« 2018年9月 | トップページ | 2019年1月 »

2018年12月

皆さんの力を借りて、新しい気持ちで、2019年の在宅看護研究センター・日本在宅看護システムを創っていきたいと思っております。心から来年度も引き続き宜しくお願い致します。

皆さんはどのような1年でしたか。

160507_144212_2 私は、今年も過ぎ去るのが早い1年でした。小学生の時は11日がものすごく長く感じて退屈していた思い出もあります。

黙っていても年は取るんですね。この組織にいると若い若いと言われ、まだ若い気でいますが同級生と合うと実年齢に驚きです。同級生と会った時に話す内容も変わってきました。ここの組織に入った時はまだ20代でしたね

そんな昔を思ったって過去はどうにも変わりません。もっと年を取って思い起こした時に、大変だったけど楽しかったな~といえる年にしたいです。

また、皆さんの力を借りて新しい気持ちで2019年の在宅看護研究センター・日本在宅看護システムを創っていきたいと思っております。
 

心から来年度も宜しくお願い致します。(在宅看護事業部長・川口奏子)

|

コラム「医師として、武士として」  Vol.104 「老化」    安藤 武士 Andou takeshi

1941年、新潟県生まれ。1967年、新潟大学医学部卒業後、医師登録と同時に外科研修を開始。

インターン終了後医師となる。新潟大学付属病院(外科助手医局長)で勤務の後、72年、呼吸器・心臓血管外科を専攻後、80年より、心臓血管外科部長として日本赤十字社医療センターに勤務。その後、山梨医科大学非常勤講師、JR東京総合病院(心臓血管外科部長)、明治安田生命(事務センター診療所所長)、JR東厚生部(水戸支社・高崎支社・新潟支社健康管理センター所長)、佐野市民病院(健康管理センター所長)、介護老人保健施設たかつ施設長を歴任。現在は、(社団法人)労働保健協会の診療所所長として活躍中。労働衛生コンサルタント・スポーツドクター(日体協)・健康スポーツドクター(日医)・認定産業医(日医)の資格を持ち、5つの顔を絶妙な味で使いわける医学博士である。身体の大きさと、豪快な笑い・笑顔には、その人柄と存在感をより強くアピールする何ものかが潜んでいる。今なお、'武士'にして"武士"ここにあり。  


Vol.104 2018.12.22  老化

 今年の敬老の日、小生が在住する区から、[ことぶき祝い金]が送られてきた。 

”ごあいさつ” “初秋の候、ますますご清祥のこととお喜び申します。この度、古稀、喜寿、長寿をお祝いして、心ばかりのお祝金をお贈りいたします。今後なお一層のご長寿とご多幸をお祈り申し上げします。平成30年9月吉日  新宿区”、という丁寧な挨拶文がそえられていた。

 

作家の佐藤愛子女史に比べれば、小生は、まだ子供に等しいが、「90歳 何がめでたい」と叫ぶ女史の気持ちは理解できる。小生は、自身のことを何時も、肉体的、精神的に若々しいと思っていた。

定年になると還暦が待っている。新しい職場で、「この度、定年で退職され、縁あって当職場でご活躍されることなりました。」と紹介されると、誰のことと思って聞いていたら小生のことであると気が付き精神的に“がっくり”したことを覚えている。

追いかけて社会保険庁より、年金の申請書が届く。若いときからの職歴を好い加減に書く。それも忘れかけていたら年金制度の混乱で、「年金特別便」がきた。そこに記載されていることは、小生の記憶と異なるので、改めて職歴を調べた。若い日々を思い出すとともに、老いを感じた。

 

国際的に、65歳から老人と呼ぶことになっている。65歳では、長寿とは言わないが、長寿という言葉の意味を調べた。ものの本によると「長寿」は抽象概念で寿命が長いことと記されている。長寿は区分されている。還暦は60歳のことと思っていたら61歳であった。61歳から120歳まで13段階に区分されそれぞれの「歳」に呼称があることはご存知のこと思う。

良く知られているのは、還暦(61歳)、古稀〈70〉、喜寿(77)、卒寿(80)、米寿(88)、卒寿(90)、白寿〈99〉、紀寿(100)、大還暦(120)である。120歳以上にも呼称はあるが、現実的でないので省略する。これらは、日本の社会に根づいている。出典は中国らしいが、小生には詳細は分からない。

論語では、16歳を志学(学を志す)、30歳を立身(独立する)、40歳を不惑(惑わず)、50歳を知天命(わきまえる)、60歳を従耳(人の言葉に素直に聞く)、70歳を不超矩(思うままにふるまっても道を外れない)と、人生の生き方をざっくり掴んでいる。

人生のライフサイクルを中国の5行説では、”青春、朱夏、白秋、玄冬”に分けている。論語のライフサイクルの意味とほぼ同じである。小生の好きな言葉である。 

因みに、現在までの世界の最長寿者は、女性ではフランス人のジャンヌ・カルマンで、122歳164日(1997年死亡)、男性は日本人の木村次郎右衛門の115歳179日(2013年死亡)である。

 

先日、小生が加入している生命保険会社の外務員より、担当者が変わったので挨拶に伺いたいとの電話が入った。了承した。某日、外務員から小生の加入している「保険の契約の仕組み」の説明を受けた。終身保険(死亡・高度障がい)と総合医療特約(病気やけが)が契約内容で、終身は死亡したとき、特約は80歳までとの説明を受けた。外務員は大変熱心なかたで、終身は100歳を超えても支払われるが、特約は80歳で満了となる。仮に、何歳で病気になったら特約の一時金及び日額が契約に従って支給されるとの説明を受けた。小生が微妙な年齢になっているので真剣に耳を傾けることが出来た。生の終焉が身近に迫っていることを感じた。 

今まで、自分自身では実年齢にしては若者に負けない発想、行動力を持っていると思っていたが、以来、実年齢とそれらが“並み”であることを自覚するようになった。

現在、まだまだやりたいこと、やらねばならぬことが多々あると思っているが、外務員の説明を聴いてから、気持ちが萎え老化すすみ平均的な老人になって来た。そろそろ、引き際をと思って毎日を送っている。60歳を過ぎると、周囲が老化を促進させる。


愚痴っぽくなってきたので、これでお終いとする。(完)

|

« 2018年9月 | トップページ | 2019年1月 »