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ラング,グレゴリー・E., ラング,ミーガン, Lang,Gregory E., Lang,Meagan, ひろこ, 村松: アイ・ラブ・グランマ 100の理由
ラング,グレゴリー・E, ラング,ミーガン, Lang,Gregory E., Lang,Meagan, ひろこ, 村松: アイ・ラブ・グランパ100の理由
村松 静子, 甲州 優, 武田 美和, 川口 奏子, 協力 在宅看護研究センターLLP・メッセンジャーナース認定協会: メッセンジャーナース -看護の本質に迫る-
日本看護協会出版会: 日本看護協会機関誌 看護 2023年11月号【特集1 地域全体を支える看護提供体制 これからの急性期看護のあり方を考える】
福島の鈴木さんから、有り難いお手紙、芸術作品と魂からのメッセージを頂きました。
短い間の一時の幸せ…の言葉に申し訳ないきもちもあります。
退職し落ち着いたら、福島・成川に行きたい…と思って頂けに…『為知栄子』の川柳は心に沁みます。


出会いから生まれる心の報酬はわが人生の財産と改めて実感し、感謝の言葉以外の言葉が見つかりません。同志に私の喜びを共感して頂きたいなんて…我儘を聞いてください。
鈴木さんの作品がNHKで放送されようです。 嬉しいことです。
目標や希望は、生きる力になります。
私は、この便りで言葉に言い尽くせないほどの勇気を頂きました。
自分なりに一人の人間として、メッセンジャーナースとして人々と向き合う手立てを前向きに考えて行こうと思います。(村中知栄子)
こらんしょ納め会から9カ月ぶりに、福島、石田さん宅での芋煮会参加してきました。12月の吾妻山は雪景色でした。
石田さんご夫婦が元気であった事、皆さんとお会い出来たこと、沢山のお料理を囲んでの会、石田母さんのおもてなしの心感謝です。芋煮、いかニンジン、大根おつけもの等ーおいしかったです。
楽しい時間すごしました。
自分が関わらせてもらった時間の経過を思いだし、沢山の方々のかかわりのなかで、一人の家族の心の変化や生活、構築を、見たり、聞いたり等、共有や共感や学びができ、幸せな心境になりました。ありがとうございました。(Ho)
“よりどころin福島”「こらんしょ」が石田家にひきつがれて8カ月。
12月1日、この“よりどころ”に東京から疑似家族の妹、娘たち、そしてお身内の方、地元の支援者、ご近所さんたちが集まっての芋煮会、とても賑やかな、和やかなひとときとなった。
東京組は久しぶりの石田さんご家族との再会。石田さん(お父さん)の艶やかなお顔、言葉にはならないけれどはっきりした感情表現等々からご家族の日々のたゆまぬ介護、そしてケアチームのしっかりした支援体制の様子が伺えた。
芋煮会は手作りの芋煮汁、漬物など手作り料理でお腹いっぱい。珍しい郷土料理の作り方も教わったりと和気あいあいのうちに時が過ぎた。。その様子は他の参加者からのひとことから読み取っていただけると思う。
未曽有の大震災で我々が出来ることは?と立ち上げた“よりどころ”「ここさこらんしょ」。多方面からの助成、ご寄付を賜り2年間活動が出来た。皆さまからの温かいご支援があってこその2年間であった。
そして、大震災という非常に悲しく辛い出来事ではあったが、この活動を通して多くの方との出会いをいただいたことは我々にとってなによりの宝物となった。この機会がなければ素通りしていたかもしれない、お会いすることもなかったかもしれない出会い。多くの示唆ももらったこの出会いを活かし、さらに輪を広げて行くように努めなければ、と改めて思っている。
「こらんしょ」を引き継いで石田家の仮住まいとなった借り上げ住宅。双葉町への帰宅は見通しも立たず、高齢の石田夫妻にとっては不可能であろう。これからの人生設計を狂わせてしまった放射能汚染。「色々考えてもむなしさのみ、それでも一日も早く生活を復興させ前進したいと考えて借り上げ生活から新たな一歩を踏み出すことにした」と思いを力強く語ってくれた石田の母さんに、こちらが逆に元気をもらった芋煮会だった。
・・・行きどころもなく、今年3月まで「こらんしょ」で主人・息子・私3人でお世話になられたことは、私たちの人生に大変意義深いものがありました。
3月11日の大震災があって、新しい絆が生まれ、私たちの生活は一変。何度も危篤状態になった主人も今は皆さんのお陰で、まあまあ胃ろうにはなりましたが、ショートスティ,通所リハ,訪問入浴,訪問看護,ヘルパーさん達のお世話になり生活を保っています。まず何より沼崎師長さん,柴田さん達の気配りもあり大変助かっています。
私事、・・やっぱりいつまでも借り上げ住宅で生活したくないので、一日も早く復興したいと思っています。いつ双葉へ帰れるという見通しもないわけだし、何年経っても、あの人達は被災者だと指をさされたくない。自分がみじめです。もう一歩前進したい。七十路を過ぎた私たちは、今後どのような計画の下楽しい人生を歩んで行っていいのか。息子は別として、中断された吾が人生。家があるのに帰れない空しさ、・・深々と考えると淋しくなるので、その日その日を楽し・・・く過ごしたい私です。
12月1日、芋煮会、心からお待ちしています。主人もベットの上でお待ちしておりますよ。 ・・・石田喜久子
毎日暑いあっつーい日が続いておりますが、ご健勝のことと存じます。
こらんしょで助けていただいたお陰で主人、政幸、猫のふじと人間らしい生活をさせていただいています。これも命あってのことあの時お星様になっていたら今の私達はなかったでしょう。主人の在宅看護も私に与えられた人生だったのだろうと思っています。もう一度元気に歩いて見せてほしい、そんな思いを楽しみに私なりにすごしています。
秋には芋煮会楽しみにしています。お元気で
その後、皆様お元気ですか。
毎日暑い日ですネ。あの説は色々お世話になりました。相変わらず詩人は元気にデイサービス・ショートにお世話になっています。ただ、足の関節が固くなり、なかなか歩くことが出来ずにいます。
もう一度震災前のように一歩でも足が出たらうれしいなぁと思っています。何の楽しみもないので、そんなことを楽しみに前進したいと思っています。皆様お身大切にご自愛下さい。
「夫と一緒に暮らしたい」という妻の願いが叶い、自律した穏やかな生活が営まれている様子が写真から伝わってきます。
南東北福島病院の沼崎総看護師長との出会いがあったからこそ今がある、双方が引き合う出会いって素晴らしい。そんな思いがしています。
3月23日、「ここさこらんしょ」の納め会が約4時間にわたって催されました。「ここさこらんしょ」には大勢の人数では入るのが無理と、親しくなったご近所さんが近くの鳥川集会所を設定して下さったのです。
「こらんしょ」の一部屋を広げたような雰囲気、子どもたちが走り回る中で、語り合い、和やかに・・それぞれの思いで2年間を振り返っていました。ご近所さんの飛び入りの歌あり・・時間を延長して進められました。地元の方たちはもちろん、「こらんしょ」の家主さんも。山形・新潟・千葉・東京・山梨・愛媛からと駆けつけ、熊本からも京都からも「出席できず残念!」とメッセージも届いていました。
窓から見える残雪を装った吾妻連峰が美しく、ひときわ目立った「雪うさぎ」、「種まきうさぎ」とも言われるそうで、種蒔きが始まる時期を告げていました。それが嬉しくもあり、淋しくもあり、悲しくもあり・・・
でも、みんなは手を取り合って前を向いて進んでいます。負けてなんかいられません。あの雪うさぎのように、ピョーンと! そんな気持ちで、私たちは一人一人が繋がって飛ぶんです。
2011年3月11日の震災を受け、私たち看護師に何が出来るか?から始まった“ここさこらんしょ”。様々な助成金を受けボランティアナースたちの行動により継続してきました。今後は、双葉町の石田さんの住まいになります。我が家に帰ることは叶いませんが、第2の我が家として日常を取り戻してほしいと願っています。
この2年間、何が出来たか、これから何が必要になるか、活動を振り返り、なかなか進まない復興に提言できることがあるのではないか、そんなことをこれまで支えて下さった皆様と語り合いたいと思います。
皆様のご参加をお待ちしております。
場 所:鳥川集会所
【こらんしょは石田さんの家になるための準備中なため、近くの集会所をお借りしての開催ですが、ここさこらんしょの看板から「石田」の表札に変わる家にぜひ“こらんしょ!”(是非お立ち寄りください)】
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