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2015年1月

【お薦め番組】 2月1日18時30分からの『夢の扉』、2月2日16時過ぎからの『ニュースエブリ』、是非、観て下さい。

あまりテレビ番組を多く作る方ではないのですが、たまたま演出した番組が2日続けて放送されます。

2月1日(日)夢の扉(TBS系・午後6時30分放送)

タブレットによる救急搬送支援システムを考案した佐賀県庁のスーパー公務員のドキュメントです。これは僕が以前週刊文春と週刊朝日で取材した話です。

2月2日(月)ニュースエブリ特集コーナー(日本テレビ・午後6時過ぎより放送・関東ローカル)

日本ではまだ大変めずらしい東京の帝京大学病院にある外傷センターの密着ドキュメントです。

どちらも僕の専門の医療系のドキュメント番組で、自分でもかなり気にいっている作品に仕上がっています。是非、ご覧下さい。

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  ジャーナリスト  塩田芳享

【システムのスタッフは、今】残念ながら二人欠席・・・出席できませんが、私も、主体的に生きようとする医療の受け手の方々に、私自身が主体的に関わっていけるように日々努力を、重ねております。

皆様 2月15日の内部「新春シンポジウム」の出欠について、ご連絡いただきありがとうございました。
甲州さんと三浦さんが残念ながら欠席となりました。
また、テーマについては募集中です、引き続きご連絡をお待ちしております。(川口)
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 その日は、さいたまにあるALS協会で特定者の吸引指導があります。
私は、個人契約をした方のヘルパーさんに指導する立場にあり、ペーパー試験も含めて合格するように指導にあたります。
特定者への吸引の実施指導をする看護師のうち、ステーションに所属しないで個人で依頼を受けて行うのは、埼玉県内では私が初めてです。昨年、埼玉県庁に向かい交渉した結果です。
なので、責任をもって、医療的ケアに関わるヘルパーさんにきちんと指導をしたいと思い、その日は欠席させて頂きます。
シンポジウムには出席できませんが、私も、主体的に生きようとする医療の受け手の方々に、私自身が主体的に関わっていけるように日々努力を、重ねております。また、皆様にお会いし語り合えることを楽しみにしております。今回は残念ながら、欠席ささせて頂くご無礼をお許しくださいませ。(甲州)
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甲州さん、それは素晴らしいこと。メッセンジャーナースとしても前進に値しますね。
頑張れ~~~!(村松)
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瞬間で、代表と甲州のメッセンジャーしております。(武田)

【システムのスタッフは、今】 2月15日(日)、内部の『新春シンポジウム』を開催 現在テーマを絶賛大募集中 「こんな事をしてみたい」等、どんなことでもOK!

来月2月に、『新春シンポジウム』を開催いたします。Pc211002

現在テーマを絶賛大募集中です。

どしどしと、川口・奥山迄お知らせ下さい。

また、「こんな事をしてみたい」等がありましたら、ご遠慮なく

お申し出ください。 

お待ちしております。

【システムのスタッフは、今】 新年と言えば、1990年代前半始まった定例行事、わが社独自の「新春シンポジウム」。日時決定!

皆様
明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
新年ということで、新年と言えば、新春シンポジウムがやってまいります!
日時のみ決定いたしましたので、お知らせいたします。
2015年2月15日(日) 10:00~15:00(時間は予定)  担当川口・奥山
よって、1月18日までに欠席の場合のみ、ご連絡をいただきたいと思います。また、シンポジウムのテーマについても募集中ですので合わせてご連絡をお願いいたします。
皆さんのご意見を積極的にお待ちしております!

【システムのスタッフは、今】子育てを楽しみながらもまた訪問看護師として復帰したいという希望が消えず。ただ今の子育ての社会環境は厳しく、今の私の条件でできることは最大週1回土曜日など。もう一度非常勤としてでも在宅看護を・・・

子育てを楽しみながらもまた看護師、訪問看護師として復帰したいという希望が消えずにおります。ただ今の子育ての社会環境は厳しく、実際0歳児をサポートする認可保育園は私の場合は入園不可能なため認証保育園、保育ママを検討しております。

しかし、これも今のところ同じように厳しい条件で現在返事待ちの状況です。

そんな中、少しでも訪問看護の実践を積んでいきたい、看護師を続けるのであれば、やはり在宅看護の場でと考え、今の私の条件でできることは最大週1回土曜日など夫が休みの日に勤務するという状況です。

そしてその在宅看護を実践するならばやはり代表の元で、これは私が日本在宅看護システムへ入職するきっかけであった、代表の看護への熱い思いにひかれた、そこに立ち返り、やはりここだ!!と

ただこのような私の状況を含めて、もう一度非常勤としての入職を承諾していただけるものでしょうか。

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私はあなたを待っていました。
 
そうです、そう来なくっちゃ~。土曜日だけから始めるのも良し。

今は、奥山さんを先導に、鈴木さんが実践調整役、川口さんが研究担当、非常勤の皆も一丸となって来年センター設立30周年に向かって取り組み、元気に駆け回っています。

年末・年始も総出で頑張っていましたよ。

あなたが非常勤として加わることは、皆、大賛成でしょう。

待っています!(村松)

【システムのスタッフは、今】 自分にとっても貴重な、有意義な年越しとなりました

ご連絡ありがとうございます。

万全の配慮で 必要な時に 必要な分だけ 働きます。

 自分にとっても貴重な、有意義な年越しとなりました。

 どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

 

【システムのスタッフは、今】 訪問時に自ら『起きる』と言われ、しっかりと端座位に・・自立で痰も出せました。

訪問して来ました。ちょうど大好きな甥子さんもいらしておりました。
娘さんは『8日に大好きな孫娘が帰って来るので、それまではなんとしてでも頑張って欲しい』と。『その為にはもっとカロリーの高い点滴をして欲しい。食事も食べて欲しいけれど今朝もほんの二口りんごジュースを飲んだだけ・・・』と。
でも、訪問時に自ら『起きる』と言われ、しっかりと端座位になり、このチャンスにと7さじほど召し上がりました。起きた事で痰も上がり、排痰ケアで自立で痰も出せました。30分程座っていましたが、さすがにお疲れになった様で、横になると寝てしまわれました。娘さん・ご本人の気持ちに寄り添っていきたいですね。

【システムのスタッフは、今】 娘さんのお母さんに対する強い思い、それを受け止めるお母様  これまでの訪問看護ステーションへの信頼も厚く、今後も一丸となって支えていきたい。

状況をお知らせいただきありがとうございます。少しでも母娘のいい時間が過ごせるといいですね。娘さんのお母さんに対する強い思い、それを受け止めるお母様、無理せず穏やかな時間となること願っています。またお孫さんが大好きなご本人ですので、顔を見ると喜ばれる事と思います。これまでの訪問看護ステーションへの信頼も厚く、年始以降は、一丸となって支えていきたいですね。年をまたぎながらの調整及び訪問ありがとうございます。付添に入ったみんなも寄り添う力を発揮していただきありがとうございます。これからも心を一つにして看護していきたいですね。

【システムのスタッフは、今】 昨年の暮れに自宅での看取りを決め、急遽退院。あっという間に31日から2日の朝までのシフトが決まりました。 さすがぁ!♪

新年明けましておめでとうございます

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事務所にと頂いた、    

飛騨高山の注連飾りです。

 

昨年の暮れに自宅での看取りを決め、急遽退院。24時間の付き添い看護を希望されたため、皆さんにメールを発信させて頂きました。次々に返信がありあっという間に31日から2日の朝までのシフトが決まりました。さすが!と嬉しかったです。ありがとうございました。

31日からの付き添いが始まり、ご本人はほとんど閉眼したままで気管支狭窄音・湿性咳嗽が聴かれた状態でした。食事もほとんど摂れないため娘さんはどんどん痩せていく、何もできないまま見ているのは辛いと食べさせたい、とその辛さを言葉にしていらっしゃいました。ご本人はボータブルトイレには必ず移動していらっしゃいます。(今でも)娘さんも家が一番、このまま父のように看取ると思いながらも揺れる気持ちを話しています。

その中で、夜はご本人が好きなイルミネーションを点灯し、それを見たご本人は「幸せね、世界一の娘」と仰り、聞いた娘さんは涙ぐんで、そんな良い時間を過ごしてもいらっしゃいます。海外から帰って来られるお孫さんを待っている中、このまま穏やかに でも一口でも食べて欲しい、他にもっと良い方法があるのではないか、娘さんのこの気持ちにどう関わるか、往診医(病状・容態をしっかり説明して頂き、娘さんの納得できるために)の問題も含め考えることが大切だと思います。

【システムのスタッフは、今】 せいぜい2時間ぐらいの訪問と、24時間の付き添い看護との違いは大きく、ご本人の「心の風景」を伝えること、ご家族とご本人を繋ぐことに不足、今年も課題満載・・  

あけまして、おめでとうございます。

本年もよろしくお願いもうしあげます。

昨日は代表の声を聴いて、安心しました。あやうく、今年の初泣きをするところでした。

娘さんのパワーに圧倒され、ご本人の・・・と娘さんの・・・と戸惑いながらでしたが、本人を・・・をぶれるわけにはいかない、と、そこの核は崩さない・・と、意識して行いました。

私にとっては、初めての有料の長時間でした。すべてが初めての体験でした。終わってみて、新年早々、多くの課題があると気付きます。元旦ぐらいは・・・と、想いながらも、逃げ出せない課題なのでしょう。終わってみて、色々考えます。いつかメッセンジャーのセミナー時に、語りを通して、振り返りたいと思っています。

ただ、せいぜい2時間ぐらいの訪問と、24時間とでの違いは大きかったです。娘さんの一つ一つのつぶやきが、本当の思いなのでしょう。何気なく、口から、こぼれる言葉、それを忘れないようにしたいです。それに触れただけでも、勉強させていただきました。

家に連れて帰るのは、パワーのいることで、そのパワーのある人を支えるということは、何をするのか、その人の心情はなんなのか、「心の風景」を考えました。娘さんの「これでよかったのか」「これでいいのか」「入院前の姿になって」など、様々な思いが交差されていました。

ご本人は安定していると思います。むすめさんが、お母さんの状況を受け入れるには、時間と医療者の関わりで、ご本人の様子を見ていただくことなのだろうと思いました。

ただ、今回は看護師として、自信をもって対応することが出来ていない場面もありました。ご本人の「心の風景」を伝えること、ご家族とご本人を繋ぐことに不足があったと思います。

今年も課題満載の1年ということでした。あと364日、精進しなくては・・・。またメッセンジャー研修のときに語って、さまざまな角度からみなさんと考えたいです。              

【システムのスタッフは、今】 0時33分、少し遅れてしまいました、、、 これからも楽しく?修行を積んでいきたい・・・どんぞよろすぐ(^◇^)

もう昨年になりましたが、昨年は、一昨年より大変お世話になりました。実践だけではなく、文章にして実践を振り返る機会があったことは私にとってとっても有意義だったと思っています。そのような機会を下さり、本当にありがとうございました。

在宅で、初めて実践の楽しさ厳しさを知ったのは言う間でもありません。

これからも楽しく?修行を積んでいきたいと思っています。そのためには、村松静子BOSSあってのことです、どうぞご自愛下さいませ。

これがらもどんぞよろすぐお願いすます。(^^)

2015年 kawakana

事故に遭わなければ一時代を築いたに違いない今は亡き、オートレーサー須之内哲也の連載コラム  「須之内 哲也の世界」~もう一度会いたい~

「おれが生きているのは初美のおかげ。ただ、もう一度会いたい」。
その時々の情景を思い浮かべながら、ひたすら心の内を書き綴っていく。事故に遇わなければ・・船橋で注目され一時代を築くとうたわれた元オートレーサー、彼の車名は知る人ぞ知る『ホージョウ』。レースの賞金で自家用車をもらうほどの一流選手で、弟子を十数名も抱え、師匠と呼ばれるほどにのぼりつめていた。しかし、30歳にならない歳で脊髄を砕く大事故に遭い選手生命を閉ざされた。車椅子での生活を余儀なくされ、周囲に当り散らしたこともあった。そんな時、妻の初美さんが見せる悲しそうな顔。「哲っちゃんのニコニコ笑っている顔が一番好き」という初美さんの言葉・・それからの生活はいつも一緒で何をするにもふたりだった。
しかし、初美さんは9年前、彼の手の中で逝った。「哲っちゃん、愛してる」の言葉を遺して・・。


ガンと共に歩んでいた須之内さんは、信頼していた息子と妹さんたちに囲まれて、須之内さんらしく逝きました。最愛の奥様・初美さんのもとへ。

 

「コラムは多くの方たちに読んでもらいたい」そんな言葉を遺して・・コラムはまだ続きます。「家で過ごせてよかったと思うけど、看る方は大変ということもある。それもだけど、きちんと最期を看なくちゃいけないからそれが辛い・・・。」 息子の啓樹さんが発した言葉です。

vol1⇒ こちら

vol.43. 2015-1-1

そのままずっと手を握り締めて夜8時頃まではわかっていたので何時間しゃべり続けるのだろうと、9時頃に初美の手を握りながら皆に電話していた。夜12時ごろだったと思うけれど、このままどうなるのか心配になってWさんに電話して今こうして何時間もしゃべっていて「今まで聞いたことがないような初美の大きな声なんだけれどどうしたらいいでしょうか」と聞いてみた。初美さんが今まで心の中にたまっていたことを全部今はきだしているので話が終ったら静かに逝くと思うので話させて聞いていてあげてと涙声で教えてくれた。

 

私が手を握って子供達にももう片一方の手を握らせながら、「初美がこうしてしゃべり終わったら息を引き取るらしいから三人で看取ってやろう」と初美の両方の手を握りながら初美の話すことを聞いていた。だんだん静かになって眠るようにしていたら、なんか便が出たらしく臭う。少し出ていたので又三人で手分けして下着とパジャマを取り替えた。又手を握っていると又臭うので見ると又少し出てそれの繰り返しでもう何でもいいからビニールのごみ袋に下着もパジャマもすてちゃおうとベランダにだして夜中から朝方まで便が少しづつ9回も取り替えた。紙おむつがいいからと何回目かで紙おむつで身体をタオルで拭くのも三人だけ。男三人でするのはこんなもんかなと話しながら身体だけは綺麗に拭いてあげて少し寝てるようなので安心していたのだが、英先生が山形から電話してきてくれて「今少し寝てるようです」と話して電話を切ったら長男が「ママが大きな息してるよ早くこないと間に合わないよ」と言ったのですぐ手を握って、大きな息をしている初美、「初美もう一回息しろよ」と言ってもう一度息をするのをまっていたけど息はしなかった。すぐ抱きしめて背中が温かいし冷たくなるまで初美を抱いていたかった。

平成11年9月25日9時02分初美が息を引き取った。

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