2026年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
フォト
無料ブログはココログ

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

2015年8月

コラム「医師として、武士として」  Vol.72親 族:争いの遺伝子   安藤 武士 Andou takeshi

Vol.72 2015.8.29親 族:争いの遺伝子(3)

2万8千年ほど前、地球の孤児になった、我々、ホモ・サピエンスの歴史である。人類の歴史をおさらいしながら話を進める。 

500万年前、アフリカでゴリラ、チンパンジー、ピグミー、ボノポから別れ将来「ヒト」となる「猿人」が誕生した。その一部は、アフリカ大陸を南北に走る大地溝帯の西側の熱帯雨林帯に生息した。東側に残された「猿人」は、狩猟採集民として獲物を求めて草原を移動しながら狩猟・採集生活に有利な二足歩行を始め草原の暮らしに適応できる能力を身に着けた。初期人類は、生息に適した土地を求めてアフリカの北東部に移動した。更に、170万年前、「猿人」から進化した「原人」と言われるホモ・エレクトスや、20万年前出現した「旧人」ネアンデルタール人の一部は、北アフリカ、シナイ半島、南ヨーロッパ、西アジアに移動した。アフリカからの脱出したのである。 

アフリカの北東の片隅に残った我々の祖先集団は、5000人ほどの集団に減り他の集団と争いながら生息していた。最終氷河期にあたる5万年前、「新人」と言われる我々のご先祖様であるホモ・サピエンスの内、幼児を含めた150人がその生息地を抜け出し、シナイ半島を経由し、まず、東アジアを沿海ぞいに移動、次いで東南アジア諸島を経てオーストラリア大陸に渡った。アフリカからの二次脱出である。ホモ・サピエンスの生まれ故郷は、現在の所、アフリカの北東に位置する「エチオピア」が最有力候補である。 

更に、東に向かい氷河で埋め尽くされたベーリング海をわたり北アメリカ、南アメリカへと移動し全世界にホモ・サピエンスが拡散した。もともと、狩猟・採集人種であったが、各地で「定住人種」となった。180万~170万年前に東アフリカから脱出し、既に定着していた先住民のホモ・エレクトスと壮絶な戦いがあったことは容易に想像される。彼らは7万年前絶滅した。人類、最強と言われる兄弟・姉妹にあたる南欧のネアンデルター人と闘い28千年前、我々は勝ち残った。 

世界各地に進出したホモ・サピエンスは、各地で定住し新たな集団を作った。アフリカ、ヨーロッパ、東アジヤ、東南アジヤ、南北アメリカなどである。定住するにしたがい「家族」が社会集団の基本単位となった。その集団のなかに血縁関係、性、年齢を基に序列をつけ男性が政治的に支配するようになる。社会をまとめているのは血縁関係であり、身内だけに目をかけるようになる。定住により資源の奪い合いになる事は容易に想像がつく。生き残りをかけた「基本単位」の縄張り争いが一層激しくなった。 

猿人が、500万年前、2足歩行を始め狩猟・採取民になり、さらに「定住人種」となってから生き抜くために他の「人種」や「集団」と争い、今日の現世人類(ヒト)になったのであるから「力」による紛争の解決は「本能」になっていたのである。「争う遺伝子」が「ヒト」に刷り込まれたことになる。 

「遺伝子」は固定していない。「突然変異」、「自然選択」、「遺伝的浮遊」と言われる現象で常に変わる。「遺伝子」が変われば徐々にではあるが「ヒト」そのものも変わる。変化した「環境」に変化した「遺伝子」が適応したことを「進化」と定義されるので、「ヒト」の生き残りに絶対というものはない。「環境」と「遺伝子」のかね合いで生存できた「生物」が、現在の「ヒト」なのである。 

戦争による死亡者は、19世紀は1940万人、20世紀は1億8千万人と言われる。500万年前から、今日まで、「戦」で亡くなった人の数は分からないが、20世紀は決して少ない数ではない。 

北東アフリカから5万年まえに脱出した我々、ホモ・サピエンスは現代人の「遺伝子」を遡ると、Y遺伝子は唯一人の男性に、ミトコンドリアDNAは男女問わず一人の女性に集約されると言われている。現在、地球上には、5億1千Km2の世界に73億人が生息しているが、我々は「生物学的親族」なのである。「争う遺伝子」が、「平和の遺伝子」に代わるのは何時であろうか。(完) 

[参考資料]

1. ニコラス・ウェイド著 安田喜憲監修:5万年前:(株)イースト・プレスト、2008年

. 戦争の被害者 :http://matsusiti.tumblr.com/post/2149584056/ 

3.人類の進化:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E3%81%AE%E9%80%

コラム「医師として、武士として」  Vol.71親 族:争いの遺伝子   安藤 武士 Andou takeshi

Vol.71 2015.8.25親 戚:争いの遺伝子(2) 

前号で、「お寺の過去帳」で自分のルーツを知ることが出来るが、現代では遺伝子解析で「親族」のことは無論、「全人類の血のつながり」を知ることができるようになったことを記した。

 

以下は、長い歴史を経て得られた考古学的知見から、現代科学の遺伝子情報で確認された事実を、関係書を参考に人類の歴史を簡潔に記す。無味乾燥な言葉の羅列であるが、文章に起承転結を付けねばならず、お付き合いいただきたい。

500万年前、チンパンジーと別れ「人類」のルーツである「ヒト亜族」に属する「猿人」から、時を経て「現世人類:新人」と言われるホモ・サピエンスが誕生した。我々である。

「ヒト亜族」は、アルディピテクス属、アウストラロピテクス属などを初めとする数種の「猿人」からなるが、我々は、「アウストラロピテクス属」から進化した「ホモ属」に属し、「ホモ属」から「原人」と呼ばれる数種の「人種」が誕生した。40万年から25万年前、ホモ・ハイデルベルゲンシスという「原人」から「新人」と呼ばれる、我々、ホモ・サピエンスが誕生したのである。従って、ホモ・ハイデルベルゲンシスは我々の親筋にあたる。

我々の祖先であるアウストラロピテクス属を「幹」とする「人類の系統樹」を見ると、環境に適した「枝葉」はすくすくと育ち、ある「枝葉」からまた新らたな「枝葉」が伸びているが、成長せず枯れた「枝葉」が多くみられる。人種間、身内同志の「争い」や「遺伝的要因」で枯れてしまったのである。絶滅したのである。

「人類の系統樹」を見ると500万年で20数種の「人種」が生存していたことが分かる。現在、我々、ホモ・サピエンスが最上位にいる。180万~25万年生存していた原人ホモ・エレクトスは、我々の大叔父・大叔母に当たり、アフリカを脱出し北アフリカ、欧州、中央アジア、東アジアに生息した。約70万~60万年前に誕生した旧人ネアンデルタール人は兄弟・姉妹にあたり、アフリカを脱出し中東、地中海沿いの南欧を縄張りとした。

ホモ・エレクトスは中東地区で20万年前、他の地区では7万年前に絶滅した。ネアンデルタール人も28千年前にホモ・サピエンスと争い絶滅した。結局、最後に残った「ヒト」が、我々、新人ホモ・サピエンスである。我々は、親族である大叔父・大叔母、兄弟姉妹との生存競争に勝ったが、地球の孤児になってしまったのである。環境の変化に適応する能力に優れ、知能が他の親族より長けており、「戦」上手であったからと言われている。

良く知られている「ジャワ原人」は、ホモ・エレクトスに属し、180万~170万年前にインドネシアのジャワ島に生息していた。「北京原人」もホモ・エレクトスに属し78万~68万年前、存在したと言われる。同族という事になる(続く)。

コラム「医師として、武士として」  Vol.70親 族:争いの遺伝子   安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。87年より職域病院部長、2001年より職域診療所所長、2010年より佐野市民病院健康管理センター所長、そして 現在は、医療法人社団東華会・介護老人保健施設たかつ施設長として活躍。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

               

Vol.70 2015.8.21 親 族:争いの遺伝子(1)

新聞の死亡欄に、「近い親族で『密葬』を行った。」という記事がよく目に付く。「密葬」は、近親者で行う葬式であることであることは想像がつく。「親族」は、血縁関係にある人と漠然と理解しているが血の繋がりがどの範囲までの人を「親族」と言うのか分からない。国語辞書では、「親族」は血筋(自然血族)や縁組(法定血族)によってつながっている人々とある。 

社会的規範は法律を見る必要がある。明治29年に制定された法律89号(民法)、第4編、第725条には「①6親等以内の血族、②配偶者、③3親等以内の姻族」と「親族」の範囲が規定されている。 

6親等以内とは、自分の「直系」では「曾おじいさんの曾おじいさん、子、孫、曾孫、玄孫、来孫、昆孫」までと世代の幅は広い。「兄弟姉妹、甥姪に続く6親等以内」も親族であるが、「直系」に対し「傍系」と言われる。 

「姻族(姻戚)」は、婚姻により親族となった者で、夫からみて妻方の3親等内の者(曽祖父母、兄弟、甥姪)と定められている。「姻族」は、俗に「義理の・・・」と表現される人達である。 

「親戚:しんせき」と「親類:しんるい」は「同義語」で、共に4親等以内の「血族」と3親等以内の「姻族」を指すと何かに記してあったが民法の規定にはない。それ以外に、尊属(先祖)、卑族(子孫)という言葉もある。民法に定められている「親族」は、安定した国の運営を図るため、国民を社会的規範(法律)で束ねている国の基本である。 

「近い親戚」、「遠い親戚」という言葉もある。「近い親戚」は、雑駁に言うと「直系」では4親等内(曾おじいさんの親、兄弟と甥姪、その連れ合)、「姻族:姻戚」では連れ合いの3親等内を「近い親族」というのであろうか。これも規定する「法」はない。 

本邦の人口は、12千万人余であるが、身内と呼ばれる「親族」は、意外と大人数で、数百人、殊によると千人近くなる親族もあるのではないか。国が、多くの「親族」を国民として束ね主権国家の基本としている。 

社会を構成している人を、大雑把に「他人」と「身内」とに分けると、「他人」や「身内」でも「いがみ合い」や「骨肉の争い」が起こるのは日常茶飯事である。古来、地域集団で争い勝利者がその地域を支配する。日本では、物部氏と蘇我氏、平将門と朝廷、源氏と平氏との争いが物語っている。 

今も、国、宗教の違いでどこかで争いが起きている。最近では、同族会社の経営争いが世間を賑わしている。争いは「人類」の生まれ持った「性」、「争いの遺伝子」を持っているのであろうか。 

「親族」のつながりは、社会的には菩提寺の「過去帳」で知り得るが、2003年、生命の設計図である遺伝子本体の「DNA」に書き込まれている遺伝子情報が解明されて以来、生物学的「親族」を知ることが出来るだけではなく、「全人類の血のつながり」を知ることができるようになった(続く)。 

【システムのスタッフは、今】「み~んみ~ん」に交じって「つくつく法師」も・・秋が近づいていますね。

こんにちは。暑いですね~。   

でも、幾らか夕方と早朝は涼しくなってきました。

セミの鳴き声も、「み~んみ~ん」に交じり「つくつく法師」が鳴き始めています。

秋が近づいてきています。

今週末は急遽制度枠外のケースが二件入りましたが、スタッフの皆さんのおかげで訪問もお受けする事が出来ています。

【システムのスタッフは、今】制度枠では担いきれない在宅看護が続いて・・・可能な限りご希望を汲んで、土・日関係なく、夜間も対応。良い時がお過ごしになれるよう、常勤・非常勤一丸となって

酸素を外しても88%程あり、トイレに行くと言って起き上がりそうにもなった、と。

昨日よりも元気がでてきている様です。

「家に帰る」何事にも勝るカンフル剤ですね。良い時が過ごせる様に支援したいです。

明日、もうお一人、

癌末期で退院準備をしていたが難しく、一時帰宅の付添です。

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

最近の記事