【私のメディア・リテラシー】第14回 「コロナ禍と向き合った看護職のつぶやき」 尾﨑 雄 Ozaki Takeshi(「老・病・死を考える会プラス」世話人 、元日経ウーマン編集長
コロナ禍のさなか看護職員が、いわれなき被害を受けている。在宅医療に携わる医療従事者の情報交換ネットワークの一つCNK‐MLで知った。自然災害を含む有事が勃発すると、ひとはパニック状態に陥り、そのはけ口を誰かにぶつける。その矛先は主に行政に向かうのだが、今回のコロナ禍では医療従事者にも向けられた。とりわけ患者や市民に身近な看護職への訴えが目立ったそうである。
ある看護職は、住民から「いわれのない怒りや侮辱」をぶつけられた。「私でよければ怒りをぶつけてください」と受け止め、(住民に対する)ケアの一部として対応」してきた。それは看護職としての強みを生かした対応でもあった。とはいえ、一部の市民からにしても「2年間にわたる叱責には事務も保健所職員も疲弊して市民に心を閉ざしてしまいそう」だった。
5人に1人が住民らから心無い差別や侮辱の言葉を
日本看護協会の「看護職員の新型コロナウイルス感染症対応に関する実態調査」(2020年9月)によると「近年、経験したことのない事態」が発生した。実に看護職員の5人に1人が「差別・偏見」にさらされた。いちばん多かったのは看護職本人ではなく「家族や親族が周囲の人から心無い言葉」をかけられた(27.6%)こと。患者や地域住民から「心無い言葉」を受けた看護職はおよそ20%に達した。入院できずに在宅死が続出した今年の第5波では“被害”はもっと深刻だったろう。罪を犯せば本人の家族も処刑した古代中国の「族誅」さながら。「医療崩壊」は人々の心の荒廃を招いた。それを防ぐワクチンはあるのか。CNK-MLの管理者、中野一司医師は。それは「住民の覚醒」だと言う。
中野医師によると「太平洋戦争突入前の日本の状況は、今のコロナ下とそっくりだった」。当時は戦争協力を強いる「同調圧(力)」が大きく、同調しない人々への「差別、偏見が横行」した。その反省から「ICTを活用した情報共有と迅速な意思決定」ができる社会にすれば、同調圧の強さは、むしろ「日本の欠点ではなく長所にチェンジ」できると主張する。ICTを上手に活用することによって、お互いに学び合い、他者を尊敬する気持ちを共有することが結果的に「住民の覚醒」をもたらし、賢い住民が育つということだろう。
怖いのはオミクロン変異株よりも人心の分断
人間社会はパニックに巻き込まれると異常な振る舞いをする。庶民はスケープゴートをもとめ、営利か非営利をとわず企業や組織は社会救済のための制度を悪用することもある。国は新型コロナウイルスの患者や陽性者を受け入れる病院に多額な補助金を出す仕組みを作ったところ、患者を受け入れずにお金だけ貰っていた病院があった。「幽霊病床」の存在は「医は算術」であることを証明した。日本の病院経営は逼迫しているとされるが、コロナ禍に対する公的な経営支援で一息ついた。大手病院グループの経営者の一人は、コロナ禍は「神風」だったことを認めている。
最前線で奮闘してきた医療者の大部分は固唾を吞みながら第6波に備えている。怖いのは、迎え撃つ側の分断である。それは住民と地域行政、患者と医療者、自治体と中央政府などさまざまな場面で起きた。看護職が人柱にされるような社会的分断はオミクロン変異株よりも恐ろしい。こんなとき思い出すのは過疎地で聴いた話だ。人口減少が始まった1980年代に高齢化率40%を超えていた日本一の過疎地(現山口県大島町の一部)を訪れたことがある。そこで町長がこう漏らしていた。「人口減少より怖いのは、人々の心の過疎です」
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