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「看護婦」から「看護師」に向けて 大分県立看護科学大・大学院が日本初のNP養成コース

市民の眼   尾崎 雄 Ozaki Takeshi (老・病・死を考える会世話人)

1942 生まれ。65年早稲田大学卒業、日本経済新聞社入社。札幌支社報道課、流通経済部、婦人家庭部次長、企画調査部次長、「日経WOMAN」編集長、婦人家庭 部編集委員などを経て、日経事業出版社取締役編集統括。高齢社会、地域福祉、終末ケア、NPO・NGO関連分野を担当。現在、フリージャーナリスト・仙台 白百合女子大学総合福祉学科教授・AID(老・病・死を考える会)世話人・東京大学医療政策人材養成講座2期生。著書に「人間らしく死にたい」(日本経済 新聞社)、「介護保険に賭ける男たち」(日経事業出版社)ほかがある。 市民の眼 医療福祉の断面やエピソードなどについて 医療職ではなく一市民として気づいたことが書かれています。 >>>バックナンバー

vol.48 「看護婦」から「看護師」に向けて 2008-7-5 

 <国内初のナースプラクショナー養成コースに女性2人と男性1人が入学> 

   いずれ日本でも、医者に代わって高齢者や子供たちの診断と治療に携わる看護師が活躍する時代が来るかもしれない――大分県立看護科学大学は、今年4月、日本で初めて、大学院の修士課程にナースプラクショナー(NP)養成コースを設けた。医師のイコールパートナーとして少子高齢化時代に「医療再生」の一端を担う人材を送り出すための最初の一歩である。

 

大分看護科学大・大学院修士課程のNP養成コースは実践者養成コース(定員10人)に含まれる。同コースの院生は「老人NP」と「小児NP」のどちらかを専攻し、「看護アセスメント能力」、「看護実践能力」、「診察の実践能力」など7つの能力を身につける。第1期生は30代と40歳代の看護師3人。男性1人は4年生看護大卒。女性2人は看護学校卒で、1人は老健施設、もう1人は訪問看護ステーションに勤務していた。入学の主な動機は「医師に近い判断ができる能力」をつけることだと甲斐倫明同大学院教授は語る。同大学は民間病院と連携して大分県内に医療特区を申請、主として高齢者・在宅患者・小児を対象としたNPによる地域医療の実践を行ない、NPコース修了者の受け皿とする。

<看護モデルと医学モデルを組み合わせたケアを個人営業できる>

草間朋子学長が雑誌『病院』(医学書院)4月号に寄せた「アメリカにおけるナースプラクショナー制度と日本への導入の可能性」によると、NPとは「医療・保健サービス必要とする人々にプライマリケアを提供する専門看護師(Advance Practice Nurse=APN)」のこと。「医師と連携を図りながら、様々な主訴を持った患者を医師から独立して観察・診察し、必要な検査を実施し、薬物の処方を含めた治療」に当たる。処方する医薬品にはむろん麻薬も含まれる。日本の看護師といちばん違う点は、個人でクリニックを開業でき、診療報酬の支払いを受けることができることだ。

医師より優れている点は「看護モデルと医学モデルを組み合わせて」ケアにあたり、「全人的(holistic)な視点から患者および家族と関わりを持ちながらケアにあたる」ことである。アメリカでは14万人ものNPが「医療・保健システムを支え」ており、患者の在院日数短縮、副作用の回避、医療訴訟の減少などに貢献しているという。

<看護大学院の生き残り外科医が呼応して>

大分看護科学大のNP養成実施の狙いは看護大学の乱立時代に生き残るため。全国の看護系大学は158校(2007年度)もあり、うち99校が大学院の修士課程を備えているのだが、教育課程が研究者・教育者の養成に偏り、過当競争も手伝って定員割れが目立つ。社会に直接役立つ実践者養成の場になっていないからだ。「論文は書けても患者をきちんと診ることができない医学博士を育てるようなもの」という指摘もある。そこで、3年前からNP養成コース開設の準備を重ね、大学院改革のメダマの一つとした。

これに呼応するかのように動き出したのが日本外科学会と日本胸部外科学会だ。その第一弾が福岡で開く第61回日本胸部外科学会定期学術集会(10月13日~15日)の特別企画「上質な分業の拡がりは医療崩壊を防げるか」である。チーム医療のあり方を専門職の分業と協業の視点から再検討。医師のオーバーロードを緩和して外科医志望者を掘り起こし、医療再生の突破口の一つとしようとする試みだ。参加パネリストは草間学長、広瀬前日本看護協会常任理事、石川典子厚生労働省医事課課長補佐や医療再生に取り組む外科医ら。エール大学・大学院で資格を取り、アメリカでNPとして活躍中の緒方さやかエール大学大学院講師の招請も検討中だ。司会は日本外科学会理事・日本胸部外科学会理事長の田林こう(日+光)一東北大教授と前原正明防衛医大教授が勤める。

<背景にアメリカの1960年代と似た日本の医療事情も>

草間学長によると、「NP」浮上の背景には1960年代のアメリカ医療事情と似た現在の日本のそれがある。

「医師たちの専門分野への志向が高まり、医師、特に小児科医およびプライマリケアを担当する医師が不足し、都市部の貧困層や遠隔地域でのプライマリケアが不十分な状態であった。さらにGDPに占める保健医療費の高騰が社会問題となっており、また看護師自身の、自律を目指す動きが活発化してことも大きな原動力となり、1965年にコロラド州コロラド大学で、最初のNP養成の試験的なプログラムが開始された」(前掲誌313頁)。

厚生労働省は昨年12月28日、医政局長通知「医師及び医療関係職と事務職員等での役割分担の推進について」を出し、「自ら適切に判断することができる看護師の養成」を提言した。それを受ける形で今年6月18日に取りまとめた「安心と希望の医療確保ビジョン」は、「一定の医療資源」の中で「質の高い医療サービス」を維持していくためには「単に医師数を増やすのみで課題が解決するものではなく、医療従事者のみならず、患者・家族等国民がみんなで医療を支えていく姿勢」が必要だと医療政策の方向を示した。

これは、明治時代から続いてきた医師を頂点とするピラミッド型医療社会を見直し、医療専門職の分業と協業の形を再構築することに通じる。「医師不足」を楯に医師の増員要求を叫ぶことに終始する視野狭窄的な発想を改め、自立と自律に基づく医療専門職同士のコラボレーションを実現することこそ医療再生への道だ。それは薬剤師ら他の医療専門職と医師の関係にも当てはまるのだが、「NP」は医療改革を実現するためのキイワードの一つなのである。

<現状のままでは優秀な看護人材の頭脳流出も>

医師による厚労科研「新しいチーム医療体制確立のためのメディカルスタッフの現状と連携に関する包括的調査研究」は既にスタート。米国のNP事情を視察してきた医師の一人は次のように指摘する。

「アメリカでNPとして働いている日本人看護師は予想以上に多い。日本の看護師のありかたに疑問を抱く若くて優秀な看護師がアメリカの大学院に留学してNPになっている。このままでは、看護界の頭脳流出に拍車がかかる。医師不足にしても医師の数をふやすだけでは限界がある。医療従事者間の垣根を取り払って分業・協業のありかたを整理すれば、医療従事者みんながハッピーになり、したがって患者もハッピーになり、結果として社会全体もハッピーになるはず」(西田博東京女子医大講師)。胸部外科学会のNP関連特別企画には内科医の矢崎義雄独立行政法人国立病院機構理事長も参加するが、同理事長は「医療確保ビジョン」作成アドバイザーだった。NP創設の火付け役となった草間学長は日本看護協会副会長でもあるだけに同協会はいずれNPの養成や制度化を政策課題に取り上げることになるだろう。

草間学長の下でNP養成に取り組む甲斐教授によると、お隣の韓国ではNPに相当する「保健診療員」が地域医療を担うなど看護師の自立と自律は日本に先んじている。首都圏一部の医療系大学や民間病院でもNP養成プログラムを検討していると言われる。だが、日本の看護系大学院でNP養成コースを修了しても、その能力を発揮できる場の保証はない。医師法第17条によって医師以外の「医業」は禁じられ、看護師は保健師助産師看護師法第5条によって患者らの「療養上の世話又は診療の補助を行うこと」とされている。またNPが医師のようにクリニックを開業したとしても医療保険の診療報酬の支払いを受けることはできない。こうした数々のバリアについて草間学長は、「NP」を看護師の「『診療の補助』業務の拡大として解釈するのではなく、『医業の一部を分担する』方向での法制度化に向けて検討していく」(前掲誌315頁)ように求めている。

<アメリカでも医師と看護師の妨害にめげず制度化した歴史が>

看護師のもう一つの道を目指す動きに対する抵抗は複雑だ。看護師への権限委譲を拒む医師や医師団体だけでなく、同じ身内にも潜む。例えば責任の重い仕事は医師に任せて「補助業務」に安住したいという生業感覚の存在。医師と対等な看護師であるよりも昔ながらの看護婦でありたいという働き方もひとつの人生選択を否定することはできない。制度を手直しするだけでなく医療従事者の意識を変えていくこと自体が医療改革なのだから。

とはいえ、一部の人々が声高に叫ぶような「医療崩壊」が近づいているとしたら、改革を躊躇してはいられない。大分看護科学大は、見切り発車してNPを地域に送り出し、実績を社会の評価にさらす道を選んだ。アメリカでも当初は医師と看護師の両方から批判されたが、NP教育が先行し、制度化は後に鳴った経緯がある。わずか3人で始まった大分での実験は医療改革の試金石でもある。2008年7月5日)

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コメント

アメリカでのナースプラクショナーを目指して、まさに渡米を予定していた者です。
ブログ拝見させていただきました。
まさに、私が心から叫びたい事をそのまま明確にに記事にしてくださった事に感謝です。

アメリカでは現在海外看護師に対する就労ビザがストップしております(2005年から)
ビザの再開を待って渡米を考えていましたが、いつまでもビザ再開を待っていられず・・・
日本国内でのNPについて情報収集したところ、このブログにたどり着き、大分大学でNP養成を実践しているとの事で、ぜひNPコースに参加したいと思っています。

しかし日本国内でのNPが誕生しても、実際に法律が改正しなければ、せっかくのNPも本来の役割が果たせないでしょう・・・
今の医療の現状を考えますと、看護師の業務拡大を行い、また、看護職の独立(今以上に職へのプライドを持つ必要がある)を行うことで、医療問題解決への道も開けてくるのだと思います。

投稿: 渡辺 | 2009年1月 4日 (日) 10時43分

「看護婦から看護師に向けて」を読ませていただきました。看護師の仕事は、世間一般にはまだまだ知られてはいないのだなぁ、というのが正直な感想です。
ナース・プラクティショナー(NP)に対する抵抗が、身内の看護師内にもある、ということですが、それは「責任の重い仕事をしたくない」という気持からではないと思います(そういう人もいるかもしれませんが)。まして「補助業務に安住したい」とは・・・。それって、世間の評価が、看護師の仕事なんて単なる医師の補助業務だということですよね。
ご存じだとは思いますが、保助看法で定められている看護業務には、「診療の補助」と「療養上の世話」の2つがあります。たぶん、「診療の補助」の部分を指して「補助業務」とおっしゃっているのだと思いますが、昔から、看護師の判断でできる「療養上の世話」という大切な業務もあることを、一般の方々はあまり理解されていらっしゃらないようです。この大切な業務を十分こなせないことで、看護師が「バーンアウト」してしまうケースも少なくありません。
「診療の補助」については、今後も今までと同様、拡大解釈がされていくことでしょう。それに伴って、ますます「療養上の世話」にかける時間が少なくなるのではないか、抵抗勢力の看護師はそう懸念しているのではないでしょうか。

投稿: 渡辺美佐緒 | 2008年10月26日 (日) 23時03分

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