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2017年10月

コラム「医師として、武士として」  Vol.88 「デジタル」と「アナログ」     安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。87年より職域病院部長、2001年より職域診療所所長、2010年より佐野市民病院健康管理センター所長、そして 現在は、医療法人社団東華会・介護老人保健施設たかつ施設長として活躍。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、これらの5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。やはり'武士'にして"武士"ここにあり。

Vol.88 2017.10.29  「デジタル」と「アナログ」                   

 

「健康診断」を受けたことがない人は極めて少ないのではないか。「結果報告書」を手にした人は、まず自分が一番気にしている検査項目に目をやる。検査項目の判定が、「A:正常」、「B:正常範囲」を目にすれば、ホッとする。「C:経過観察」であれば、“まあまあ“と安心するが、何に注意すれば良いのか知りたくなる。「D:要精査」、「E:要治療」が表記されていると、”やっぱり”、“どうしよう“とふさぎ込む。そんなはずないと深刻に考えないようにするが、気持ちに引っ掛かりをもった日々を送る。

 血圧の評価である。日本高血圧学会では、至適血圧、正常血圧、正常高血圧、I度高血圧、II度高血圧、III度高血圧と血圧を細かく「区分」し、区分に応じた評価している。「正常高血圧」は判定「C」と表示される。正常高血圧とは何ぞやという事になるが今回はそれに触れない。I度高血圧:140/95mmHg以上になると、「高血圧症」と病名がつく。更に高くなると降圧剤服用が必要になる。連続的な値を区分し評価される。通知を受けた受診者は140/95と139/94とどこが違うのだろうかと思うはずである。

ヒトは生物に属する。生物の生理学的、代謝の変化は全て連続性が保たれている。生体活動を「区分」し、右・左に分けることは現実的にはやもうえないが、個人としては釈然としない思いがある。

学校の試験も同様である。70点以上を合格、未満は追試。70点と69点の差は、学問上どこがどのくらい違うのであろうかと69点の学生は嘆く。数字で値や量が「離散的」(とびとび)なって表示されることを「デジタル」という。一方、

重量・長さ・回転数・電流、時間など連続的に変化するで示すことを「アナログ」という、と辞書に記されている。人を含めた自然界では、全て「アナログ」で動いている。時に、ある限界点に達するとそれ以前と全く様相がことなる現象を見せることがあるので、自然界にも「デジタル」という現象もないではないと書物に記されている。比喩的に、物事を割り切らず、曖昧さを残しつつ理解する人のことを「アナログ人間」と呼ぶこととがある。今日ではあらゆることが「デジタル」で表示されている。「デジタル」という文言知らなくても「デジタル」生活を、疑問に思う人はいない。従って、「アナログ人間」を「古くさい人間」と揶揄することもある。

「芸術」はデジタルで評価されない。表現されていることが人の感動を与えるかどうかという、芸術性で評価される。レオナルド・ダビンチの「モナ・リザ」とエドバルト・ムンクの「叫び」で理解できる。芸術性の有無に優劣の区分は付けられない。

医療の場合である。現代の医療は「アナログ」を許さない。全て、得られた検査値を「区分」しそれに見合った対応をしないと、“やぶ医者”といわれる。“やぶ”で済めば良いが、訴訟問題が起きた時には法的にペナルティーがかかる。

「健康診断」の「判定」は「デジタル」で処理するのもやもうえないが、老練な医師になると「デジタル」よりも「アナログ」医療になる。経験的に人はそれぞれが違うということを肌で知っているから「アナログ」で判断する。経験豊かな医師は意識せずとも「アナログ」人間となる。

「認知症」の診断である。入り口検査として医療関係者はご存知の長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)が用いられることが多い。長谷川式で通用する。

30点満点で21点以上は正常、20点以下は認知症の疑いあり、と診断される。1点差で,あの人、「認知なの」と陰で囁かれる。実生活で21点と20点とに違いはどこにあるのだろうかと思う人はいるはずである。 受けなければ「認知」と言われないで済む。

小生は「アナログ人間」を好む。自身、「アナログ思考」で物事を処理することが多い。従って、好い加減な「ヒト」と評価されている。

殊に最近、「デジタル思考」を避けている。小生は、長谷川式と聞いただけで話題を他に移す。数年前、「自動車免許証」は返納し「自動車経歴証明書」を携帯している。更新に際し、何かあらたな試験を受けなければ制度になっていると聞いている。(続)

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1986年3月24日、開業ナース集団の在宅看護研究センターは誕生しました。組織替えにより、その収益事業部門として1992年に設立したのが日本在宅看護システム在宅看護は今の時代に合わせて進化させなければいけません。看護の本質にこだわりつつ、本来あるべき看護、今の時代に看護師としてやるべきことを様々な形で追求・追究しています1999年には在宅看護研究センター付属訪問看護ステーション を設置。
 

・勉強会を開催するなかで、全スタッフが今求められている看護を提供し、1つの方向に向かって行動する。今の時代に即した新しい日本在宅看護システムの構築が進んでいます。 

【看護は実践なくして語れません。 看護は実践なくして評価されません】 私たちは、実践・教育・研究を軸に誕生した在宅看護研究センターの理念を基に活動しています。

            活動報告「システムのスタッフは、今」  2017_0521_152351p1040113

 「ボスは、これからの看護師は自身で何が強みか、何ができるのか、どこで勝負できる看護師なのか言える看護師じゃないと淘汰されていくって言ってましたよ。2025年が来るからといって、ただ看護師というだけではクビになりますって言ってました!

すごいハッキリしたでした」(2017.1.22川口)

在宅看護研究センター設立31年目、めざすは、システム発足当時の看護と介護の連鎖・連動。メッセンジャーナースと共に歩む仲間、「私はこんなことで取り組みたい」という意志をお持ちのあなたをお待ちしています。

お問い合わせ:℡03-3362-3193(担当:片岡・奥山)

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*「看護実践の科学 9月号」(看護の科学社) [特集]メッセンジャーナースが伝える看護師の主体性

*中央公論9月号(8月10日発売) 特集:対談「父・永六輔は家族に囲まれて旅立ちました」

開業ナースのエッセンス 「暮らし」に伴走する看護のすすめ(心の科学:日本評論社)・Ⅱ.ともに創りあげる看護・・・加齢とともに輝いて生き抜くには、今、何が足りないかー実証研究への取り組み(奥山直美)

*婦人公論2015.1.22号「ルポルタージュ 時代を創る女たち 開業ナースは心を聴く」⇒「20150122.pdf」をダウンロード

日経新聞夕刊『人間発見』2012年4月16-20日掲載「開業ナース、患者を自宅へ」⇒     

ライフアシスト第82013巻頭インタビューいまを生きる「その時」は家で WEB

特集「今求められるコミュニケーションスキル」看護の科学社 9月号 VOL39 NO.10

医療心理学 第1章第4節ターミナルケアにおける心理学的支援(2013年3月 おうふう)

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