3)みんなの声 私の声

2018年10月 2日 (火)

メッセンジャーナースたちの旅の一環 地域拠点型の『坊ちゃん劇場』での観劇と劇場関係者の夢と思いを交流。来年の1月から3月は、日本赤十字社愛媛県支部篤志看護婦の献身的な看護が主題となる『誓いのコイン』を再演予定と・・見逃せません。また、現在上演中の 「よろこびのうた~思いが溢れたとき、人は歌う~」は、11月28・29日、東京公演も...是非、お出掛けを!

_000001_7_000001_8

|

2017年10月20日 (金)

「医療メディエーター」の研修ではロールプレイもあり、具体的な場面のビデオ視聴もありましたが、医療訴訟に持ち込まれないために患者側の感情を害さないような対応方法を考えるやり方は、私が目指しているものではない違和感を感じました。

本当にご無沙汰いたしております。東京は60年ぶりの寒さとニュースで言っていましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。秋田も寒いとはいえ例年のこと、と白鳥の飛来に近づく冬を感じつつ冬支度を始めております。

 

前回の添付ファイルが開けなかったのですが、ホームページで総会の内容をチェックできたので、委任状が必要と気付かず、遅れてしまってすみませんでした。準備をしておられる方にはご迷惑をおかけしてしまい、大変恐縮致しております。

研修セミナーに出席するチャンスを伺いつつ、今の仕事は意外と土日に仕事が入ることや、家族の事情で計画できずにおります。現職でも様々な場面で「懸け橋」になるべく努力を続けつつ、この地にひとりでは「メッセンジャーナース」の名称を広めようにも力が足りないことを実感しています。

「医療メディエーター」についての研修が複数回あり、多くの方が受講されて、知名度の高さを感じました。患者側と医療者側の中立的な立場で対話を促進し…という役割の部分や、患者の主張の深層にある思いを傾聴によって共有するというスキルなど、メッセンジャーナースの役割に共通する部分があることを学びました。一方、

医療メディエーターは対立する紛争が発生している場面ではたらくという動機付けの部分が決定的に異なることもわかりました。医療の受け手である患者が主体的に生活する日常の場面で懸け橋としての役割を担うのは、やはりメッセンジャーナースであり、もっともっと認知度を上げたいと思いました。医療メディエーターは、院内に配置されると加算がつくそうで、そういったことも普及が促進される理由になっているのでしょう。

研修ではロールプレイもあり、具体的な場面のビデオ視聴もありましたが、医療訴訟に持ち込まれないために患者側の感情を害さないような対応方法を考えるやり方は、私が目指しているものではない違和感を感じました。

 

受け手が納得するような医療を提供するためには、メッセンジャーナースの役割は必須であり、施設ごとに配置され普及されていくためには、もっと大きな組織を動かしていく必要があるのかもしれません…と、総会で発言できればよかったのですが〜〜総会の盛況を祈念しつつ、その様子がホームページに載るのを楽しみにお待ちしております。(N 

|

2017年4月 9日 (日)

母は何を支えに頑張ってきたんだろ、「人は生きなければならない、何があっても」何のために?母からもらった宿題。福島はやっと桜が開花しました。・・ブログ「在宅看護研究センターLLP」のエントリーにコメントがつきました。ここさこらんしょ!

「母からの宿題」
『「こんなに苦し思いをするなら、死んだ方がまし!」って思ったこと何度もあった』
「あんたもそんなことあったかい?」
「でも人はがんばらなくちゃいけないんだよね」「だからがんばるよ!」
10Ⅼの酸素マスクの奥で、そうつぶやく母・・・「苦しいくないのかい?」の問いかけに「苦しくない!」酸素飽和度は82%冷たい手を握り、パンパンに張ったおなかをなでながら「もう、頑張らなくていいんだよ」と声をかけると「そうかい、ここに居ていいのかい?」「寝てもいいのかい?」それが最後の言葉でした。

腰椎のすべり症で痛みに耐え、手術を受け、8年間透析を続けました。その後頸部骨折をして手術、膝の人工関節置換術、両大腿の動脈閉そくで人工血管置換術。昨年10月には下腿動脈の拡張術。
「もう二度とこんな痛い手術はしない」と何度も話していました。それでも足の小指は半分になってしまっていました。
母は何を支えに頑張ってきたんだろ、実家を出たくてお見合いで父と結婚、したこともない農作業、舅、姑との暮らし父の遊び癖、姑に言われて3人目を堕胎、4人目にできた私は必至で守り出産、姑の介護、そして父の介護、疲れている母に対して子供にも思うようにやさしくされず・・・嫁のうつ病、離婚、兄との暮らし・・・母の生き方に反抗的であった娘「お前は冷たい!」その言葉を何度も聞かされました。
「こんなに苦しい思いをするんだったら死んだ方がまし」と何度も思いながら・・・
「人は生きなければならない、何があっても」何のために?母からもらった宿題です。

月曜日に腹痛を訴え夜間診療に連れていき、翌日透析から帰宅して嘔吐何も食べられず、翌日デイサービスをお休みして、自宅で過ごすも夕方嘔吐、仕事から帰宅後すぐに外来受診。イレウスとの診断で入院、その晩大量に嘔吐し誤嚥・・・イレウスチューブ挿入、肺炎併発、金曜日急変その晩の会話が最後となりました。
福島はやっと桜が開花しました。今日は花曇り、雨が咲いたばかりの桜に露となってついています。
3月18日母は88歳を目前に旅立ちました。千の風になって自由に飛び回りたかった母・・今桜の花を楽しみに空を飛び回っていると思います。

|

2017年3月10日 (金)

姫路赤十字看護専門学校卒業生代表の八木さん、お手紙、ありがとう!応援していますよ。☞ 4月から、看護師として常に病める人の心に向き合う目と手、「心とわざ」を磨き続ける姿勢を大切に精一杯頑張っていきたいと思います。

春がグッと近づいてきた、そんな感じのここ数日で、今朝も青空が広がっています。今日は嬉しい報告です。姫路赤十字看護専門学校卒業生代表の八木絵奈さんからお手紙が届きました。それはそれはこれからが楽しみな内容で、是非、皆さんにも、そして同僚や後輩にも読んでいただきたいと思いますが、一部だけご紹介します。

・・・臨地実習では自身の五感を用いながら患者さんの心に寄り添う看護が大切であると実感できました。4月から看護師として臨床にでるにあたって、先生から教えていただいた常に病める人の心に向き合う目と手、「心とわざ」を磨き続ける姿勢を大切に精一杯頑張っていきたいと思います。・・・ 

Pc190102_01_2Img_1690

姫路日赤は、先輩の心が後輩に伝わる流れが出来ていますね。

同じ赤十字出身者として、素晴らしいことだと改めて思っています「おめでとう!」(村松静子)

|

2017年3月 5日 (日)

とてもいい会になったな~と改めて思い、今朝目覚める時、なぜか涙が出て、止まりませんでした。ご参加下さった皆様、ありがとうございました。←(一般社団法人らふ代表理事 蓮尾 久美)

昨日は、本当にありがとうございました。とてもいい会になったな~と改めて思っています。

こんな機会を作っていただき、心から感謝いたします。

 

今朝目覚める時、なぜか涙が出て、止まりませんでした。

初めてのことでしたが、いろんなことが嬉しかったのだと思います。

 

私が淡々と自分の病気のことを話した姿を見てくださったこと、そこから私の思いを汲み取ってくださったこと、それが何よりも嬉しかったのだと。

私がやろうとしていることは、患者会の活動とは少し違っています。

患者同士が語る場も必要だけれど、そこには次につなげる場も人も、そして学びも必要です。

人は必ず成長する。病のつらさや死に直面し、それを乗り越えた時、本当に「生きる喜び」を得ることができ、それが病を得た人が、それを次に伝える役割になると思っています。

Img_9215Img_9194Img_9212Img_9191

私たちも罹患した当初、新聞の「死亡欄」ばかりを眺めていました。

「この人はもうこんな年だからいいよね。」

「もう十分じゃないの?」って

年齢ばかりを見ていたように思います。

そんな話がついこの前の茶話会の時に出ました。

そしたら、最近罹患し、「らふ」へ通うようになった患者さんから

「蓮尾さんでも、そんなときがあったんですか?」と言われました。

ありますよね。いや、ありましたよ。

 

親の前と子供の前だけは絶対泣かないと決めていたので、

お風呂か、一人散歩に出かけた時に、歩きながらずっと泣いていたこともあります。

涙が止まらないので、家に帰れない。

そんな時に限って、母と出会って、気まずい思いをしたことも。

自分で自分の気持ちを前に向かせることが本当に大変だということを十分わかっているので、その期間が人によって違うことも、波があることも、ずっと前をむけない人がいることも、

みんな受け入れて、声を出す時を待ってみようとか、

少し時々、きっかけを作ってみようと思ったりして、活動を続けているわけです。

 

私のところへ電話をくれる、メールをくれる人たちは、ほんの一部です。

もっともっと、いっぱいいるはず。黙って、ブログやFacebookをみているはず。

だから、電話をくださったその時を逃したくなくて、「らふの電話を私の携帯に転送しています。どこでも取れるように。

かといって、残念ながら、私も家族があるので、その時間は大切にしていて、

後ほど、かけなおすこともいっぱいありますが、それは、それでいいと思っています。

自分の幸せなくして、人に寄り添うなんて、

少なくとも私にはできません。

おこがましいですよね。そう思っています。

 

お越しくださった皆様、ありがとうございました。

(一般社団法人らふ代表理事 蓮尾 久美) 

|

2017年2月14日 (火)

保健師としての自分の経験を活かせるか、のヒントを得にメッセンジャーナースセミナーに参加。避難所の健康支援活動は、自分のあらゆるアンテナ、勘を働かせ、避難者のことを思う気持ちを大事にして、精一杯活動した。「福島で頑張って、あなたの使命よ」と背中を押されたような気がする。

参加者の皆様が聞き上手なので、私は調子に乗って色々しゃべってしまい、参加された皆様の話がきけませんでした。申し訳なかったと思います、すみません。(しかし、少しだけですが、原発災害避難者のことやDV被害者の実情をメッセージできたのは良かったかもしれませんが、もっと多くの人にこの現実を知ってほしいと思うところです)

東日本大震災の年は、私が保健師になって30年目の年でした。避難所の健康支援活動は、自分のあらゆるアンテナ、勘を働かせ、避難者のことを思う気持ちを大事にして、精一杯活動した気がします。自分の保健師経験、人生の集大成(母子、精神・知的・アルコール、自殺予防、介護保険、介護予防、認知症対応、健康増進、ストレスマネジメント、セルフケア、感染対策など)あらゆる知恵と経験を総動員しての避難者支援活動だったと思います。京都大学精神科医師や京都の臨床心理士さんの力を借りて、活動した一コマを喋った次第です。(私はどちらかと言うと活動しながら、色々構想するので、仕事を増やしてしまいます。でも、住民や市町村保健師さんたちには、認めてもらえる活動をしてきたし、今 でも、いつでも困ったことがあると相談できる仲間、人的資源が多いので宝物だと思います。)
さてさて、私は、4月から保健師人生の一休み(いっぷく)して、自分の経験はどんなふうに活かせるか、のヒントにメッセンジャーナースセミナーに参加しています。昨日、村松代表に「福島で頑張って、あなたの使命よ」と背中を押された気がします。これから、福島の避難者の実態(福島市内)のリサーチをして、何が出来るのか、必要な活動は何か、我々看護職に求められている活動は何か、メッセンジャーナース力を活かせる活動を考えてみます。
時間をかけながらじっくり考えますので、よろしくお願いします。(Tu

|

2016年11月24日 (木)

永六輔さんのラジオトークで、何度もなんども先生の著書『自分の家で死にたい』海竜社だと…繰り返し紹介…麻理さん姉妹の事も、亡くなった後もリビングで過ごされる奥さまのことも…優しさ温もりがまたまた伝わってきます。 (村中さんより)

ホームページの動画はなかなか開けませんでした。多分ネット環境が悪いのだとおもいます。

https://www.youtube.com/watch?v=QYE65Zfx5sw(この動画の3:00あたりから)
しかし、こんな内容を見つけました。
古舘の長いトークのなかで最後に永六輔さんの印象的だった言葉がアップされていました。ときどき思い出し、ニンマリしている内容です[↓]

 

永六輔さんのラジオトークで、何度もなんども先生の著書『自分の家で死にたい』海竜社だと繰り返し紹介してくださっていた優しさ温もりがまたまた伝わってきます。

 

麻理さん姉妹の事も、亡くなった後もリビングで過ごされる奥さまのことも

永六輔さんの器の大きさが、お会いしたこともない私でさえ身近に感じれるから不思議です。Img_0850麻理さんが仰るように熊本でもお声をかけて頂けるかもしれないと思えるくらいです。(熊本・村中)

|

2016年11月23日 (水)

永六輔さんのお別れ会で、次女・麻理さんが話されたお言葉「いいか、みんな、人っていうのは二度死ぬんだよ・・」、心に沁みました。今週25日(金)21時~のTBS『金スマ』で、語られるのでは・・・

【永麻理さんから村松に届いたメール、是非、あなたにも読んでいただきたい】

私の方は、まだなにかと取材を受けたり、各地で開かれる父を偲ぶ会に呼ばれたり、と、父は自分がいないことによって、私に新たな人たちとの出会いや新たな経験をくれているのだなあ・・・と感じます。

 

先月末に、古舘伊知郎さんがTBSの『金スマ』という番組で、父のお別れ会での私の挨拶のことを話したそうです。https://www.youtube.com/watch?v=QYE65Zfx5sw (この動画の3:00あたりから)

父は、ご存じのように、娘に対して「いいか、よく聞いておけ」みたいな物言いは絶対にしませんから、これはかなり古舘さんの脚色が入っていますが・・・しかしこれが反響が大きかったとかで、「永六輔の言葉」を取り上げようとなったらしく、また私が呼ばれました。

 

「いいか、みんな、人っていうのは二度死ぬんだよ・・と言っていた父は、一度目の死しか迎えてないので・・街角で見かけたら声をかけてみて下さい。父もしゃべりかけてくれると思います」

 

今週25日(金)21時~のTBS『金スマ』、お時間ありましたらご覧ください。  なにかのついでがありましたら、ナースの皆さまにもお伝えくださればと思います。

 

私は、多くの人に永六輔のことを話してもらいたい、覚えていてもらいたいという気持ちがあるので、メディアからの取材など、依頼があれば、なるべく受けるようにしています。

(永麻理)

 

|

2016年11月15日 (火)

父は、母の誕生日の日に、家で、同居する家族に見守られながら逝きました。「俺の命日を忘れるなよってことだね」・・・父は、生ききったのだと納得です。

父が亡くなりました。家で、同居する家族に見守られながら、息を引き取りました。
亡くなる前日には、介護浴の日で、大好きなお風呂に入り、夕食も食べ、112日に誕生したひ孫の写真を見て就寝し、翌朝に亡くなりました。
くしくも母の誕生日でした。「俺の命日を忘れるなよってことだね」と、母へのメッセージを残すかのように、旅立ちました。
Photo_3
様々な思いはありますが、同居していた弟が喪主を務め、告別式の最後の挨拶に 「父は、生ききった」と、述べておりました。 その通りだなと、その言葉に私も納得できるものがありました。

告別式を終えて2日経ちました。
まだバタバタとしておりますが、穏やかな今日の天気のように、皆の表情は、穏やかです。(日赤中央短大28回生)

☆―――――――――――――★

素晴らしい逝き方と看取り方、私はあなたの文面に感動してしまいました。

あなた、そしてご家族の素晴らしさを多くの人に発信し、それをお父様への感謝とさせてもらいます。(村松)

|

2016年9月29日 (木)

皆様の期待に応えられる講座になるか。心配ですが、市民の皆さんに来て良かったとお一人でも多くの人に思って頂ければの気持ちで臨みたいと思います。

皆様の期待に応えられる講座になるか。心配ですが、市民の皆さんに来て良かったとお一人でも多くの人に思って頂ければの気持ちで臨みたいと思います。
娘が今日、今週帰る県外の大学に通う息子に、確りと次世代に語り告げれる様にと連れて行ったそうです。菊池とは全く違う大きな被災状況です。
Img_0045
お子さんの字で書かれた『ありがとう がんばります 結 』の言葉が胸に沁みます。純粋な心に、こちらまで、どんなことがあっても前に進む勇気を貰います。(村中)

|

より以前の記事一覧