ることができるのか?健康を守る者としてもう少し見えるようにしたいと思います。

 

次は引っ越しです。仲野さん、細井さんのもと 訪問が滞りなく継続できるような状況で高田馬場へ移れる様に動ければと思っています。
(栗原)

 

在宅看護研究センター37周年おめでとうございます!時空を超えて場を供した’’ありがとうの会“ は私にとって特別の体験となりました。
かつてのご家族が言っている「あの日の看護をつないでほしい。」と。同志のみんなが言っている「一緒にやろうよ、必要な時必要な看護を。」
村松代表の言葉をヒントに心の風景が一致した!今日から早速、具現化の日々です。
(菅野)

法の壁に甘んじることなく国民の負担を伴う独立事業として、看護は、家族一人ひとりの思いと向き合う。看護の神髄はどんな状況下でも変わらない。

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第10回メッセンジャーナースの会総会&メッセンジャーナース認定協会10周年記念&在宅看護研究センター35周年記念のリモートコラボ開催は、皆様のご協力のもと盛会裏に終えることができました。ありがとうございました。

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たくさんの声や花籠に祝電・お言葉、皆の笑顔に出会い、改めて、35年間続いたこと、続けたことに、感謝・感動しております。在宅看護研究センターは今の時代を見据え、看護師だからできること・看護師だからやらなければいけないことに挑戦し続けます。

*4時間半、パワーを充電させて頂く貴重な時間でした。
全国のメッセンジャーナースの方々のご活躍に勇気を頂きました。
懐かしい仲間の顔を見ることが出来た事も大変嬉しく思います!

*改めて35周年、おめでとうございます。
村松さんの志を継ぐ人が、次々と現れていることに驚愕しています。これからも後人の育成に努めていただければ、日本の看護師の立ち位置が向上していくと思います。

*在宅看護の歴史、在宅の拠点でもあり人材育成の拠点でもあった訪問看護事業所の存在、時代が求めてきたメッセンジャーナースの存在など、改めて感じるところとなりました。
また、参加されました方々の看護への思いの熱さが伝わり、自分の立ち位置に自分自身で承認するところでした。

*35周年記念のDVD📀 村松さんのところへ 初めて訪問し、ヘルパー教育をお願いしたこと、カラマズーまでご一緒したこと、一人で寝たきりのお年寄りを見守ったことなど、走馬灯のようにおもいだされ、なつかしたったです。

*35周年おめでとうございます!
学生時代に、開業前の活動に参加させていただいて、あの時に間近に見て憧れたフロンティア精神が、今秋田初の産後デイサービス施設の運営の底力になっています。前回、30周年の式典で先生にお会いした時にメッセンジャーナースのことを知り、研修を受講したおかげで挫折から立ち上がることができたことを思うと、メッセンジャーナースのパワーに導かれていることを感じています。もっともっと、研修に参加して自己研鑽していきたいです。それから、先生のお話は確かに飛躍していきますが、それぞれのお話の核になるところがちゃんと筋が通っていて、それは、たとえ50年の時空をまたいでいても、三色団子の串のようにしっかりした意図のあるもののイメージです。ぼやっと聞いているとそれを見つけられないので、頭の中ではすごいスピードで整理作業をしているので、先生の仰りたいことはすっかり理解できています。この聴く姿勢が大切だということを、自分がカウンセラーとして向き合う時に、いつも思い出します。その核になっている部分が相談者の「心の風景」なのだろうと見たてています。

私は、学生時代に先生が何度も繰り返し仰っていた「五感を使って」相手のニーズを感じ、「五感を使って」ケアをするという言葉が好きで、それを看護実践の核にし、教育現場でも伝えてきました。今はそれが子育てにも必要であることを、お母さんたちに伝えています。来月、子育てサポーター研修の依頼を受けていて、その準備をしていますが、そこでもメッセンジャーナースの力を発揮できるように尽力します。2年前、秋田の懇親会での盛り上がりが忘れられず、鹿児島への旅費の積み立てを開始します。それまでに百人町への立ち入り許可が出たら向かいます。先生はお体にくれぐれもお気をつけて、待っていてくださいね。

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【蘇り】「開業ナース集団の活動があったから」 私が、在宅看護研究センターの活動を知ったのは、「元婦長ら4人でセンター設立」の新聞記事を読み、センターが企画するセミナーに参加したのがきっかけでした。(細井恵子)

詳細は☞ こちら
Ⅰ なぜ、訪問看護をボランティアで・・・ 
Ⅱ 何もない。自分達で作るしかなかった。~ナース手作りの会社の誕生~
Ⅲ 活動を続けるための苦悩と決断 シルバー産業の嵐の中で・・・
Ⅳ ジャーナリストからいただいた「開業ナース」の命名  
Ⅴ 開業ナース 村松静子
Ⅵ 村松静子を支えた3人の男たち

 

各地のメッセンジャーナースが独自に活動しながら連携プロジェクトとして動く。病院―施設―在宅と看護師同士の連携もよりスムーズに・・・医療の担い手と受け手の懸け橋に留まらず、地域づくりや教育の向上にも繋がっています。(メッセンジャーナース認定協会)

リーの立場で、主体的医療を支える看護独自の機能を発揮しようというメッセンジャーナース、また大学学長・教授・副院長・看護部長・看護師長・施設長・在宅事業経営者等の肩書を持ちながらのメッセンジャーナース、看護の本来あるべき姿を追い、看護の自律という同じ方向に向かっています。さらに、それぞれのもつ得意分野(認知症、癌、化学療法、緩和ケア、フットケア、リンパマッサージ、感染症、床ずれ等)の知識を互いに共有できるシステムづくりをめざしているのがメッセンジャーナースです。


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介護離職の危機、メッセンジャーナースによるアドバイスやサービスによって仕事の継続が可能になると考えられます。

あなたもメッセンジャーナースに!

メッセンジャーナースとは   詳細は☞ こちら

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