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2018年4月

コラム「医師として、武士として」  Vol.98 「倫理観:素朴な質問」    安藤 武士 Andou takeshi

Vol.98 2018.4.15 倫理観:素朴な質問

 今日もスタバで、抹茶フラぺチーノを楽しみながらコラムを書いている。新聞の「人生相談」で、倫理観の根源的な問題を15歳の若者が素朴な質問し、落語家で作家の立川談四桜氏が、小気味いい回答をしているのを読んで興奮している。

 質問は、年齢から言うと高校1年生と思われる青年が、「僕が、ヒトを殺してはいけない理由を簡単に説明して」と、一緒にニュース番組をみていた親戚のおじさんに頼んだら、「我々がそうゆう時代に生きているからだよ。価値観や倫理観は時代によって変わる」と即答されました。それなら「殺してもいい時代が再び来る可能性もある」と考えるべきでしょうか。というものである。

 「ヒトを殺してもいい時代はくるのか?」。極め重く回答に窮する問題である。回答者の立川氏がこれまで聞いた回答で感心したのは、「理由はない。いけないものはいけないんだ。」というものであるという。しかし、親戚のおじさんの「我々が、そうゆう時代に生きているから」にも説得力があると回答している。

 確かに「ヒトは殺してはならない」という倫理観は、700万年からの人類史を見ると、まず、自分が生き抜くためには常に「争い」に勝なければならないから太古にはなかったと言ってよい。「争い」は、倫理観の欠如というより本能的なものであったろう。時代が下るとともに、自分という「個」から、同種、同族、集団の命・財産・名誉を守るために「争い」を起すようになり、若干であるが何らかの倫理観を持つようになってきたと思われる。

「理由はない。いけないものはいけない」という倫理観を、現世の人は絶対と考えているが、有史以前から色々な理由で「ヒトを殺し」世界が形成されている。何か理由があれば「ヒトを殺してもよい」というのが現在の倫理観なのであろうか。20世紀は、戦争で4億人が殺されたという。現在も、世界のどこかで戦で「ヒト」が殺されている。

その様に考えると、これからも同じことは起こりえる。回答者は、「殺してもよいという可能性はゼロではない」と答えているが、質問している若き青年に「それを防ぐのは、あなた方の世代に期待する」と回答している。質問も回答も秀逸である。

倫理観は一般に人の行動規範となる。法律とは関係がなく、「ヒト」として守り行うべき道、善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるものーと、書物に記してある。残念な事に、歴史は「ヒトを殺してはならない」という倫理観は、まだ「普遍的」になっていないことを示している。(続く)

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コラム「医師として、武士として」  Vol.97 「風月堂のゴーフル」    安藤 武士 Andou takeshi

Vol.97 2018.4.1  風月堂のゴーフル

アルベルト・シュバァイツァーという人物をご存知の方は少ないと思う。医師・哲学者・神学者・音楽学家で、アフリカでの献身的な医療活動が評価され1952年、ノーベル平和賞を授与された人物である。30歳で医学部生となったが、それまでは、哲学・神学を学び、大学の神学講師として研究・教鞭をとっていた。

38歳で医学博士号の学位をとり、1913年に医療施設に困っていたアフリカ・ガボンのランバレネに診療所を建て1955年まで医療に従事する。第一次大戦という混乱期では、医療活動は一時中止し、ヨーロッパでパイプオルガンの演奏者として名声を得る。その後、ガボンに戻り、献身的な医療奉仕活動とヨーロッパでの講演活動を展開、その献身的な奉仕活動が評価され、1952年度のノーベル平和賞を受賞する(以上はIT情報)。

小生も小学校時代に「アルベルト・シュバァイツァ―博士」の伝記を読んだが、木製の「輸液台」の挿絵が記憶にある。

その後、核反対運動にも参加するなどしつつ、ランバレネで医療活動を続け、1965年、90歳でこの世を去った。

何事も毀誉褒貶はある。現地での評判は決して良いものではないという。自らの神学思想を現地の文化より優先し、同時代の西洋の知識人たちと同様に白人優先主義者で、「人類皆兄弟」の標語を唱えながらも、白人を兄、黒人を弟として扱っていたという。植民地支配の側面が強かったようである。近代医学を行う医療機関も設立されたが、シュバァイツアー博士の奉仕の精神の医療施設に負け、閉鎖を余儀なくされたという。それが原因で、当地の医療は著しく遅れたという。

シュバァイツァー博士は、ゴーフルが大好物で、日本から訪れる人は「風月堂のゴーフル」をお土産として持って行ったと聞く。

小生の昼食は、長年、「風月堂のゴーフル」のみである。10月になると落ち着かなくなる。(完)

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