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2014年8月

コラム「医師として、武士として」  Vol.49 看護・介護:その3  安藤 武士 Andou takeshi

Vol.49 2014.8.30  「看護」と「介護」:その3

国は、急性期医療制度の整備、超高齢化社会の到来など「健康ワールド」の変化に応えるにため各部門の専門職の養成を図っている。専門職はより高度な専門知識・技術の習得は無論のこと、「健康ワールド」の一般知識をも幅広く持ち合わせなければならない。

ここ数年の医師、保健師、看護師、介護福祉士の国家試験問題を下記に示した。設問が何の専門職の試験に出題されたのかお分かりになるでしょうか。

設問A:生理的欲求に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。

1、 経験や学習から獲得される欲求のことである。

2、 他者からの承認などの欲求である。

3、 ホメオスタシス(homeostasis)の働きによって抑制される。

4、 マズロー(Maslow, A.H.)の欲求階段層設では上位に位置する。

5、 社会的・情緒的満足との関係が深い。

設問BAさんは、午前0時ごろ覚醒し、ベッドサイドでため息をついている。

Aさんへの対応で最も適切なのはどれか。

1、 就寝時間を遅くするように言う。

2、 眠れなくとも横になっているよう話す。

3、 医師に確認し睡眠剤の服用を促す。

4、 ベッドを離れるように誘い。しばらく話をする。

設問C:在宅医療について正しいのはどれか。

 1、薬剤師は訪問服薬活動を行うことができる。

 2、家族は酸素吸入量を調整することができない。

3、介護者への精神的支援は在宅医療の対象でない。

4、プライバシー保護のため患者の生活に立ち入らない。

5、医師は訪問診療を行う事を都道府県へ届ける必要がある。

設問D:個人情報保護に関する法律で正しいものはどれか。

1、 死亡した個人も対象になる。

2、 本人からのデータの修正依頼には応じる要はない。

3、 診療報酬請求書(レセプト)の内容は個人情報に該当しない。

4、 災害障害見舞金についての被災者への助言。

専門職に必要な常識問題を示した。読者の皆様はお分かりになると思います。

コラム「医師として、武士として」  Vol.48 看護・介護:その2  安藤 武士 Andou takeshi

Vol.48 2014.8.28  「看護」と「介護」:その2

今日の「健康ワールド」は実に複雑になってきている。人を、「健康な人」と「不健康な人(病人)」の2群に分ける。「健康」の定義はWHOの定義があるが、安直にいうと「気を遣わず飛んだり跳ねたり好きな事を好きなだけできる人、自分で健康と思っている人」を「健康な人」、「病人」は「健康が回復するまで他人の支援が必要で、何らかの医療、介護を必要とする人を指す」と定義する。

「病人」を救済する仕組みが、「国家財政」という観点から始終変る。 医療機関(病院)の外来治療で健康が回復する人は外来診療、入院治療が必要な人は入院となる。入院施設は医療法上、一般病床、療養病床、精神病床、結核病床、感染病床の5区分に分けられており、入院治療が必要な人は「一般病床(高度急性期、一般急性期、亜急性期)病床」、回復し病状が安定してくると「療養病床」、或は、病状が固定しリハビリや介護を中心としたケアを必要とする人たちを対象とした「各種・介護施設」で治療・介護を受け、更に、身体機能・病状が回復・安定すると「在宅医療」「在宅・訪問看護」となる。無論、病院から直接、自宅に戻る人もいる。

現在の日本の「健康ワールド」は、医療費削減を図るため「一般病床」を急性期に限定使用することによって大幅に病床数を減らす方向になっている。減床により入院治療を受けられなくなった人は、「各種・介護施設サービス」或いは「在宅」での医療・看護・介護サービスが拡大しつつある世界に変貌してきている。

従って、現在、約80%病院で行なわれている「看取り」も、「各種・介護施設」か「在宅」で行われることが多くなる。現場の医師、保健師、看護師、介護士は、その仕組みの変わりようにそれほど気を使っていないようであるが、医療・介護サービスを受ける者、経営者は国の施策に振り回されている(その3に続く)。

コラム「医師として、武士として」  Vol.47 看護・介護:その1  安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。2001年より職域診療所所長、2010年より佐野市民病院健康管理センター所長として活躍。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

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「看護」は、「けが人や病人の手当てや世話をすること。」「手厚い看護を受ける。」「病人を看護する。」「寝ずに看護する。」などと用いられると辞書にある。「看病」という言葉もある。「一晩中寝ずに病人の看病をした。」「年老いた父の看病をした。」というように「看護」と同じ意味に用いられるが、違いは専門職と一般人が行う行為の違いと考えてよい。

「介護」という言葉もある。「介護」は、以前は個人、家族が行う人類愛レベルの行為であったが、平成 9年12月、「介護保険法」が誕生し「社会福祉サービス」の中核をなす存在となってから「制度」という冷たい空気が「介護」に入ってきている。家族が行う「介護」と制度のサービスで提供される「介護」は、言葉が同じだけのようだ。超高齢者社会が、「介護」を「医療」「看護」の仲間入りをさせた。「介護」に類似の言葉に「介抱」という言葉がある。「介抱」は、一般に一時的に世話をするという場合に用いられる。「病気で倒れた友達を介抱した。」「酔っ払いを介抱する。」などと用いられる。「看護」「看病」は相応しくない。

「看護」は、見守り病態を知るということに対し、「介護」は、世話をするという具体的な意味合いが「看護」より強い。これで言葉の遊びを終える(次号に続く)。

最後の最後まで『先生は要らないから、看護師さんに来てもらいたい』と。

本当に家族だけで大丈夫だろうか?訪問を増やした方が良いのでは?  と相談はしておりましたが・・・最後はご本人・ご家族からの『看護師さんに来てもらいたい』との言葉で動きました。

まさに、必要な時に必要なだけの看護が提供できたのでは・・・と思いました。

【システムのスタッフは、今】 「貴女の看護はいくら?」 基本訪問看護・専門訪問看護 料金=看護の質? ホンと?

内部勉強会。センター時代からの事を懐かしく思い出していました。基本訪問看護・専門訪問看護と分けた時に基本訪問看護師だった事、「貴女の看護はいくら?」と問われ提示した金額に「こんなに安いの?自分の看護はこんなものなの?」と言われた事、料金=看護の質、と改めて認識したこと等々。思い出に浸っているだけでなく、昨日を形にしていく、遅れず進めたいと思います。

ありがとうございました。

【システムのスタッフは、今】皆と一緒に同じ気持ちで考えられた、作業が出来たと実感!

日曜日の内部勉強会の講義「日本在宅看護システムの看護報酬誕生秘話は私にとってため息の連続でした!こんなに大きなことをやってこられたのだなという代表へのため息と、こんな大きなことをこの限られた時間でやろうとしていたのかという自分へのため息でした(; ̄ェ ̄)代表としては、たくさん突っ込みたいところがあったにも関わらず、発表の時には一生懸命話を聞いて下さったというのがとっても嬉しかったです。

そして、

私と今野さんと2人で計画を立てていくなかで、皆が同じ気持ちで果たしてやって下さるだろうか?という気持ちがあったことも事実です。しかし、なんでそんな事を思ってたんだろうと思ってしまうくらい、皆と一緒に同じ気持ちで考えられた、作業が出来たと実感しています!

 

これからも続けていかなければ全く意味がありませんので、必ずや形にしていきたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。

 

本当にありがとうございました!(川口)

コラム「医師として、武士として」  Vol.46 戒名騒動:その3  安藤 武士 Andou takeshi

Vol.46 2014.8.3   戒名騒動:その3

 お寺の関係者と話し合いを持つことになった。件のお寺の坊様は、「戒名」は仏の教えであり、「在来仏教徒に限る。」がその教えを指す。納骨には必要であると言うばかりであった。

小生は、10数年前の永代使用権授与の際、一言、「戒名」が必要と言えばこのような事態にならなかった。お寺が「戒名」が必要と思っても、使用権を授与される者が必要と思わなければ、お寺は契約に際し説明責任を果たしていないのではないかと反論した。

「在来仏教の記載だけで戒名が必須である。」ということが分かるかどうか、消費者センターなどの公的機関、多くの人に聞いてもわからないという。他の仏教寺院に尋ねると、そのように言っているグループもあるが、日本の仏教界では一部であるという。

「戒名」が必要か否かの「宗教論」ではなく、契約に当たって説明がなされていないという「契約論」から永代使用権の返却を申し入れ、応じなければ法的手段をとると通知した。お寺から以後は代理人(弁護士)が対応する旨の返事がきた。小生も代理人で対応する旨、回答をした。

代理人の話し合いで、契約解除とする。墓苑の永代使用権、墓石の建立、撤去・整地、年管理費、使用料などの内、墓石の撤去・整地以外のこれまでにかかった費用は小生に返却されることになった。

小生の申し分が通ったが、思い出多い憧れのお寺との関係が絶たれ複雑な気持ちでいる。

お盆休みには、代々続くお墓に報告する積りである。

コラム「医師として、武士として」  Vol.45 戒名騒動:その2  安藤 武士 Andou takeshi

Vol.45 2014.8.1  戒名騒動:その2

本題に入る。小生が幼少の頃、自宅近くに悪ガキどもと暴れまわったお寺の境内がある。春は崩れかかった山門脇の桜の下でチャンバラごっこ、夏の夜は、嵐勘の鞍馬天狗、巨人・大洋戦、力道山・木村の命を懸けた一戦など、野外映画、野外テレビ観戦で一喜一憂した思いでが詰まっている広場である。高校時代は、通う方角も違うので時折通りすぎるだけになった。大学は東京を離れたこともあり、以後、そのお寺の存在も忘れた。

 1980年、家族とともに東京に戻った。幼少時、悪ガキ時代遊んだお寺の近くに居を構えた。時に、思い出のお寺の墓苑を散策するようになった。山門は修復され、小さいながら本堂も風格のあるお寺になっていた。思い出のお寺が古刹の風格を備えているのを嬉しく思った。

  そのお寺と小生との距離は、仏教と言っても宗派も異なるのでかなり離れており、小生がそのお寺に係るとこなど微塵も考えていなかった。

平成10年春のある休日、家人とお寺の辺りを散策していると、「第2期分譲開始、宗旨、宗派問わず、ただし仏教徒に限る。」という広告が目に入った。墓苑を見て回り、次いで冷やかしの積りで販売管理事務所に立ち寄り事務員から説明を受けた。第2分譲地を見ることになった。事務員より墓石建立に関する説明を受けた。紆余曲折を経て墓苑の一隅に小生の墓を建てることになった。

 永代使用権証書とともに使用規則が送付されてきた。使用規則の第一条に、「宗旨、宗派を問わない(但し、在来仏教に限る)。」と記載されていた。

 小生が墓石を建ててから10数年を経た昨年の春、お寺から「納骨」には「戒名」が必要である、「戒名」は菩提寺から授与されるものであるから、菩提寺を通知せよとの通知がきた。早速、お寺に小生は「俗名」で納骨される積りでいる、「戒名」でなければならない理由を示したいただきたい旨、伝えた。使用規則第一条に「在来仏教徒に限る。」との記載がそれにあたるという返事が来た(次号に続く)。

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