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2008年8月

「看護の宅配」10周年記念講演会

在宅看護研究センター「開業ナース育成研修」修了生の活動が10周年を迎えました。 Photo_2 10年前、修了生の根本美貴さんは、地元であるひたちなか市に、有限会社として「看護の宅配」を立ち上げたのです。並大抵の努力では続かなかったはずです。

彼女の夢はさらに膨らんでおります。苦悩をよそに一歩一歩地道に歩んできた彼女の熱い思いを、皆で共有したい。そんな思いから、在宅看護研究センターLLPが軸となって講演会を催すことにしました。ご参加くださる皆様とも彼女の思いを共有したら、会場はさらに熱くなるでしょう。

講演「手の温もりが伝わる看護・・・今だからこそ」  在宅看護研究センターLLP代表 村松静子

日 時:平成20年12月20日(土) 14:00-16:00 

場 所:ワークプラザ勝田 JR勝田駅より徒歩15分

参加費:2,000円(当日会場受付にて申し受けます)

参加申し先:029-275-0588「看護の宅配」電話またはFAXで

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短期集中セミナーを終えて

今年の夏は熱かった!!
第14回「在宅看護論」教授ー学習法のセミナーに参加された、看護教員及び看護管理者の方々の熱意です。
来年度の在宅看護論の新カリキュラムをにらみ、それぞれの大学で、専門学校で、職場で悩みを抱えながらもより良い教育を目指す、先生方の熱い思いを知るのと同時に、理論と実践のつながりがいかに大切であるかを感じ、教育は教え込むのではなく、相手の感性に合わせて、気付きを与え、それをしっかりフォローしていくことだと教えられました。

オプションでは、「教育現場の悩み、実践現場の悩み」をテーマに夕食を共にしながら、在宅看護研究センターLLP組合員と日本在宅看護システム実践スタッフと語り合うことで、互いの悩みや開業ナースの情熱を共有しheart04、それぞれのつながりの大切さを実感しました。

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ガリバァ旅行記

医師として、武士として     安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年よ り、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。2001年より職域診療所所長として活躍中。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日 体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快 な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

>>>>バックナンバー(Vol32以降) 

>>>>バックナンバー(Vol31まで) 

Vol.36 ガリバァ旅行記 2008-8-17

 外は暑い。兎に角、暑い。小生の部屋は冷房が、がんがん効いて寒いくらいである。季節、時節、世の出来事と無関係の空間で、ビールを片手にコラムを書いている。

 「へぇー、そっだったのー、知らなかったわー。」と相手を関心させ鼻をぴくぴくさせることを小生は好む。「知っているよ、知ってたよ、そんなこと。」といわれると自身の無知を恥じ入ることになる。言わなければ良かったと後悔する。博識と無知、自慢と恥は隣り合わせにある。以下は、それに属する話である。

 現在、お隣の国で数万の人がスポーツで優劣を競っている。第29回オリンピック競技大会である。960万km2の国土(世界第4位)に13億1580万人(第1位:‘05年)の人口を擁すると“とてつもなく大きな”国である。“とてつもなく大きな”という表現で、コラムの読者はすぐ思い当たる言葉が浮かぶと思う。

 20数年前の事である。既に故人になっておられるが、小生の恩師が教授職を退官しさる施設の病院長になられた。応接室兼執務室は広く、重厚な本棚に医学書が体裁よく収められていた。書架、洋書、応接セット、執務デスク、全てが調和していた。「絵」でもと思ったがそれなりの「絵」は高価で、ともすると成金趣味と言われ兼ねないので手持ちの書籍で部屋を飾った。恩師から「本」が部屋の装飾になることを教わった。早速、あばら屋の小生宅の一室を本で飾ることにした。

 医学書も文学書も新しいものを揃えるには費用がかかる。神田に古本を求めた。とある古書店に「世界文学全集」全54巻が紐で括られ棚の隅に置かれていた。朱色のハードカバーに金色の文字が刻印されており、それなりの本棚に並べると部屋が”ハエル”と思われた。祖父伝来の書架に「世界文学全集」を並べた。若干、”ハエル”部屋になった。

 読むことなど考えていなかった飾りの「世界文学全集」を書架に納めていた時のことである。”スイフト” という刻印された金の文字が目にはいった。”ガリバァ旅行記”の著者である。ガリバァ旅行記は子供が夢中になる本の一冊で、「ガリバァ」は人名であるばかりでなく、本邦では大きいこと、巨大なことを表す言葉にもなっている。幾つになっても、”ガリバァ”を耳にすると、”巨人”、”巨大”と瞬時に思考が反応する。無論、小生だけではないはずである。旅行記を捲って驚いた。

 1726年、59歳の英国人ジョナサン・スイフトが上梓した”ガリバァ旅行記”は、外科医師レミュエル・ガリバァ氏の四編からなる渡航記である。第一編はリリパット渡航記、第二編プロブディンナグ渡航記、第三編ラピュタ、バルニバービ、グラナダ、グラブダリップ及び日本渡航記、第四編フウイヌム国渡航記となっている。

 第一編は小人の国、第二編は大人(巨人)の国、第三編は、天空の島(浮き島)、日本など5つの国,第四編は言葉を持つフウイヌムという馬が統治する国の渡航記である。子供のころ夢中になったガリバァ旅行記は、第一編の小人の国渡航記である。背丈が15センチほどの小人の国に漂着したためガリバアァ氏は巨人となってしまうのである。本国に戻り、遭遇したことを話しても誰からも信じてもらえなかった。ポケットから小人の国の馬が見つかりガリバァ氏の話が真実でることが認められる。読者をほっとさせる。第二編、第三編はコラムの本題から外れるので略す。

 第四編である。1710年、ガリバァ氏は商船の雇われ船長として航海中、海賊に乗っとられた挙句く、何処か分らぬ島に上陸させられた。その島が言葉を話す生き物フウイヌムが統治する国であった。フウイヌムは馬という意味で、疑いを知らない理想の動物、友情と仁徳を二大美徳としている自然の完成物と記されている。ガリバァ氏はそこで人間に似た野獣のような愚かな生き物に遭う。フウイヌムは、その人間に良く似た野獣のような生き物を”ヤフー”と呼び、頸に紐をつけ召使としている。あるじのフウイヌムに、ガリバァ氏は”ヤフー”であるが理性ある生き物として厚遇される。ところが、”ヤフー”であるガリバァ氏をフウイヌムと同じ扱いをしていると、あるじが非難されていることを知り、ガリバァ氏は永住することにしていたフウイヌム国を去る。第四編でガリバァ旅行記は終わっている。この四編はいずれも人間批判、文明批判の書である。

 インターネットに”ヤフー!”という「検索サイト」があることは広く知られている。”ヤフー”の由来である。辞書には「ヤッホー」、「やったー」、「無骨者」、「田舎者」という意味があると記されている。1994年、「検索サイト」ヤフーの創始者ファイロンとヤンは、自分たちのことを「ならず者」と考えていたのでガリバァ旅行記に登場する野獣”ヤフー”という言葉を選んだと関係書に記されている。

 これで終わりである。「そうだったの!」、 「そんなこと、知っている、知っていたわ~!」 。さて、皆さんはどちらですか。

 

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病院がダメなら僕が治す

● 須之内 哲也 sunouchi tetsuya         

事故に遭わなければ一時代を築いたに違いない元・オートレーサーによるコラム

「須之内 哲也の世界」~もう一度会いたい~

「おれが生きているのは初美のおかげ。ただ、もう一度会いたい」。
その時々の情景を思い浮かべながら、ひたすら心の内を書き綴っていく。

事故に遇わなければ・・船橋で注目され一時代を築くとうたわれた元オートレーサー、
彼の車名は知る人ぞ知る『ホージョウ』。
レースの賞金で自家用車をもらうほどの一流選手で、弟子を十数名も抱え、師匠と呼ばれるほどにのぼりつめていた。
しかし、30歳にならない歳で脊髄を砕く大事故に遭い選手生命を閉ざされた。
車椅子での生活を余儀なくされ、周囲に当り散らしたこともあった。そんな時、妻の初美さんが見せる悲しそうな顔。
「哲っちゃんのニコニコ笑っている顔が一番好き」という初美さんの言葉・・
それからの生活はいつも一緒で何をするにもふたりだった。
しかし、初美さんは9年前、彼の手の中で逝った。「哲っちゃん、愛してる」の言葉を遺して・・。

⇒バックナンバー(vol11以降)

⇒バックナンバー(vol10まで)

 

vol.15. 病院がダメなら僕が治す    2008-8-16

 8月1日 いよいよ、この日から、初美と、又、二人三脚の生活だと思っていた。

 病院が駄目なら、俺が治すという思いで、食事から、民間薬のアガリクス、十全と毎日煎じて作って飲ませる事、出来る限りの事をしようと思っていた。

 最初の頃は、皆がお見舞いに来て、花やプロポリスもいただいた。Kさんも来てくれて「ブドウがガンに良いから」と持って来てくれた。私の親友も、従兄弟も「何か出来る事があったら言ってくれ」と皆が協力してくれた。本当に心強かった。

 初美が入院している時、どんなに、辛く、悲しく、怖かったか、皆に励まされ、支えられ、協力してくれて、それぞれの人達に、感謝と、ありがとうと言う気持ちで一杯だった。

 初美の体調がどんどん良くなってくると、動きたいのか、家の掃除も、家事もするようになっていった。疲れないかと心配になって「あんまり無理しないで、散歩ぐらいにしておけよ」と言っても「大丈夫だよ」と言って聞かない。でも、私は本を読んで、一時は良くなって、病人も家族も、直ったと思い込む、と書いてあったので、慎重に初美の状態を見ていた。

 毎朝、玄米のお粥に、キノコと自分で作り食べていた。お昼は好きな物を食べて、煎じたアガリクスと十全大捕湯を間に飲んで、初美も「飲むのと食べるのが、仕事だね」と言っているぐらい大変だった。でも少しでも良くなればと、家族で、素人なりの考えで、色々とやっていた。

 子供達も買い物して帰って来るのが、あたりまえになって協力し、役割分担を決めていた。夜は初美の部屋で遅くまで話して、それぞれが、出来る限りの事をする気持ちでいた。

 夕飯が終ると、子供に体重計を持って来られ「計ってみて」と毎日体重計に乗って、初美も「また」と言いながらも毎日計っていた。体重が増えていく事が皆で喜び笑顔も出るようになっていた。夕食が終わり、後片付けと、雑巾がけは子供達の役割で、初美も嬉しそうに見ていた。

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「布ぞうり」完売

飛騨の細井さんから嬉しいメールが届きました。

「おかげさまで、母が作った“布ぞうり”は完売しました。母が元気だったら、来年は1回ぐらい作り方教室を開催しようかと思っています。」lovely

来年は、揃って「布ぞうり作り方教室」へ。

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開業ナース集団の活動があったから

久しぶりに在宅看護研究センターあゆみに目を留めてみた。実に懐かしく、新鮮で、熱い。

http://www.e-nurse.ne.jp/center/hensen8.html

「在宅看護研究センターひだ」代表の細井さんの心が沁み渡っていた。

開業ナース集団の活動があったから 
私が、在宅看護研究センターの活動を知ったのは、「元婦長ら4人でセンター設立」の新聞記事を読み、センターが企画するセミナーに参加したのがきっかけでした。その後、私はスタッフの一員として11年間活動を共にしました。

代表である村松静子は、病院のICU設立時の看護婦長・看護短大講師・訪問看護のボランティアと活動を続け、1986年に「在宅看護研究センター」を設立してからは、組織のトップとして私たちナース集団を率いてきました。ボランティア時代を含めると、およそ20年間在宅の場で看護を追究してきたことになります。高齢化・少子化が進み、医療・福祉をめぐる状況が変化し、様々な制度の転換期の時代に、その活動は、看護のみではなく、医療・福祉を変える一人として、教育者として、起業家としての幅広いものと私には映りました。時代の節目に、草分けとしての役割を果たしてきたこれらについては、数多くの掲載記事と写真が物語っています。

一スタッフとしての私が、在宅看護研究センターの活動を語ることは、単に所属した組織の足跡を残したいという思いだけではなく、看護にこだわり看護の原点をみつめながら、看護の自立をめざして挑戦し続けるその変遷を何らかの形で多くの方に伝えたいと考えたからです。

未だ看護は、法律的にも経済的にもその自立には険しいものがあります。しかし、看護にこだわり続けたエネルギーを、ナース集団として継続してきた多くの活動を、これからの時代を担うナースたちに知ってほしい。

そして、ナースは今後、何に向かってどう活動をすすめるべきなのかを考える一助にしてほしい。医療と祉は、担い手と受け手の相互関係があって成立します。よりよい社会システムの構築をめざすのに、在宅看護活動の変遷が関連職や一般の方々にも参考にしていただければ幸いに思います。     在宅看護研究センターひだ代表  細井 恵子

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「布ぞうり」で室内を闊歩

お母様の作った布ぞうり、毎日履いて室内を闊歩しています。
暖かくなって靴下をはかなくなった5月頃からスリッパをやめぞうりに履き替えました。
網目が足裏を適当に刺激し、気持ちいい。
暑さ厳しい昨今、汗をかいても布ゆえ常にさらりとしている。
折角のお母様の手作りを足で踏みつけるのはちょっと心が痛む・・・と思いながら。bearing
洗えるかと伺ったが無理かも、という答えでしたがそろそろ試しに洗ってみようかと思っています。
でも、洗い替えにもう1、2足お願いしようかな。まだありますか?
ちなみにわが方のフリーマーケットでは倍の値段でした。

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