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2016年3月

【システムのスタッフは、今】『3/24』 お誕生日、沢山のお花やメッセージをありがとうございました。世代が変わっても、当初からの看護に対する想いは今も昔も変わらず繋いでいきます。 自転車の道すがら・・・しだれ桜の桜色が優しい

桜も咲き始めましたが、まさに花冷えですね。
日差しは暖かですが風が冷たく感じます。
春はなのみ・・・?
 
『3/24』 お誕生日でした。
ささやかですが皆さんでお祝い出来た事、大変嬉しく思います。
沢山のお花やメッセージも届きました。
様々な方から支えられ『30歳』を迎えられました。
時代の流れの中で激流に飲み込まれそうになりつつも、当初からの
看護に対する想いは今も昔も変わらず、最先端です。
今後ともこの思いを繋いで行くように、気持ちをますます一つにして
ゆきたいです。
(奥山)
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自転車の道すがら撮った桜たちです。しだれ桜の桜色も優しい色です。
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土筆は、ステーションの近くの空き地で見つけました。

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新宿と土筆、訪問先のご高齢の方にお見せすると「昔は良く見たけど、懐かしいね、」と一寸不思議な風景です。(鈴木)

【システムのスタッフは、今】3月24日の夜の会では、看護の本質を実践を基盤に探求し、主体的医療をめざして、時代をつないでつむいでいくことを確認!

3030年前の創立時のはなしをうかがい、「変化を起こし続けて、今では在宅が当たり前に変化してきたこと」 そして、「変化は、対話なくしてはおこせなかった」こと。これからも看護の本質を実践を基盤に探求し、主体的医療をめざして、時代をつないでつむいでいきます。と、確認した、会でした(武田)

作家・遠藤周作氏の「ボランティアでは無理・会社にして!」の後押しを受けて誕生した日本初の民間在宅看護会社『在宅看護研究センター』は、この3月24日満30歳。集大成として、5月8日記念行事を催します。

振り込み先の口座番号、掲載ミスがありました。再度赤数字のご確認をお願いします。

Teisei_chirashi30_01満席になり次第、締め切らせていただきます。
お問い合わせは、03-5386-2427 (30周年企画担当)へ

【システムのスタッフは、今】神田川の桜のつぼみも膨らみ、咲き始めました。久しぶりに内部で集まり、内輪で30周年懇親会、それはそれは賑やかでした

324324_8・・♪・・♪・・♪

昨日は元気な会でした。30周年を迎え、これからの看護実践へのパワーを感じました。

久し振りに元気な鬼さんにも会うことができて嬉しかったです。

今日は在宅看護研究センターの創立記念日。あれから30年、ついに、『メッセンジャーナース 看護の本質に迫る』(看護の科学社)が私の手に・・・強い社会的要請があることを念頭に、メッセンジャーナースの実用化をめざします。

昨夜、看護の科学社の編集者・濱崎さんが持参して下さった1冊の本、それは、2010年に誕生したメッセンジャーナースの5年間の取り組みをまとめた『メッセンジャーナース 看護の本質に迫る』でした。
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<目次>

1章 私のメッセンジャーナース事始め

2章 <研究報告>メッセンジャーナースの活動について 研究的立場から

3章 全国各地のメッセンジャーナース ―本来の看護の力を発揮したい

4章 患者・家族の「こころの風景」―その心に向き合って

5章 被災地におけるメッセンジャーナース ―「ここさこらんしょ」で心の復興を

6章 メッセンジャーナース研鑽セミナーとそこでの学び

7章 メッセンジャーナース認定協会の設立と関連事業について

8章 これからのメッセンジャーナースの挑戦

この1冊を手にして、これまでとは違う何かを感じ、心が奮い立ちました。

全国の皆さんより一足先に、本日、日本在宅看護システム社に所属する若手主催の内輪の「懇親会」で配ろうと準備しているところです。

希望された皆さんには、これからまもなく届けられるようになっていますので、あと少しお待ち下さいね。(村松)

コラム「医師として、武士として」 Vol.77 チラシと健康     安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。87年より職域病院部長、2001年より職域診療所所長、2010年より佐野市民病院健康管理センター所長、そして 現在は、医療法人社団東華会・介護老人保健施設たかつ施設長として活躍。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

Vol.77 2016.3.9チラシと健康

 スーパーマーケットを知らない人は、まず居ない。これにも歴史がある。スーパーマーケットの名称は「伝統的な市場を超えるほどの商店」という意味で作られた造語である。通常、商店は対面販売が伝統的なスタイルであるが客が自分で品物をとるセルフサービス方式が1916年にアメリカで始まった。これを大規模にし色々の商品を揃えたものが、現在のスーパーマーケットである。周知のことである。創始者は特許をとっている。特定の品目を専門的に扱うのでなく、通常、幅広い品目の商品を取り揃えている。初期は食料雑貨の販売が中心であったが、1920年ごろから生鮮食料も販売するようになった。

 日本では、スーパーマーケットという名称が流入したのは、1952年、大阪であるが、実質的にセルフサービスのスーパーマーケット(スーパー)がオープンしたのは、1953年、東京の港区青山にある「紀伊国屋」といわれている。

 わが家の周辺に大型スーパーが2店舗ある。A店は野菜・魚介類、B店は肉類が高品質で廉価との評価が定着している。先日、2店舗の規模を上回るスーパーが開店した。小生宅は、3店舗の中央に位置するため家人は、新聞の折り込み広告(チラシ)をチエックし購入する予定の商品にマジックで記しをつけ、メモ用紙に書き移している。ご近所様と情報を交換しあい買い物に出る。お店に行きチラシに表記してある値段より廉価とわかると、スーパー仲間にすぐ知らせる。また、「朝市」、「マグロの解体ショー」の日取りの情報も飛び交う。ついに小生も新規開店のスーパーに出向くことになった。その規模の大きさと品ぞろえに驚いた。米、野菜、酒、肉は、各県、各国の銘柄がずらりと並んでいるだけでなく、生産地・生産者の名前だけでなく顔写真も表示されているものもある。ワイン、ビール、ウイスキー、コヒー、紅茶等は国別にずらりと並んでおり壮観である。当然、みそ、しょうゆ、香辛料、その他、どのスーパーにもある日常品も同様、整然と並んでいる。

競争に勝ち抜くため店舗も苦労していることは想像に難くないが、消費者も廉価で美味しいものを手に入れるため溢れんまでの情報を頭に入れ歩き回らなければならない。生鮮食料品は午後になると値段が変わることもあるようで、情報交換のためご近所さんとの普段のお付き合いは欠かせないようである。 

家人は、計画していた買い物を忘たり、衝動買いをして後悔しているが、夕刻、万歩計をみて「まだ8,000歩だわ。チヨット出てくる。」と言って外家する。家に戻ってくるときは、必ず「レジ袋」をぶら下げている。10,000歩以上を確保したら当日の外出は終わりとしている。小生の友人にはなしたら、「内はタブレットで新聞をとってないので、チラシがなく家内が困っている。」という。高層マンションに住んでいるのでエレベータで上り下り、歩く機会がないと「こぼしている。」らしい。

奥様属にとって、新聞のチラシは家庭を支える重要な情報源であるが、健康確保にも役立っている。しかし、小生宅はチラシ情報を得るため新聞3紙をとらねばならない。小生のボケ防止に役立っていればこの上ないのだが。(完)

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