« 病院がダメなら僕が治す | トップページ | 短期集中セミナーを終えて »

ガリバァ旅行記

医師として、武士として     安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年よ り、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。2001年より職域診療所所長として活躍中。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日 体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快 な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

>>>>バックナンバー(Vol32以降) 

>>>>バックナンバー(Vol31まで) 

Vol.36 ガリバァ旅行記 2008-8-17

 外は暑い。兎に角、暑い。小生の部屋は冷房が、がんがん効いて寒いくらいである。季節、時節、世の出来事と無関係の空間で、ビールを片手にコラムを書いている。

 「へぇー、そっだったのー、知らなかったわー。」と相手を関心させ鼻をぴくぴくさせることを小生は好む。「知っているよ、知ってたよ、そんなこと。」といわれると自身の無知を恥じ入ることになる。言わなければ良かったと後悔する。博識と無知、自慢と恥は隣り合わせにある。以下は、それに属する話である。

 現在、お隣の国で数万の人がスポーツで優劣を競っている。第29回オリンピック競技大会である。960万km2の国土(世界第4位)に13億1580万人(第1位:‘05年)の人口を擁すると“とてつもなく大きな”国である。“とてつもなく大きな”という表現で、コラムの読者はすぐ思い当たる言葉が浮かぶと思う。

 20数年前の事である。既に故人になっておられるが、小生の恩師が教授職を退官しさる施設の病院長になられた。応接室兼執務室は広く、重厚な本棚に医学書が体裁よく収められていた。書架、洋書、応接セット、執務デスク、全てが調和していた。「絵」でもと思ったがそれなりの「絵」は高価で、ともすると成金趣味と言われ兼ねないので手持ちの書籍で部屋を飾った。恩師から「本」が部屋の装飾になることを教わった。早速、あばら屋の小生宅の一室を本で飾ることにした。

 医学書も文学書も新しいものを揃えるには費用がかかる。神田に古本を求めた。とある古書店に「世界文学全集」全54巻が紐で括られ棚の隅に置かれていた。朱色のハードカバーに金色の文字が刻印されており、それなりの本棚に並べると部屋が”ハエル”と思われた。祖父伝来の書架に「世界文学全集」を並べた。若干、”ハエル”部屋になった。

 読むことなど考えていなかった飾りの「世界文学全集」を書架に納めていた時のことである。”スイフト” という刻印された金の文字が目にはいった。”ガリバァ旅行記”の著者である。ガリバァ旅行記は子供が夢中になる本の一冊で、「ガリバァ」は人名であるばかりでなく、本邦では大きいこと、巨大なことを表す言葉にもなっている。幾つになっても、”ガリバァ”を耳にすると、”巨人”、”巨大”と瞬時に思考が反応する。無論、小生だけではないはずである。旅行記を捲って驚いた。

 1726年、59歳の英国人ジョナサン・スイフトが上梓した”ガリバァ旅行記”は、外科医師レミュエル・ガリバァ氏の四編からなる渡航記である。第一編はリリパット渡航記、第二編プロブディンナグ渡航記、第三編ラピュタ、バルニバービ、グラナダ、グラブダリップ及び日本渡航記、第四編フウイヌム国渡航記となっている。

 第一編は小人の国、第二編は大人(巨人)の国、第三編は、天空の島(浮き島)、日本など5つの国,第四編は言葉を持つフウイヌムという馬が統治する国の渡航記である。子供のころ夢中になったガリバァ旅行記は、第一編の小人の国渡航記である。背丈が15センチほどの小人の国に漂着したためガリバアァ氏は巨人となってしまうのである。本国に戻り、遭遇したことを話しても誰からも信じてもらえなかった。ポケットから小人の国の馬が見つかりガリバァ氏の話が真実でることが認められる。読者をほっとさせる。第二編、第三編はコラムの本題から外れるので略す。

 第四編である。1710年、ガリバァ氏は商船の雇われ船長として航海中、海賊に乗っとられた挙句く、何処か分らぬ島に上陸させられた。その島が言葉を話す生き物フウイヌムが統治する国であった。フウイヌムは馬という意味で、疑いを知らない理想の動物、友情と仁徳を二大美徳としている自然の完成物と記されている。ガリバァ氏はそこで人間に似た野獣のような愚かな生き物に遭う。フウイヌムは、その人間に良く似た野獣のような生き物を”ヤフー”と呼び、頸に紐をつけ召使としている。あるじのフウイヌムに、ガリバァ氏は”ヤフー”であるが理性ある生き物として厚遇される。ところが、”ヤフー”であるガリバァ氏をフウイヌムと同じ扱いをしていると、あるじが非難されていることを知り、ガリバァ氏は永住することにしていたフウイヌム国を去る。第四編でガリバァ旅行記は終わっている。この四編はいずれも人間批判、文明批判の書である。

 インターネットに”ヤフー!”という「検索サイト」があることは広く知られている。”ヤフー”の由来である。辞書には「ヤッホー」、「やったー」、「無骨者」、「田舎者」という意味があると記されている。1994年、「検索サイト」ヤフーの創始者ファイロンとヤンは、自分たちのことを「ならず者」と考えていたのでガリバァ旅行記に登場する野獣”ヤフー”という言葉を選んだと関係書に記されている。

 これで終わりである。「そうだったの!」、 「そんなこと、知っている、知っていたわ~!」 。さて、皆さんはどちらですか。

 

|

« 病院がダメなら僕が治す | トップページ | 短期集中セミナーを終えて »

コラム 安藤 武士」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ガリバァ旅行記:

« 病院がダメなら僕が治す | トップページ | 短期集中セミナーを終えて »