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2011年9月

「虹色救急箱 Vol.34」への新しいコメントです

天川さん!お久しぶりです。

素敵な紫陽花との出逢い、「ハグ」されたと感じる、その感性がまたまた私の心に、そーっと絆創膏を貼ってくださいました。

本当に今年は、震災、台風の被害…個人的にもいろいろとあり、多難な年です。日々、それらと向き合い、克服すべく動いてまいりましたが、いつだって前向きに取り組めると言うわけでもないですよね。ガックリ、心が折れる時だってあります。

そんな時に、そっと心に寄り添うような、虹色救急箱。天川さんの優しいまなざしの文章に癒やされ、頑張る力をいただいています。

虹色救急箱 Vol.34

Vol.34 『ハグ』

皆様、お久しぶりです。いかがお過ごしですか?

今年は自然災害が多い年ですね。。。

くれぐれもご自愛ください。m(_ _)m

アップが遅れてしまいましたが、こちらは今夏出会った素敵な紫陽花。

Photo_3

2年前、Vol.19で紹介させていただいたハート型の紫陽花があった辺りに咲いていました。

一見、普通の紫陽花ですが・・・形が本当にまんまるっ!

それまでに見掛けた紫陽花がいびつな形をしていたからか(?)、出会った瞬間に、(わあ~まんまる~ハグの形~)とジ~ンと来ました。

すでにご存知の方も多いと思いますが、欧米では、「X」はキス(a kiss)の意味合いを持つシンボルとして、「O」はハグ(a hug 抱きしめること)の意味合いを持つシンボルとして使われます。そのため、よく手紙やメールなどの最後に、xoxo(hugs and kissesの意味)と書いてあるのです。そして手書きの場合、アルファベットのO(オー)が、Oというよりも、まんまる(○)の丸型に見えることが多いのです。(というより、小文字のオーかも知れない。。。どっちでもいいか。。。

道端の小さな紫陽花が、落ち込んでいた私にハグしてくれた?それとも誰かからのメッセージ?・・・ふとそんなことを考えたりして、なんともあったかい気分になりました~。

皆様にも・・・ハグッ!!(ふふふ、今度は拡大できます)

Photo_4

by天川りを

「敬老の日」 、「アイ・ラブ・グランパ100の理由」「アイ・ラブ・グランマ100の理由」 あなたの100番目のメッセージは?

あなたには、おじいちゃん、おばあちゃん、ジージ、バーバと会ったことがありますか。

「敬老の日」、私はこの日を特別にすることが嫌でした。だって、いつだって思っているし、思い浮かんでくることがあるから・・。

それにしても、「アイ・ラブ・グランパ100の理由」「アイ・ラブ・グランマ100の理由」を読むと、あんなこと、こんなことが浮かんできて心が和むんです。感謝を込めて思い出の写真を貼って、100番目に私の言葉を書いて、本当はプレゼントするようにできているのですが、私はそっとしまってあります。子供たちの発した言葉が、こんなにも意味のあるものだとは・・・

注文書は ⇒こちら (9月30日までは特別価格1冊1300円送料込でお分けします。)  

お問い合わせは03-5386-2427(担当:片岡・仲野)

過ぎ行く夏を惜しむようなセミの声と百日紅の花

朝夕が涼しくなりましたが、でも日中の日差しはまだ強いですね。過ぎ行く夏を惜しむようなセミの声と百日紅の花です。110808_140001_2

コラム「医師として、武士として」          安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。2001年より職域診療所所長、2010年より佐野市民病院健康管理センター所長として活躍中。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

Vol.4  2011. 9. 5    祝 辞

e-nurse netwrkeを主宰されている在宅看護研究所センターの村松静子代表が、赤十字国際委員会から「第43回フローレンス・イチンゲール記章」を受与された。関係者は無論のこと、本コラムに拙文を寄せている一人とて誇りに思っている。

 本邦の歴代のナイチンゲール記章受賞者は、医療機関(病院)の世界で長年にわたり看護の分野で活躍された功績で受賞されておられることは、改めて申し上げる必要もない。

 村松代表は、看護婦(師)として臨床の場で日々活躍していたが、病める人が医療機関を離れてからも看護が必要性のことを痛感し、ボランティアで退院した人の家庭で看護を行ったことが原点となり、1986年、30歳台で医療施設(病院)より離れ、看護のプロ集団による「在宅看護研究センター」を設立し「在宅看護」を始めた。そればかりか、国に「在宅看護」の必要性を説き、それが契機となり今日の「公的在宅看護制度」が導入されたのである。活動の拠点が医療機関(病院)でないことは特筆されてよいと思っている。

 フローレンス・ナイチンゲールはクリミヤ戦争(1953ー1956年)に、34歳で英国陸軍病院の看護団を率いてクリミヤのスクタリ野戦病院で傷病兵の看護にあたった。ナイチンゲールは、良家の子女の奉仕による看護を排し、看護教育を受けたプロの看護婦(師)による看護を行うことを推し進めた。また統計を駆使し(後に英国統計学会員となる。)、野戦病院の衛生状態に問題があることを指摘、それを改善することで死亡率を著しく低下させた。看護の力を英国陸軍に認めさせたのである。このことが、それまでの医師のみによる医療にプロによる看護も医療にとって必須要件であることが認知され、以後の医療に看護が組み入れられ近代医療が創設されたのである。

 村松代表は、19世紀にフローレンス・ナイチンゲールが近代医療を創設したと同様、医療の一翼をになっている看護を医療施設(病院)の場だけではなく、病める人が日々生活を送る家庭でプロによる看護を受けることが出来る「在宅看護」を組み入れた新しい医療制度、進化した医療制度の創設に寄与したことが評価されたのである。代表のナイチンゲール記章受賞は特別な意味を持っているものと思っている。まことに慶賀である。

Vol.4vol.12 、「赤十字とナイチンゲール」もある。 ⇒こちら

「ひと言お祝いを申し上げたくて」に新しいコメントがつきました。

村松さんへ

この度はフローレンス・ナイチンゲール記章の授与おめでとうございます。

ボランティア時代の初めから母の看護でお世話になり、父をはじめ家族にとってどれだけ救われたか言葉になりません、当時から志が高く、有言実行 とてもたよりになる人と思ってました。  今日、お手紙をただき嬉しくなってメールしてしまいました。

これからもお身体を大切にご活躍お祈りしています。

                        陽子 

コメントは ⇒こちら

陽子さん、ありがとう! ただただ感謝です。お母さん、退院後一度も病院には行きませんでしたね。あなたの力があったからです。お互い、子供たちも大きくなりました。今度ゆっくり語り合いたいものです。(村松静子)

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