コラム「医師として、武士として」 Vol.66 死を科学する人の「死生観」:その2 安藤 武士 Andou takeshi
Vol.66 2015.6.4:死を科学する人の「死生観」:その2
生物の誕生はおよそ38億年前である。最初に海のなかに存在する物質が化学反応を起こし生物誕生のきっかけとなる「たんぱく質」が出来た。
ついで約35億年前、DNAを遺伝子情報として持つ「始原生物」があらわれた。大腸菌で代表される「単細胞」で約20億年続いたが、「遺伝子」セットを一組だけしか持っていないため同じ遺伝子をコピーしながら無限に増殖を繰り返し、親も子もなく絶えず殖えていく生物である。環境の変化などによる「事故死」以外は、「死」は存在しなかった。只々、肥大するだけで、遺伝子は傷だらけになって生存していた。
およそ15億年前、DNAを細胞の「核」に収容する細胞が現れ、ついで、一つの「核」に2組の遺伝子セットを持つ単細胞が誕生した。約10億年前、単細胞が集合し多細胞の生物が生まれ、次いで生殖機能を有し人間のような高等動物にまで進化した。
多細胞生物は、父親役(オス)と母親役(メス)の互いの生殖細胞が合体することにより「オス」と「メス」から1組づつの遺伝子セットを受け継いだ新たな生物(個体)を作るようになった。新たな個体は、「オス」と「メス」からランダムな組み換えにより出来た新しい遺伝子組成を持つことになる。
新しい遺伝子はかならずしも望ましいとは限りらない。それが不良品と分かった場合、個体となる前にその細胞は不良品として排除される。排除される細胞は、「遺伝子にプログラムされた死」を迎える。つまり、「生きるべきか死ぬべきか」を自分で判断している。「性」により「オス」と「メス」の遺伝子をシャッフルすることで、有性生殖を行なう生物の子孫は、常に「新しい環境に適応する」ことのできる遺伝子組成を持つ「個体」となる。「進化した個体(生物)」の誕生である。
老化により異変がおきている遺伝子が生き続け、若い遺伝子を持つ固体と交配し両者が組合わされれば、世代ごとに遺伝子の異変が引き継がれて蓄積していくことになる。このようなことが続けば、いずれは「種」は絶滅し、遺伝子自身が存続できなくなる。この危険性を最も確実かつ安全に回避する手段は、古くなり傷のついた遺伝子を消去すること、「死」である。「生」の連続性を保つため「死」が必要となった。「死」の登場である。
数億年前、「オス」と「メス」による有性生殖が行われるようになってから、生物(個)は必ず「死滅する」宿命を担ったわけである。受精卵を生み新たな個体を作りあげていくことは、「自ら死ぬ」という事がなければ「種」の存続に適した個体をふるいわけることも、精巧な身体の形をつくることも、複雑な生命活動を維持していくことが不可能になる。「死」は「生」に内包された。
生物は有性生殖「性」とともに、「遺伝子に組み込まれたプログラム死」という自己消去機能を獲得したからこそ、遺伝子を更新し、環境に適合し繁栄できる新たな個体を誕生させるようことがきるようになった。
不要になった固体は消滅するが、生物(個体)の「種」は、環境に適した「新たな遺伝子(進化した遺伝子)」を次の世代に引き続ぐ。
死の科学者の「死生観」は、宗教から得られた「死生観」のように「生」から「死」を観るのではなく、「死」から「生」を観ることになる。「死の科学」から「死」の意味を直し「有限の時間を生きる意味」を知ること、「人が生きる意味は、社会のために存在し、自分以外の他者のため、次の世代に何を遺していくことにあるではないか」と著者は述べている。また、科学的な「死」を正しく理解することは、哲学的にも、より本質的な死生観を持つ手助けとなると結んでいる。
反論するわけではないが、著者の論によると生殖期間を過ぎた生物は、科学的には生存する意味のないものとなる。次の世代を遺した後生殖期間が、成長期・生殖期間より長くなっている今日、科学的にも哲学的にも「死」から「生」を考えることが必要であろう。
小生に孫はいない。いずれ小生の個体と遺伝子は現世から消滅する。生物界に貢献することになると思ってよいかもしれない。(完)
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