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コラム「医師として、武士として」  Vol.99 「倫理観:素朴な質問(その2)」    安藤 武士 Andou takeshi

Vol.99 2018.4.28 倫理観:素朴な質問(その2 

現在の世界は、「自由、平等、有愛」に基づく倫理観でなりたっている。その「倫理観」を普遍的な倫理観とするため壮絶な争をした。また、現在もしている。「自由、平等、有愛」は、1678年に起きたフランス革命からの倫理観である。有史以来、数千年、世界のどこでも「絶対君主」が「民」を支配していた。絶対君主制の倫理観で世界は動いていた。「君主」がいて「民」がおり「奴隷」がいるというものである。奴隷と言っても、ギリシャのソクラテス、プラトン、アリストレスのように有力者の「民」に属するという時代が長く続いた。それがフランス革命で崩壊し、「ヒト」は自由、平等という新しい倫理観ができた。庶民は戸惑ったと聞く。現在の倫理観は僅か350年前に生まれた、生まれたての倫理観である。この歴史の浅い倫理観も変わるであろう。

殺してもいい時代、自由、平等でない時代が来る可能性もある」と考えると、市井の一員である我々はどのようにしたらよいのであろうか。

飛躍した話になるが、医療資源の確保の観点から制限される医療も検討されている。医療人は、「命のトリアージ」をしてはならないという「倫理観」を絶対的な行動規範としていたが次第に崩れてきている。

災害時のトリアージタッグで知られる救命制限、がん治療・血液透析開始の年令制限、生前診断(NIPT)に基づく出生制限等々である。医療資源の確保、費用対効果など色々な理由で命のトリアージが行われようとしている。それを否定する訳でないが、「命」と対比するものはないと教わり続けられ、また、思っている「倫理観」を変えなければならない時代になってきた。

「可愛そう」という素朴な倫理観だけでは、世の中は通じなくなってきている。

「倫理観」は常に変わることが言いたかったのである。理屈っぽく、一人よがりになってきたのでお終りとする。(完)

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