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2015年6月

【システムのスタッフは、今】何処までも透き通るような青い空を見ていると、吸い込まれて行きそう

梅雨の中休みの様な良い天気ですね。

久しぶりにカラッとした日ですね。

何処までも透き通るような青い空を見ていると、吸い込まれて行きそうです。

昨日の夕日はご覧になりましたか?

空一面が燃えるような紅・紅・紅でした。

同じ空なのに不思議ですよね。(Okuyama

コラム「医師として、武士として」  Vol.69しらうお:その3  安藤 武士 Andou takeshi

Vol.69 2015.6.18しらうお:その3

敬愛していた故・司馬遼太郎氏の書「心に素朴を」というエッセイがある1)。一部を、拝借する。

たいていの人は、他人の常ならぬ ― たとえば人が道に行き倒れになっているような ― 不幸を見たとき、「可哀そうじゃないか」という思いが自然におこり、抱きついて生きからせたいというような衝動 ― 「惻隠の情」 ― をもつ。「惻隠の情」は、孟子の性善説の教えである。

複雑な機能社会を送っているうちに、仕方がない、それでは生きていけない。社会通念に従って生きていけば平穏に暮らせることが身に付く。誰しもがもっている「素朴な心」が薄くなる。大人になるのである。

潜在的に持っている機能を越えた「素朴な心」を、つねに用意していなければ薄いガラス製のようなこの文明はまずいことになるのではないかという。人の難事をみれば、前後の見さかいなしにとびこむ、そうゆう「惻隠の情」を専門的に機能化された職業が、警察官、消防官、医師、自衛官であると言っていいと司馬氏はいう。看護師、介護士も同様である。

先日、どこかの小学校教師が邪魔だからといって、学童の目の前で子猫5匹を生き埋めにしたというニュースを耳にした。涙がながれる思いである。邪魔になれば、命を奪ってもよいということを学童に教えた。我々、大人は「可哀じゃないか」という「素朴な心」を常に持っていなければならない。教師こそ常に「素朴な心」を持っていなければならないはずである。

夕食の知らせが入った。「酒肴はなにかな?」と思いつつ食卓についた。小生は、孟子にはなれない。(完)

【システムのスタッフは、今】寒暖の差があり、湿度が高い

寒暖の差があり、また、湿度も朝方は70%程あったものが
昼近くには50%にまでなるという差のありよう。
体調の崩れる方が多くなってきております。
それもご家族で具合の悪くなる方が・・・。
皆さん気をつけて行きましょう。(奥山)

コラム「医師として、武士として」  Vol.68しらうお:その2  安藤 武士 Andou takeshi

Vol.68 2015.6.13しらうお:その2

30分程すると、全員がそろい「宴」が始まった。まず、ビールと醤油の入った小鉢と小さい金網の「たも」が渡された。名々、「たも」で小鉢から透明な小魚をすくい醤油皿に入れ一気に口にした。小生は初めての経験であったが口に流し込んだ。口の中で跳ねた。噛まずに、ビールとともに一気に飲み込んだ。所謂、「おどり食い」である。小魚の乱舞を一人でじっくり観ていた小生は、妙な気持ちになっていた。何時もと同じように「宴」は楽しく進んだ。お開きとなった。

暫くしてから、家族と「海鮮中国料理」を楽しみに行った。「クルマエビ」の料理があるコース料理を頼んだ。食事がすすみメニューの中頃になったころ、店員が「ガラスの子鉢」と生きた「クルマエビ」をキャスター付のテーブルで運んできた。ガラスの小鉢には、紹興酒が入っていると店員の説明があった。5匹の生きた「クルマエビ」を小鉢に入れ蓋をした。ガラスであるから、「クルマエビ」が飛び跳ね悶えるのが観えた。数分すると、小鉢の中は静かになった。店員は、テーブルを下げた。間もなく「クルマエビの甘から炒め」がテーブルに置かれた。小生も家族も、誰も箸を付けなかった。

 

その後、「活魚の味」を楽しんでいた時期もあったが、小生自身でも理由はわからないが、何事につけて「可哀そう」という気持ちが強くなった。テレビで魚をさばく映像を避けるようになった(続く)。

コラム「医師として、武士として」  Vol.67しらうお:その1  安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。87年より職域病院部長、2001年より職域診療所所長、2010年より佐野市民病院健康管理センター所長、そして 現在は、医療法人社団東華会・介護老人保健施設たかつ施設長として活躍。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

Vol.67 2015.6.しらうお:その1  

「しろうお(素魚)」、「しらうお(白魚)」、旬(早春)の子魚である。いずれも美味とされている。よく似ている。寿司職人に尋ねてもなにかしら説明するが自信をもった回答でないことがわかる。他に「しらす(白子)」という小魚がある。調べてみた。

 「しろうお(素魚)」はスズキ目ハゼ科シロウオ属、 「しらうお(白魚)」はサケ目シラウオ科シラウオ属に属する魚である。「魚類分類」では「しらうお」の「位」がワンランク上のようである。また、「しらおう」のほうが大きい。「しらす」は、カタクチイワシ・マイワシ・イカナゴ・ウナギ・アユの稚魚を指す。生きていると透明であるが、死ぬと白く濁る。

過年、数人の友人と小料理屋で会食したときの話である。小生が一番のりであった。座敷に案内されると、中央のテーブルにガラスの小鉢が置いてあった。その中を忙しく動き回っている5,6センチほどの透明な小魚10数匹が目に入った。テーブルに手をつくだけの振動で、小魚は、気が狂ったように泳ぎ回り、鉢のガラスに頭をぶつけ、また、泳ぎまわり、来たるべき事態を察知しているようである。体の側腹面に黒点が一列なのが「しろうお(素魚)」、二列が「しらうお(白魚)」と資料に記してある。黒点があったことは記憶しているが、どちらかは記憶にない。大きさから言って、「しろうお」と思っている(続く)。

【システムのスタッフは、今】花も雨に打たれて“生き生き”と・・

久しぶりに雨も降り、ちょっとホッとしたのは私達だけでは無いのでは・・・・?

紫陽花の花も雨に打たれて生き生きしたようです。

とても鮮やかな色になってきました。

蛙もにぎやかに鳴いていました。

コラム「医師として、武士として」  Vol.66 死を科学する人の「死生観」:その2  安藤 武士 Andou takeshi

Vol.66 2015.6.4死を科学する人の「死生観」:その2

 

生物の誕生はおよそ38億年前である。最初に海のなかに存在する物質が化学反応を起こし生物誕生のきっかけとなる「たんぱく質」が出来た。

ついで約35億年前、DNAを遺伝子情報として持つ「始原生物」があらわれた。大腸菌で代表される「単細胞」で約20億年続いたが、「遺伝子」セットを一組だけしか持っていないため同じ遺伝子をコピーしながら無限に増殖を繰り返し、親も子もなく絶えず殖えていく生物である。環境の変化などによる「事故死」以外は、「死」は存在しなかった。只々、肥大するだけで、遺伝子は傷だらけになって生存していた。

およそ15億年前、DNAを細胞の「核」に収容する細胞が現れ、ついで、一つの「核」に2組の遺伝子セットを持つ単細胞が誕生した。約10億年前、単細胞が集合し多細胞の生物が生まれ、次いで生殖機能を有し人間のような高等動物にまで進化した。

多細胞生物は、父親役(オス)と母親役(メス)の互いの生殖細胞が合体することにより「オス」と「メス」から1組づつの遺伝子セットを受け継いだ新たな生物(個体)を作るようになった。新たな個体は、「オス」と「メス」からランダムな組み換えにより出来た新しい遺伝子組成を持つことになる。

新しい遺伝子はかならずしも望ましいとは限りらない。それが不良品と分かった場合、個体となる前にその細胞は不良品として排除される。排除される細胞は、「遺伝子にプログラムされた死」を迎える。つまり、「生きるべきか死ぬべきか」を自分で判断している。「性」により「オス」と「メス」の遺伝子をシャッフルすることで、有性生殖を行なう生物の子孫は、常に「新しい環境に適応する」ことのできる遺伝子組成を持つ「個体」となる。「進化した個体(生物)」の誕生である。

老化により異変がおきている遺伝子が生き続け、若い遺伝子を持つ固体と交配し両者が組合わされれば、世代ごとに遺伝子の異変が引き継がれて蓄積していくことになる。このようなことが続けば、いずれは「種」は絶滅し、遺伝子自身が存続できなくなる。この危険性を最も確実かつ安全に回避する手段は、古くなり傷のついた遺伝子を消去すること、「死」である。「生」の連続性を保つため「死」が必要となった。「死」の登場である。

数億年前、「オス」と「メス」による有性生殖が行われるようになってから、生物(個)は必ず「死滅する」宿命を担ったわけである。受精卵を生み新たな個体を作りあげていくことは、「自ら死ぬ」という事がなければ「種」の存続に適した個体をふるいわけることも、精巧な身体の形をつくることも、複雑な生命活動を維持していくことが不可能になる。「死」は「生」に内包された。

生物は有性生殖「性」とともに、「遺伝子に組み込まれたプログラム死」という自己消去機能を獲得したからこそ、遺伝子を更新し、環境に適合し繁栄できる新たな個体を誕生させるようことがきるようになった。

不要になった固体は消滅するが、生物(個体)の「種」は、環境に適した「新たな遺伝子(進化した遺伝子)」を次の世代に引き続ぐ。

死の科学者の「死生観」は、宗教から得られた「死生観」のように「生」から「死」を観るのではなく、「死」から「生」を観ることになる。「死の科学」から「死」の意味を直し「有限の時間を生きる意味」を知ること、「人が生きる意味は、社会のために存在し、自分以外の他者のため、次の世代に何を遺していくことにあるではないか」と著者は述べている。また、科学的な「死」を正しく理解することは、哲学的にも、より本質的な死生観を持つ手助けとなると結んでいる。

反論するわけではないが、著者の論によると生殖期間を過ぎた生物は、科学的には生存する意味のないものとなる。次の世代を遺した後生殖期間が、成長期・生殖期間より長くなっている今日、科学的にも哲学的にも「死」から「生」を考えることが必要であろう。

小生に孫はいない。いずれ小生の個体と遺伝子は現世から消滅する。生物界に貢献することになると思ってよいかもしれない。(完)

コラム「医師として、武士として」  Vol.65 死を科学する人の「死生観」  安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。87年より職域病院部長、2001年より職域診療所所長、2010年より佐野市民病院健康管理センター所長、そして 現在は、医療法人社団東華会・介護老人保健施設たかつ施設長として活躍。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

 

Vol.65 2015.6.1死を科学する人の「死生観」:その1

 死生観は宗教により影響されることは、雑駁であるが理解できたと思います。「宗教」の対極にある「死の科学」に携わっている学者の「死生の思い」をお伝えしたい。無論、科学者を代表としてではなく、「死を科学する研究者」の一人としての「死生の思い」です。

「細胞死」研究の第一人者、田沼靖一博士により、2010年上梓された「人はどうして死ぬか。死の遺伝子の謎」1)を読んでうなずくことが多かった。

人体(個)を形成している細胞の死には2通あるという。「細胞」が微生物や外的損傷を受け死滅する「壊死」、「個」に及べば「病気」「死」につながる現象である。

もうひとつは、「細胞」にある遺伝子に組み込まれたプログラムにより、遺伝子を形成しているDNAが細かく裁断され飽食細胞で処理される「プログラム細胞死」がある。細胞の「自殺」と言われている。一日、ステーキ1枚分(約200グラム)の細胞が自殺し、新たな細胞と入れ替わるという。皮膚の場合は、約1ヵ月で入れ替わる。自殺した皮膚細胞は「垢」となる。皮膚は再生する。脳細胞は、一日、約10万個、自殺すると言われている。これは生涯続く。残念であるが、脳細胞は再生しない。脳は萎縮するのみである。

生物は、「壊死」による「事故」「病気」を免れても、「プログラムされた死」からは免れることは出来ない。人は、120歳になるとそのプログラムが発動し「全細胞は自殺」する。個体の「自然死」である。

何故、生物の細胞は「自殺する」システムを持ったのであろうか。生物の歴史を辿ってみなければならい(続く)。

参考資料

1)田沼靖一:「人はどうして死ぬのか。死の遺伝子の謎」、幻冬舎.2010年.

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