2026年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
フォト
無料ブログはココログ

« 2015年12月 | トップページ | 2016年2月 »

2016年1月

【システムのスタッフは、今】昨日の「新春シンポジウム」・・30周年という節目の年です。皆で「新たな挑戦」を!

昨日の「新春シンポジウム」大変お疲れさまでした。 
各自の持つ”看護観”とても価値ある発表であったと思います。
学生時代を思い出し、あの時は分からなくても今分かり得たり、
数々の経験の中で更に膨らんだもの様々です。
また、私達は看護にとどまらず更に発展させて行かなければなりません。
30周年という節目の年です。
皆で「新たな挑戦」をして行きたいですね。
心を一つに、頑張りましょう。

【システムのスタッフは、今】内部の新春シンポジウムの詳細が決まりました。テーマは 「私の看護観と新たな挑戦」

暖かい冬でしたが、「大寒」を迎え寒さも厳しくなってきました。 

さて、新春シンポジウムですが詳細が決まりましたのでお知らせいたします。

一人7分位をめどに発表をして頂きたいと思います。

皆さんの発表から、ますます話が膨らみ実りあるシンポジウムになればと思います。(O)

【システムのスタッフは、今】 昨日の内部カンファレンスで言葉の重みを痛感! 明日は『鏡開き(鏡割り)』 御雑煮、お汁粉、かき揚げ餅・・・等何に?

明日は『鏡開き(鏡割り)』ですね。

神様にお供えした物を頂くのですが今は鏡餅も便利になって来ています。

御雑煮、お汁粉、かき揚げ餅・・・等何に致しましょうか?

 

昨日は急ではありましたがCFを開きました。

ご本人が家族を思う気持ち、家族が彼を思う気持ち・・・。

家族だからこそ生まれる思いを、面と向かっては話せないのですね。

でも、この人なら気持ちを分かってもらえる・・・というようなNsになら普段の何気ない会話の中に様々な思いが詰まっているのです。

彼の気持ちの中で思っている事を整理し、今後どの様にして行きたいか、何が心配なのか

彼の言葉で話せるように環境を整えて行く。

それができればきっと心穏やかに過ごして行く事が出来るはず。

何事かが起きても、適切に対応して行く事が出来るのでは。

言葉の持つ重み、を痛感したCFになりました。

【システムのスタッフは、今】 1月23日(土)は、内部の新春シンポジウム。今年は「私の看護観」、一人7分程度で!

ポツポツとお正月気分も抜け、いつものペースに戻ってきた頃ではないのでしょうか。

来たる123日(土)に開催される新春シンポジウムですが、

昨年の「主体的な医療をうける」、一昨年の「寄り添う看護」をふまえて今年は「私の看護観」を皆さんに話して頂こうと思います。

7分程度でまとめていだきたいと思います。

発表後、原稿の提出をお願いします。時間等の詳細は後ほど改めてご連絡いたします。(O)

【システムのスタッフは、今】 明けましておめでとうございます。今年はわが社にとって節目の年、「ここなら・・・」と誰もが思ってもらえるステーションを目指して・・・

明けまして  おめでとう  ございます 

勤務をされていた方々、お疲れ様です。有難うございました。

暖かで、穏やかな”お正月”を迎えられた事と思います。
本年も宜しくお願い致します。
 

今年は節目の年でもあり、また時代の流れで介護保険制度も
更に変わりつつあります。
新宿区内にはH26年12月末で30箇所の訪問看護ステーションがあります。
その中で、「ここなら・・・」と誰もが思ってもらえるステーションを目指して行きたいと
思います。
 
皆様宜しくお願い致します。

コラム「医師として、武士として」 Vol.76子育て 安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。87年より職域病院部長、2001年より職域診療所所長、2010年より佐野市民病院健康管理センター所長、そして 現在は、医療法人社団東華会・介護老人保健施設たかつ施設長として活躍。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

Vol.76  2016.1.2 「子育て」

 「子育て」には手がかかる。大変である。だからこそ一層、愛らしく感ずるのではなかろうか。

 過年の3月頃の話である。夜、11時過ぎ、小生宅の玄関のチャイムが鳴った。家人はすでに床に就いていたので、小生が対応した。ドアを開けると、小さなダンボール箱を持ったご婦人が、「玄関先に置いてありました。」と言って、小生に蓋のないダンボール箱を差し出した。反射的に受け取った。ご婦人は、何も言わず立ち去った。

 居間でダンボールの中を覘いた。3匹の臍の緒が取れたばかりの眼もまだ開いていない赤ちゃん猫が、底にうごめいていた。

 すぐ、家人を起こした。家人は、「またぁ~。」と言って、どこからかぼろタオルを持ち出し、赤ちゃん猫を包み、粉ミルクと猫用哺乳瓶を用意し一匹づつミルクを飲ませた。赤ちゃん猫は必死に乳首に吸いつき、満足すると吸い付くのをやめた。家人は、3匹の哺乳を終えた後、ダンボールの底に“ぼろきれ”を敷き詰め、赤ちゃん猫が温まるように寝つかせた。

小生が「どうする?」と尋ねると、家人は後かたづけをしながら「仕方がないじゃない。」と眠そうに言った。一段落し、これからの事を打ち合わせた。3時間ごとに哺乳しなければならないことを知った。夜11時に始めたから、次は午前2時、5時となる。結局、夜の8時、11時、午前2時の保育は小生が担当することになった。猫用哺乳瓶の使い方は慣れていないと難しいので、小生はミルクを注射器で目薬瓶に入れ哺乳ビンとした。哺乳が終わり下腹部をさすると勢いよく放尿する。これが赤ちゃん猫の「子育て」の基本である。

 数週間たつとダンボールの中を処せましと駆けまわるようになった。ダンボールは次第に大きなものが必要になった。餌(家人は食事と言っている)もミルクから缶詰のペットフードになった。「トイレ」の躾を始めた。応接間の床に数枚の新聞紙を敷き、その上にバスタオルを置く。赤ちゃん猫は当初は勝手な所で用を足すが、しばらくすると同じところでするようになる。自分の臭いで分かるのである。

 用を足したタオルの部分を切り取り、小さな箱に「猫砂」と一緒に入れておくと赤ちゃん猫は、時にはおそそもするが自分の臭いのする「猫砂トイレ」で用をたすようになる。「トイレ」の躾の完了である。

 「生後3週、トイレ可、予防接種済」などの情報を添え書きした「赤ちゃん猫の写真」を通りに面したガラス窓に貼り付け貰い手を待った。2匹の貰い手は直ぐついたが、一匹はなかなかなかった。2ヶ月も経つと家中を駆け巡り、小生が帰ると玄関で足にまとわりつくようになった。可愛い。心の中で「クロ」と名付けた。家人は、すでに家猫もいるし2匹はだめと言っているが、このまま家で飼っても良いかなーと貰い手がないことを願うようになった。日に日に可愛さは増した。帰宅が楽しくなった。

 とある日、家に帰ると何時ものようにとびつく「クロ」がいない。「どうしたの?」と家人に聞くと、「貰い手があったの。猫砂と缶詰を付けて渡したの。良かったわ。」と喜んでいた。

小生の「子育て」は終わった。(完)

« 2015年12月 | トップページ | 2016年2月 »

最近の記事