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vol.40. 2013-1-22
9月に入ってから週単位で考えて行きましょうと言われていたので驚きはしなかったけれど、英先生の往診日で午後から来てくれて診察をした。痛みが座薬では取れなくて肩の下から点滴のように注射針で入れることになった。薬局の人も来てくれて先生が入れてくれた。次の日は数字が付いた痛みに応じて調整出来る注射器と交換して私も教えてもらい、先生の携帯電話も教えてもらい、夜中でもいつでもいいから何か合ったら電話して来るようにと言ってくれた。何時でも連絡が取れるようにしてくれたので安心できる。次の往診は29日だったけど初美の状態が良くないので出来るだけ早く来たいが、24日は山形で講演があるので25日にしましょうと言ってくれた時、いよいよかなと思った。先生が帰るとき、玄関で「ご主人チョット」と呼ばれて玄関を出て、廊下で「もうベッドをはずしていいですよ。25日までもつかどうかかもしれない」と話してくれて、私も覚悟は出来ていたし「先生ベッドにこだわりはもうないです。まだベッドに起き上がれるし話も出来るからベッドのほうが初美が楽だろうし、今ベッドをはずして畳に寝かしたらきっと初美が疲れるだろうし、もうベッドにはこだわりません」と先生に話をした。
次の日23日は初美の妹も来たが、前回来た時足首を捻挫して帰れないので長男が車で送って行ったりしていた。また杖をつき足を引きずりながら来てくれて、私が作ったおにぎりを三人で食べた。初美もおにぎりを食べて美味しいかと聞くと「美味しいよ」と言って食べられているし、こんなに元気で冗談も言えるのに25日ぐらいまでしかもたないなんて信じられなかった。「初美一服しようか」と手でタバコを吸う身振りを私がすると苦笑いしながら「うん」と言うのでタバコに2本火をつけて渡すと口に持っていき吹かしたけれど指にはさんだタバコを落としてしまい、指から落としたタバコにも気がつかないようで、あわててタバコを拾って消した。もうタバコも吸えないのに、私には元気なそぶりで冗談を言って笑って見せたりしているので、私も出来るだけ明るくしていたけれど、心の中では・・初美死ぬなよ・・祈っていた。初美の妹には、先生から25日ぐらいだろうと言われている事を話し家族三人だけで見取るからとも言った。妹が来たい気持ちはわかるけど、一人呼べば皆が来るだろうし、大勢で泣きながら初美を送りたくなかった。妹にはわかってもらいたかったから話して、妹も「哲ちゃんの思うようにしてあげてよ」と言ってくれたので、初美のお葬式がすんだら今までのこと、俺のわがままで誰にも口出させず思うようにして来たこと、病院に入院させなかった事全部報告して謝るからそれまで家の家族三人で初美を見るから我慢しててほしいと話しておいた。
「いつ発行されますか」「まだですか」・・首を長くしてお待ちいただいた、また、お問い合わせをいただいた看護教員の皆様、大変お待たせしました。やっと再登場しました。
昨年の暮れ、初夏から手掛けていた「新体系 看護学全書 在宅看護論」 第3版(メヂカルフレンド社)がやっと手元に届きました。カラー写真の提供にご協力下さった医師、看護師、ヘルパーの皆様にまずは感謝いたします。ありがとうございました。
カラー化しても変わらないのが本書の特徴です。看護はプロセスが重要であり、そのプロセスをたどってこそ技術が生きるということを根本理念としたところです。あくまで看護の基本とケアの基礎にこだわりながら、理論と実践の融合を念頭におき、自分自身を認識すること、人間を幅広く理解することの重要性を理解してもらうことに力点をおきました。これは編著者の村松静子が看護学生一人ひとりに伝えたいことです。
村松静子のコラム「起業家ナースのつぶやき」は ⇒ こちら
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