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動揺

● 須之内 哲也 sunouchi tetsuya         

事故に遭わなければ一時代を築いたに違いない元・オートレーサーによるコラム

「須之内 哲也の世界」~もう一度会いたい~

「おれが生きているのは初美のおかげ。ただ、もう一度会いたい」。
その時々の情景を思い浮かべながら、ひたすら心の内を書き綴っていく。

事故に遇わなければ・・船橋で注目され一時代を築くとうたわれた元オートレーサー、
彼の車名は知る人ぞ知る『ホージョウ』。
レースの賞金で自家用車をもらうほどの一流選手で、弟子を十数名も抱え、師匠と呼ばれるほどにのぼりつめていた。
しかし、30歳にならない歳で脊髄を砕く大事故に遭い選手生命を閉ざされた。
車椅子での生活を余儀なくされ、周囲に当り散らしたこともあった。そんな時、妻の初美さんが見せる悲しそうな顔。
「哲っちゃんのニコニコ笑っている顔が一番好き」という初美さんの言葉・・
それからの生活はいつも一緒で何をするにもふたりだった。
しかし、初美さんは9年前、彼の手の中で逝った。「哲っちゃん、愛してる」の言葉を遺して・・。

⇒バックナンバー(vol11以降)

⇒バックナンバー(vol10まで)

 

vol.22. 2009-3-18 動揺

普段は元気で、毎日二人で散歩し夕食の買い物をして「大丈夫か」と聞くと「大丈夫だよ心配しなくても」と言っていたけれど心配はつきない。

いつも散歩している、目黒川の遊歩道が、満開のさくらでトンネルのようになっていた。二人でさくらを見ながら散歩していると、「もう今年でさくらも見られないかな」と言うので「そんな事ないよ、大丈夫だよ。来年だって見られるよ」と言ったけれど、私もどうなっちゃうかな、と思っていた。

初美が、「他の桜も見に行きたいね」と「洗足池のさくら見に行こうか」と言い、次の日は風の強い日だったけど車で行った。さくら見物の人で込んでいる池を、半周するように二人で歩き、私が入れない所は、一人で見てまわっていた。屋台小屋で「哲ちゃん、おでんでも食べれば」と言うので、食べたくもなかったけれど「そうだな」と言って食べた。二人で、こんな所に入るなんて始めてだな、としばらく居たけれど風が強く寒いから、風邪を、ひかさないように、と思い帰ってきた。

4月9日 父親の四十九日の法要に二日間、実家に泊めることになって、心配だったが初美が実家で過ごす最後になるかなと思い送って行った。

4月11日 今日は、四十九日の法要で、早朝から初美が心配で、子供達と行った。元気で居たので安心したが、法要が終りしだい早めに連れて帰って来た。妹と親子三人で、久しぶりに、遅くまで話しながら寝たと言っていた。

4月13日 初美が「何か変なんだよね」と言ってきた時、私は「えっ、どうした」と胸がドキドキするのをおぼえ、ついにきたか、と思った。

初美が「なんかお腹が痛いよ」と言い、薬はもらってあったので飲ませ「少し寝ていたほうがいいよ」と寝かせた。明日は病院だから行こうと話したが私は動揺していた。


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