在宅看護研究センターLLP/日本在宅看護システムは、10月より、形を変えて『ラーニングスタッフ制』を導入。あなたの思いを繋いで紡ぐ、常勤・非常勤への道も。

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1986年3月24日、開業ナース集団の在宅看護研究センターは誕生しました。組織替えにより、その収益事業部門として1992年に設立したのが日本在宅看護システム在宅看護は今の時代に合わせて進化させなければいけません。看護の本質にこだわりつつ、本来あるべき看護、今の時代に看護師としてやるべきことを様々な形で追求・追究しています1999年には在宅看護研究センター付属訪問看護ステーション を設置。

・勉強会を開催するなかで、全スタッフが今求められている看護を提供し、1つの方向に向かって行動する。今の時代に即した新しい日本在宅看護システムの構築が進んでいます。 

【看護は実践なくして語れません。 看護は実践なくして評価されません】 私たちは、実践・教育・研究を軸に誕生した在宅看護研究センターの理念を基に活動しています。

            活動報告「システムのスタッフは、今」

令和元年5月12日・全大会のテーマは「私ってどんな人? こんな人! こう在りたい!」でした。

『ラーニングスタッフ制』詳細は☞ こちら zaitakuLLP@e-nurse.ne.jp(件名:ラーニングスタッフの件と記載のこと)

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お問い合わせ:℡03-3362-3193(担当:川口)

村松静子・50年間の看護道、集大成の1冊

『「自主逝」のすすめ ―あなたの最期はあなたが決める』(海竜社) 購入予約できます。  詳細は☞ こちら

*「家族を家で看取る本」 村松静子・監修(主婦の友社)

『メッセンジャーナース 看護の本質に迫る』 (看護の科学社)      注文は、看護コンサルタント 

*「看護実践の科学 9月号」(看護の科学社) [特集]メッセンジャーナースが伝える看護師の主体性

*中央公論9月号(8月10日発売) 特集:対談「父・永六輔は家族に囲まれて旅立ちました」

開業ナースのエッセンス 「暮らし」に伴走する看護のすすめ(心の科学:日本評論社)・Ⅱ.ともに創りあげる看護・・・加齢とともに輝いて生き抜くには、今、何が足りないかー実証研究への取り組み(奥山直美)

*婦人公論2015.1.22号「ルポルタージュ 時代を創る女たち 開業ナースは心を聴く」⇒「20150122.pdf」をダウンロード

日経新聞夕刊『人間発見』2012年4月16-20日掲載「開業ナース、患者を自宅へ」⇒     

ライフアシスト第82013巻頭インタビューいまを生きる「その時」は家で WEB

特集「今求められるコミュニケーションスキル」看護の科学社 9月号 VOL39 NO.10

医療心理学 第1章第4節ターミナルケアにおける心理学的支援(2013年3月 おうふう)

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在宅看護研究センターLLP/日本在宅看護システムの在宅看護事業部では、常勤または非常勤の同志を募集中です.

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                  お問い合わせは⇒📞03-3362-3193 へ

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在宅看護研究センターLLPによる『ラーニングスタッフ制』が再開。学びながら勤務し、勤務しながら学びたい、そんなあなたの第一歩は、短期集中体験学習プランが最適です。

『ラーニングスタッフ制』 看護実践には看護師自身の人間性が絡みます。今の時代に即した看護の“心とわざ”をさらに高め、身につけ、提供し、受け手や周囲に認められる看護師としての自己をめざします。
自らに備わっている感性を客観的に見つめ、気づき、磨く手法を学ぶ場を提供します。

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第一期:短期集中体験学習:5日間(コーチングを受けながら、自分に合った学習プランを持って行動する)
    学習費用は、一律1万円(消費税込み)

続けて学習希望の方は、第二期へ
第二期:短期間実践学習:6ヵ月間(自己の自立レベルを評価し、自ら作成した学習プランを修正し、サポートを受けながら実践する)

ひとりひとりの思いを汲んで、コーチングをメインにフォローするのは、在宅看護研究センター代表の村松静子です。
関心のある方はメールでお問合せ下さい。☞ zaitakuLLP@e-nurse.ne.jp (件名に、ラーニングスタッフの件と記すこと)へ

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コラム【市民の眼】 Vol.51 映画「人生をしまう時間」 <“死に際の医療”に打ち込む森鴎外の孫>  尾崎 雄 Ozaki Takeshi 

1942 生まれ。65年早稲田大学卒業、日本経済新聞社入社。札幌支社報道課、流通経済部、婦人家庭部次長、企画調査部次長、「日経WOMAN」編集長、婦人家庭部編集委員などを経て、日経事業出版社取締役編集統括。高齢社会、地域福祉、終末ケア、NPO・NGO関連分野を担当。現在、フリージャーナリスト・AID(老・病・死を考える会)世話人

Vol.51 映画「人生をしまう時間」 <“死に際の医療”に打ち込む森鴎外の孫> 2019-9-16  

 このところ、森鴎外の孫にはまっている。
 鴎外の孫とは、明治の文豪、森鴎外の次女、小堀杏奴の長男、小堀鴎一郎氏(81歳)である。その鴎外の孫が在宅医療に打ち込む姿を克明に記録したドキュメンタリー映画を見た。
東大附属病院や国立国際医療センターでメスを揮った外科医が定年退職を機にメスを捨て、地方病院の訪問診療医に転じて在宅医療ひとすじ13年。華麗なる転身を遂げた人物だ。映画のタイトルは「人生をしまう時間(とき)」(NHKエンタープライズ制作)。「患者と家族と向かい合い、最後の日々を過ごす――小堀鴎一郎医師と在宅医療チームに密着した200日」の記録である。
日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受けたテレビドキュメント「在宅死 “死に際の医療”200日」がベースとなっている。テレビに集録できなかった部分や新たな映像を加えた上映時間110分の劇場版。どうせテレビ番組の焼き直しだろう、と、たかをくくっていたが、そうではなかった。やや中だるみ感があるものの、「みんな違ってみんないい」とされる在宅看取りのシーンを丹念に拾い、真の医療とはなにかを考えるヒントを与えてくれた。

『バラ色の在宅』とはほど遠い、在宅医療のリアル」

 美談やユートピア的に描かれがちな今までの在宅医療を紹介するありきたりの映像と違って、この映画は、教訓めいたナレーションや解説をいっさい流さない。訪問医療や在宅での看取りの姿を淡々と描く。下村幸子監督は「『バラ色の在宅』とはほど遠い、複雑な問題を抱えた医療現場のリアル」に「すっかり心を奪われ」て、自らカメラを回したという。
見落とせぬシーンをひとつ紹介しよう。ある患者が、いよいよ自宅で息を引き取る時刻が迫ったとき。小堀医師はいったん病床を離れて、患者の家を出る。庭にたたずんで、「そのとき」を待つ。カメラは家族等に囲まれた患者が永い生涯を閉じる瞬間を映し出し、すべてが終わったとき、小堀医師は、なくなった元患者の枕元に戻って、死亡診断書を書く。この数分間こそ本作品のクライマックスだ。在宅医療に携わる医療職や介護職だけでなく、いや、病院勤務で「在宅」知らずの医師や看護師らにも見てほしい。そこに医師の本分と医の本質を汲み取ってほしいからだ。
幾多の曲折を重ねながら国の医療政策の軸足は、病院医療至上主義から在宅医療シフトに転じた。にもかかわらず、医師や看護師らは、その意味をどこまで認識しているのだろうか。極端な言い方をすれば、医療機関の多くは診療報酬など収入の源泉が「在宅の方がオトク」だからという経営上の理由から「在宅シフト」に転じている、といってしまったら言い過ぎだろうか。

祖父の「安楽死」、孫の「在宅看取り」
 医師でもあった森鴎外は安楽死をテーマにした小説「高瀬舟」とその解説「高瀬舟縁起」を書き、「安楽死」を考えるきっかけを後世に遺した。その孫である小堀鴎一郎医師は昨年、『死を生きた人びと――訪問診療医と355人の患者』(みすず書房)を出版し、今年の日本エッセイスト賞を受けた。そのなかで小堀医師は「病院死」が「病院以外の死」すなわち在宅で看取られる「理想的な死」に「世論がなだれをうって」いくことに懸念を表わしている(第3章「在宅死のアポリア」、第4章「見果てぬ夢」)。今度の映画は本書の映像版と言ってもいい。
アポリアという哲学用語は、一つの問題に対して矛盾する解決法が存在することを言う。日本の医療現場も医療政策もそんな状態にある。
(「人生をしまう時間(とき)」は9月21日より東京・渋谷 シアター・イメージフォーラムでロードショーほか全国順次公開)

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先日はカンファレンス参加された方々お疲れ様でした。いくつかの気づきがあり、新たに考えるきっかけに・・・次回カンファレンスは9月になります!

皆さんのさまざまな見解を伺えて良い機会となりました。ご本人にとっての看護師の役割や一問一答の時間の意味、娘さんと看護師のコミュニケーションの足りなさなど、それらについて気づき、新たに考えるきっかけとなりました。ありがとうございます。
次回カンファレンスは9月になります!

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在宅看護研究センターの35周年とメッセンジャーナースの10周年が2021年に重なります。スタッフ全員がメッセンジャーナースの在宅看護実践事業部門は、6月15-16日の日赤看護学会学術集会で、ポスターセッション、一丸となって取り組んだ事例を報告しました。

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3月24日は在宅看護研究センター創立記念日、4月1日は日本在宅看護システム創立記念日です。センターは今年で33周年でしょうか??センターの35周年とメッセンジャーナースの10周年もちょうど2021年に重なるのだそうです。きっとあっという間に来ますね🌸
日赤看護学会で実践報告の形式で事例発表しました。武田・鬼・甲州・川口・村松の5人が発表者です。皆で関わった事例です。(川口)
来年の開催地は秋田、そこでも今度は形式を変えて取り組めたらと考えています。

 

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昨日18時からのカンファレンス、気になっていたケースを持って参加して、気がかりなことが鮮明になりました。内部でのディスカッション、気づきの機会をありがとうございました。

昨日はケースカンファレンス参加ありがとうございました。
わたしの中で気がかりなことが鮮明になりました。

その方の変化の捉え方、体、こころ、大事なお父さんの死をどう受け止めていたのかその大事な部分見失ってました。それをどう確認していくか、後半、会話の中で登場してくる両親のことが気になりながらもフィルターかけて彼を見てました。
これまで誰も介入せず家族のみで生活してきた方、これまでの暮らしぶりがわからないまま支援に入る場合、誰からどんな情報をもらうのか、伝えるのか、相手の出方でつい諦めがちなわたしの苦手な部分、それでも言葉を変えて確認していくことでできるようにやりたいです。
あと整理してみて自立という視点で考えてもかなり支援が少ないこと痛感しました。

気づきの機会をいただきありがとうございました(O)。

 

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コラム「医師として、武士として」  Vol.108 「お風呂」    安藤 武士 Andou takeshi

Vol.108 2019. 2.9  お風呂

一般大衆新聞の一面に「コラム」が必ずある。朝日新聞は「天声人語」、毎日新聞は「余禄」、産経新聞は「産経抄」、読売新聞は「編集手帳」が代表的である、他の新聞にもある。

 小生は、朝日新聞の「天声人語」に朝食の時に目を通す。それから一日が始まる。休日は、家の近くに新聞販売店があり「毎日」、「産経」が手に入るので両紙にも目を通す。無論、「コラム」を楽しむ為である。各紙には特徴がある。詳細は省く。

 「天声人語」は、1960年ごろ、菊池鑑賞受賞の荒垣秀雄氏の「コラム」が、超有名大学の入試問題に出題されてから、高校生の必読の「コラム」となった。「天声人語」は、明治37年1月5日、大阪朝日新聞に掲載されてから今日まで続いている。歴史がある。その執筆者も当代一流の人物で、西村典天因、内藤湖南、鳥居素川、長谷川如是閑、大山郁夫、永井釈瓢斎が担当した。その記事のコピーを、過年、知人より頂いた。第1回の「コラム」は、日露戦争前であったため、きわめて好戦的な文章である。

 本題にはいる。1月30日の「天声人語」で、親と子の関係を記した内容のものである。

一部を紹介する。▼「親子で話そう」をテーマに文部科学省が募った3行詩から始まっている。中学2年生の詩である。<風呂の時、僕と父は友達になる。怒られた時、上司と部下になる。ご飯のとき、僕と父は家族になる>。小学1年生の詩。<おふろだと、いっぱいはなせる はだかんぼなきのち>▼幼いときは、おもちゃを浮かべて遊ぶところ。少し大きくなると、いろいろと話ができる空間にもなる。それがお風呂。決して親からせっかんされたり・・・・・・、と続き、現在報道されている痛ましい事件について語っている。

 事件は極めて悲しむべきものであるが、冒頭の文章が、小生の子供たちを入浴させている風景を思いださせた。記憶に残っているのは、家の近くに海があり、プールもあったので季節になると海で泳ぎ,遊び、プールでは競泳を学ばせた。スタートはお風呂で水に慣れさせることから始めた。

子供は顔を水につけるのを嫌がるし怖がる。それを慣れさせるとこから始めた。湯船の底におもちゃを沈めて、2人の子供たちにそれを拾い上げる競争をさせた。拾いあげるには、潜らなければならいので水に対する恐怖がなくなった。プールで本格的に泳げるようになった。お風呂に入ると、”ひねると、ジャー”、”おすとあんでる、食うとうまい”と、なぞなぞを楽しんみながら、宝さがしをさせた(回答は水道と饅頭)。このことが現在、どのよう子供の人生に影響しているか知る由もない。「天声人語」を目にし、その光景を思い出し懐かしんでいる。

無論、「コラム」に掲載されている事件はやるせない気持ちでいるが。

 小生の知人に、娘さんが高校生になっても一緒にお風呂に入っているという父親がいた。娘さんたちは嫌がらない?、どおしてと質問したら、娘はいずれ結婚して家をでる。実家のことを忘れないように肌で教育しているとの返事が返ってきた。先日、久しぶりに、その知人にお会いした。お嬢さんたちはどうていると尋ねたら、”矢張りうちが良い”と二人とも帰ってきた。孫の世話で一日が終える。忙しい毎日を送っているとのことであった。

 どんな家庭でも、家庭生活の初めは雑駁にいえば同じ風景である。20年、30年もたつと家族の誰もが予想だにしなかった状況になる。人生は、予想もしなかったことが起こるから、面白のである。

 人生の終末期を迎え、いろいろなことを思い出している。(完)

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