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コラム「医師として、武士として」  Vol.45 戒名騒動:その2  安藤 武士 Andou takeshi

Vol.45 2014.8.1  戒名騒動:その2

本題に入る。小生が幼少の頃、自宅近くに悪ガキどもと暴れまわったお寺の境内がある。春は崩れかかった山門脇の桜の下でチャンバラごっこ、夏の夜は、嵐勘の鞍馬天狗、巨人・大洋戦、力道山・木村の命を懸けた一戦など、野外映画、野外テレビ観戦で一喜一憂した思いでが詰まっている広場である。高校時代は、通う方角も違うので時折通りすぎるだけになった。大学は東京を離れたこともあり、以後、そのお寺の存在も忘れた。

 1980年、家族とともに東京に戻った。幼少時、悪ガキ時代遊んだお寺の近くに居を構えた。時に、思い出のお寺の墓苑を散策するようになった。山門は修復され、小さいながら本堂も風格のあるお寺になっていた。思い出のお寺が古刹の風格を備えているのを嬉しく思った。

  そのお寺と小生との距離は、仏教と言っても宗派も異なるのでかなり離れており、小生がそのお寺に係るとこなど微塵も考えていなかった。

平成10年春のある休日、家人とお寺の辺りを散策していると、「第2期分譲開始、宗旨、宗派問わず、ただし仏教徒に限る。」という広告が目に入った。墓苑を見て回り、次いで冷やかしの積りで販売管理事務所に立ち寄り事務員から説明を受けた。第2分譲地を見ることになった。事務員より墓石建立に関する説明を受けた。紆余曲折を経て墓苑の一隅に小生の墓を建てることになった。

 永代使用権証書とともに使用規則が送付されてきた。使用規則の第一条に、「宗旨、宗派を問わない(但し、在来仏教に限る)。」と記載されていた。

 小生が墓石を建ててから10数年を経た昨年の春、お寺から「納骨」には「戒名」が必要である、「戒名」は菩提寺から授与されるものであるから、菩提寺を通知せよとの通知がきた。早速、お寺に小生は「俗名」で納骨される積りでいる、「戒名」でなければならない理由を示したいただきたい旨、伝えた。使用規則第一条に「在来仏教徒に限る。」との記載がそれにあたるという返事が来た(次号に続く)。

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