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2017年5月11日 (木)

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2017年4月10日 (月)

極楽寺の大楽茶

 江ノ電鎌倉駅から約10分、長谷駅で大勢の客が下車した後は比較的静かな極楽寺駅の佇まいである。極楽寺の秘仏「釈迦如来特別御開扉」は毎年4月8日の花祭り(灌仏会)を挟んで4月7日~9日にかけて行われる。特別開扉の前「開白(かいびゃく)法要」には近隣の真言宗寺院の僧侶が極楽寺住職と一緒に経文を唱えて出迎える仕来たりになっている。中央に極楽寺住職、左右に浄光明寺住職、成就院住職、覚園寺・明王院副住職などが並んだ姿はなかなか見ることが出来ない気高さを感じさせる。

 縁あって私も列席するようになって数年が経過する。もう7年ほど前になるだろうか。そもそもは毎月28日「お不動さま」の日に“誰でも参加することが出来るのでしょうか”と伺ったところから始まる。午後2時になると護摩が焚かれ参列者と一緒に真言宗のお経をあげ仏教聖典を読み進めていく。翌年の4月8日になると一方的に”お手伝いします“と宣言して花御堂を本堂の前に運ぶ役割を買って出た。もっともその頃は鎌倉市内の各寺院での「花まつり」を廻って歩いていた。

 ところが実際に手伝いを始めてみると実に奥が深い。持ち前の好奇心と(ほんの少しの)図々しさとが自分を縛ることになって手伝うことが当然という状況になった。檀家総代などの指示に従うべきなのだろうが、自然に身体が住職の方を見ている。もちろん、出過ぎた真似をしていることは百も承知だが、年齢が行っている分だけ大目に見てもらうことにしている。毎年新しいことを知ることも楽しみの一つである。しかも数十年ぶりの知人に出会うといったドラマがある。

極楽寺には千服茶臼という大きな茶臼と石鉢があり、病気の人や貧民に抹茶を施与していたと言われる。西大寺を訪ねたとき広い本堂の一隅に大きな楽茶碗が飾られているのを見つけたが「大茶盛式」に使われるものだという。西大寺では「新春大茶盛式」(1月15日)と春(4月第2日曜日とその前日)秋(10月第2日曜日)に大きな茶碗を使った大茶盛が行われる。秋の式典では点心席・護摩供養・本堂拝観とあり古茶筅供養つきとなっている。また30名以上の団体でも予約可能(1,000円)と徹底したサービスぶりではある。廿日市(広島県)の極楽寺でも春(5月)秋(10月)の大茶盛があるようだ。

 3年前から事前準備の会合などに顔を出すようになった。3月末の午後を使い短い時間の打合せだが全体の流れが見える。前日の準備まで含めると4日間の行程をスッカリ頭の中に入れ込むことが出来た。一年に一度3日間の秘仏開扉、さらに1日だけの開山・忍性墓へのお参りも年々人が増えている。午後1時からの墓前法要には僧侶が3人並んで読経した後で焼香をすることができる。読経に合せて僧が撒く散華(紙の花)を拾いたい人もおられるのでここでも鎌倉ガーディアンズに警備をお願いしている。

最終日は午前中で拝観が終ると「結願(けちがん)法要」である。住職のご挨拶が済むと参列者が客殿に移動する。日の当る大広間に僧侶が並び続いて関係者が並ぶと部屋には穏やかな雰囲気が漂う。お菓子と懐紙が配られるとやがて正客である住職の前に大きな楽茶碗が届けられる。一口啜り飲み口を懐紙で拭くと次の僧侶に茶碗が渡される。この日は一つの茶碗を順次回して行き、二回り目に入る。その間の座敷では3日間のエピソードなど自然に話されて来年の再会を約束してお開きの豊かな時間である。

(平成26414日)

十時出勤

 ある朝午前9時過ぎの東海道線に乗車した。戸塚、横浜、川崎と降りる客より乗り込む人の方が多い。座ることが出来ないばかりか手荷物の置き場に困るほどだった。もっとも駅員が尻押しをして乗客を押し込むラッシュアワーとは違う。どうも出勤時間帯に異変が起きているのではないかと思い始める。私がサラリーマンだった時期には、こんな時間帯には電車に乗ることはなかった。何かの事情で乗ったとしてもデパートなどサービス産業の従事者らしい、お洒落な雰囲気の乗客が多かったように記憶している。

 当時でもラッシュアワーの混雑回避のため「時差出勤の勧め」というのがあった。ところが景気は右肩上がりで東京一極集中になった影響もあって一向に変化がない。午前8時始まりの企業群は概ねメーカー系列で、いわゆるホワイトカラーは午前9時出勤だった。私の勤めていた企業は「アロウアンス(allowance価格設定において,価格割引をとらないので実質的に値引と同じ効果の提供を制度化すること。下取り,リベート,小売業者の販売促進活動に対する資金援助など)」制度があって15分は大目に見られていた。

地味な服装をするのが当たり前の企業に勤めていたこともあり、“どぶネズミ”と呼ばれるスーツ姿をしていたので、ファッションセンス豊かな人たちが眩しかった。札幌支店に転勤してから気分を変えてカラーワイシャツを着るようになった。青系の色のシャツから黄色系になり、ピンク系のシャツにした頃のことだ。先輩が “江上くん”と言いにくそうにしている。得意先の役員から苦情を言われたらしい。尊敬する先輩の忠告なので以降は白のシャツにしたがパンタロンスーツで長髪というスタイルに変化はなかった、

 しかし当時の私は根っからの勤め人で働くのが大好きという若者でもあった。現代社会では許されないかもしれないが、仕事が終わるまで会社を出ないというワークスタイルを貫き通した。当時の会社では労働組合が強かったことも影響したのだろうが、命令されて初めて残業手当をもらえる仕組みだった。さらに自由人に憧れる人でもあったため、仕事は与えられてするものでなく自分で探すのが当然だった。つまり「9時5時」を区切りにした仕事は私の好むところではなかった。

当時としては異例の55歳定年を選択した私は、第2の人生になって相変わらず自由を謳歌していた。ところが、実際にはもっと草臥れたどちらかと言えば野暮ったい雰囲気であったに違いない。相変わらず9時出勤の企業に勤めていたが、朝はグリーン車に乗って通勤していた。もちろん通勤手当は普通定期券分しか出してもらえずに “身銭を切って”いたわけだ。幸か不幸か60歳で現役を退くことになったが、10時からのパートタイムという選択肢は眼中になかった。

10時に出社すれば良い企業群としてはデパート、金融機関の業務を補佐する仕事などがあったかもしれない。50台になって発見された本態性と呼ばれる「高血圧」に加えて、「肺気腫」が原因の“セキ”が酷くなったこともあって自分で“業務に堪えない”という結論を出していた。あの時に「十時出勤」の選択をしていたら、あの混雑した満員の車両に乗っていたかもしれない。人生に“もし”はないかもしれないが、不思議な気分で乗車している自分がいる。

(2010年2月20日→平成2941日)

「虫の惑星」の不思議な昆虫たち!

小俣龍

「水の惑星」と呼ばれる地球は、「虫の惑星」でもある。その虫の代表は昆虫である。

地球上のあらゆる地域に、それぞれの環境に適応した昆虫がウジャウジャ生息している。

昆虫の種類は世界中で80万種~100万種と言われているが、これは学名がついたものだけである。

毎年1000種類もの新しい昆虫が発見されており、一説によれば、地球上には最大1000万種以上もの昆虫が生息しているという。地球上の全動物のうち約8割を昆虫が占めており、正に、「虫の惑星」といわれる所以である。異星人が地球を眺めれば、地球は昆虫が支配していると考えるに違いない。

地球が誕生したのは46億年前であるといわれているが、昆虫が誕生したのは4億年前頃である。

その頃の地層から、トビムシの化石が発見されている。また、ゴビ砂漠の3億年前頃の地層からゴキブリの化石が見つかっている。面白いことに、両方とも現生種とほとんど形態が変わっていない。

昆虫は6本の脚を持ち、頭・胸・胴の3つの部域に分かれている。また、99%以上が翅を持ち、空中を飛ぶことができる。始祖鳥が現れたのが約2億年ほど前なので、昆虫は2億年もの間、空中を独占していたことになる。さらに、昆虫の持つ最大の特徴は、全体の約86%が完全変態をすることである。

完全変態とは、卵や幼虫時代から不活性期のサナギを経て、成虫へと形態変化を遂げることである。

モンシロチョウであれば、幼虫時代の青虫からサナギとなり、最後は飛翔する蝶々となる。

興味深いことに、サナギになる段階で、一旦体内はドロドロの状態となり、幼虫期の組織は原形が無くなるという。サナギから成虫へと脱皮する時に、全く新しい組織が形成される。

昆虫の中には、枯れた葉そっくりの形態を持つなど、“擬態”と呼ばれる特徴を持つ種が存在する。

敵から食われないように身を隠したり、逆に、餌を捕食するために身をくらましたりするのだ。

下の写真は、ベニスズメガの幼虫であるイモムシが、毒蛇そっくりに擬態している様子である。

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ヘビに擬態するイモムシ(「不思議.NET」より)

YouTubeで変身ぶりを見ることが出来る。

このイモムシは、危険を感ずると、体をそっくり返らせて蛇に変わる。蛇の背中の部分は、実は、イモムシのおなか部分である。

昆虫はこのような形態だけでなく、その生態も実に多様である。今回は、昆虫の生態を追う中で、進化の不思議を追ってみたい。

ファーブルの昆虫への思い

昆虫を知ろうとする時に、大雑把に言うと、形態観察から入る方法と、その行動や生態観察から入る方法がある。生涯を昆虫の生態研究に尽くしたファーブル(ジャン・アンリ・ファーブル、1823年~1915年、写真)は、彼の著作である『昆虫記』の中で、次のように述懐している。

「某種は触角にいくつの関節があるとか、翅にいくつの脈があるとか、胸や胴の部域に何本毛が生えているとか、いくら私に話しても無駄だ。私には生活の仕方、本能、習性を知るまでは、その虫を本当に知ったとは思えないのだ」。実に奥の深い言葉である。

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「昆虫記」を書いたファーブル(“Yahooジャパン”HPより)

実は、筆者は昨年、某大学のオープンカレッジに半年通って、「昆虫学」と「昆虫の進化生態学」を勉強した。

昆虫学の方は、専ら、昆虫の形態を中心とした講義である。一方、進化生態学の方は、昆虫の不思議な生態を例示して、それがどういう進化によるものかを類推するものであった。

例えば、ホタルは種類によって色々な発光パターンがあるが、他の種の発光パターンの真似をして雄をおびき寄せ、それを餌とするような種もあるという。このような生態の不思議は実に興味深い。

確かに、昆虫の本質はその生態にある。筆者は、ファーブル先生の持論を100%支持したい。

ただ、昆虫の生態を知るためには、大変な根気が必要であり、観察力と多くの時間を要する。

ファーブルの『昆虫記』は、この観察結果の集大成なのである。例えば、ファーブルは、ジカバチの仲間の巣の作り方や卵の育て方だけで、文庫本で16ページを割いている。

ジガバチには4種類の仲間がいるそうであるが、そのうち“ケブカジガバチ”だけが、幼虫に5匹の芋虫を餌として与え、他の3種は、幼虫1匹に芋虫1匹しか与えないという。ただ、その1匹づつが実に巨大だという。親が、自分の15倍もの大きさの芋虫を幼虫に与える例も目撃しているという。

さらに興味深いのは、芋虫を生きた餌として幼虫に与えるやり方である。ジガバチは、一種の麻酔針の一撃で、芋虫の一点を刺すのだ。この一撃で、芋虫は生きたままで、幼虫が大きくなるまで食われ続けるという。この全身を麻痺させる麻酔針の技を、この虫はどうやって手に入れたのか?

ファーブルは、自然淘汰説、生存競争説などの解釈を一笑に付している。

昆虫のすさまじい”受精競争“

昆虫の一生は、餌を求めることと、自分の子孫を残すことにほぼ100%費やされている。

実は、人間以外の全ての生物は、昆虫と同じで、この二つを目的として生きている。

昆虫の場合は、その種類が多いということもあって、子孫を残すための生態も実に多様だ。

昆虫は、自分の遺伝子を継ぐ子孫を残すために、必死になって秘術の限りを尽くす。

ここからは、3つの事例を紹介しながら、昆虫が自分の子孫を残すためにどんな技や形態を身につけてきたかを紹介してみたい。(小原嘉明著『入門! 進化生物学』(中公新書刊)から引用)

動物界には、雌が複数の雄と交尾をする種が少なからず存在する。このような種の場合、雄は自分の交尾が確実に自分の子孫を残すように色々な技を編み出したという。

例えば、ある種のカワトンボ(写真)の雄は、他の雄が残した精子の掻き出しと、自分の精子への置き換えという秘術を編み出したという。

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交尾をするカワトンボ、左(オス)、右(メス)(“トンボGallery”より)

このカワトンボの雄は、交尾に成功すると、既に雌が他の雄の精子を貯精嚢(ちょせいのう=精子を蓄える袋)内に保有していると、特殊化した交尾器を操作してその精子を掻き出してしまうという。研究者によると、他の雄の精子は90%~100%掻き出されてしまうという。

その後に、この雄は自分の精子を送り込んで、確実に自分の子孫を残すのだ。

また、アカトンボなどある種のトンボの雄は、自分の精子を送り込んだ後も、雌の首の部分を把握し続け、他の雄を雌から遠ざける。時に、この行為は、雌が植物などに産卵するまで続けられる。

さらに面白いのが、ある種のコガネクモの雄の生殖生態である。

このクモは、精子を送り込む器官が、雌の交尾器に挿入した瞬間に急死してしまう。死んだ雄は、雌の交尾器に張り付いたまま一種の貞操帯となって、他の雄の交尾を阻止するという。

不思議なのは、これらの昆虫やクモが、精子が子孫を残す機能を持っていることを知っているとしか思えないことである。交尾や精子の機能などは、筆者は中学生になって初めて教わっている。

また、どんな突然変異がトンボに起こったにしても、精子を掻き出す機能の獲得は無理であろう。

ファーブルによるダーウイン批判

昆虫の生態をとことん極めようとするファーブルは、昆虫を単に観察するだけでなく、色々と条件を変えて実験を繰り返している。昆虫の身になってみれば、時には過酷とも思える実験を行っている。例えば、アナバチ科のツチスガリの帰巣実験である。

自分の巣からどんどん遠くにハチを運んでいき、袋に入れて運んだり、絶対にハチが行ったことがない街から離したりして、ハチの本能の凄さを確かめたのだ。これらの一連の実験の結果、ツチスガリは、視力でも、記憶でも、嗅覚でもない本能の力によって自分の巣に戻ってくると結論づけた。

ファーブルは、このような実験や観察結果から、昆虫達は環境が激変する中で、徐々に現在の形態や生態を身につけたとは考えておらず、その始原から、現在の形態と生態を保っていると考えていた。そのことを示す典型的な例が、糞ころがしをするタマコガネに関する次の記述である。

「古代生物が泳いでいたどこかの湖の砂原で、団子を転がしていた最初のタマコガネも、現在のタマコガネと同じように、前肢の符節(昆虫の前肢の一番前の節)を持っていなかったと信じておこう」(ファーブル『完訳 ファーブル昆虫記』、岩波文庫刊、1巻53ページ)

実は、タマコガネは前肢の符節がない。一方、同じ糞ころがしをするセンチコガネには符節がある。ファーブルは、「センチコガネは、どういう理由から符節を保存しているのか、まず私に証明してくれたら、私もそんな理屈(生存競争と進化論)にかぶとを脱ごう」(『昆虫記』より)と断言したのだ。

ファーブルは、タマコガネの前肢に符節がないことを進化論でもっともらしく解釈する姿勢を徹底して毛嫌いをしていた。筆者も、現在の進化論は、一種のご都合主義と思っている。

ファーブルは、『昆虫記』の中で、ダーウィン(チャールズ・ロバート・ダーウイン、1809年~1882年、写真)を手厳しく批判をしている。

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『種の起源』を残したダーウィン(「らばQ」HPより)

ダーウインが、『種の起源』の中で、スズメバチをアナバチと間違えて観察していた事例を捉え、ダーウィンの学説のことを、“超経験的な学説”と論破している。

ここまで言われてしまっては、あのダーウィン先生も形無しである。

≪ 結論 ≫

ファーブルとダーウインは、ほぼ同時代の人間である。この二人の「知の巨人」は、お互いの存在をよく知っていたようであり、ダーウインはファーブルを尊敬していたと聞いている。

この二人の学説は真っ向から対立をしており、永遠に交わりそうにない。

一方、“突然変異”と“自然選択”によって多様な種が生まれてきたとするダーウインの仮説には大きな限界が見えてきた。今の理屈のままでは、いつまで経ってもファーブルは満足しないだろう。

“神”の存在を持ち出さずに、ファーブル先生に納得してもらえるような新しい“進化の仮説”の誕生に期待をしている。筆者自身も、“頭の体操”を繰り返している。

(参考文献)

・『完訳 ファーブル昆虫記』(山田吉彦・林達夫訳、岩波文庫刊)

・『入門! 進化生物学 ダーウインからDNAが拓く新世界へ』(小原嘉明著、中公新書刊)

・『進化論の最前線』(池田清彦著、インターナショナル新書刊)

・『昆虫はすごい』(丸山宗利著、光文社新書刊)

・『昆虫は最強の生物である』(スコット・リチャード・ショー著、藤原多伽夫訳、河出書房新社刊)

2017年3月26日 (日)

うぐいす―初音を聴く

東京での会議から帰って来る。3月半ば日曜日の夕暮れだ。思いがけずウグイスの初音が聞こえてくる。例年より早いのか遅いのかわからないが確かな声で鳴いている。

 夕暮れの バス停にいて 鶯の 初音聴くとき 心ふるえる     たかし

身体が弱って来ると微妙に心が影響される。確かに上手とは言い難い鳴き声だが春を告げるには十分な声量だと思う。数々の詩人たちがウグイスを歌っているのには理由があって、ひたすらに春を待っている心境を吐露するのに相応しい鳥の声なのだろう。

 庭の梅の木にウグイス色をした鳥・メジロが数羽来て花びらをついばんでいたのがつい昨日のような気がする。我が家の豊後梅は遅咲きで花びらが大きく梅干しにするのに適しているといわれる。フリー百科事典Wikipediaによると「ウグイス」はスズメ目ウグイス科ウグイス属の1種と訳の分からない書き方をしている。“「ホーホケキョ」と大きな声でさえずる、日本3鳴鳥の1つ”とあって“日本ではほぼ全国に分布する留鳥”という説明に納得させられる。

 一方「初音」を調べると最初に「初音ミク」というヤマハが開発した音声合成システムにより女性の歌声を合成することができるソフトウエア音源という表現が出てきて驚く。“虫や鳥類についてその季節最初に聞こえる鳴き声”とあり“特にウグイス”という説明が続く。和歌の世界では「万葉集」以来たくさんの作品が並んでいる。

冬ごもり 春さりくれば あしひきの 山にも野にも うぐいす 鳴くも

冬を耐えて来た心にウグイスの鳴き声が優しくひびく様子が感じられる。

 それほどまで日本人の心にしみじみと訴える鳥がウグイスの声なのではないだろうか。

花の香を 風のたよりに たぐえてぞ うぐいす誘う しるべにはやる

初夏にホトトギスの初音を聞いて感じる心とは一味違ったものだと言えよう。確かに冬を耐えて来た気分に高らかに鳴く声を聴くことは生命の営みを感じる瞬間でもある。今年は冬の終わりに体調を崩して寝込む日が多かった。気が付くと木苺(キイチゴ)の白い花が咲き始めている。どこかにうろたえるような心境が待っているようだ。

例年ならば木五倍子(キブシ)の花穂を探しに行く時期をみすみす過ごしてしまったという喪失感すら感じている。春の訪れを例年に増して嬉しく感じるのは年齢のせいばかりではないだろう。ようやく気分も天気も晴れた朝に孫たちを誘って近隣の緑地を歩くことにした。花ニラが十字の花びらをつけて群がって咲いている。すぐそばで土筆(ツクシ)が林を作っている。オオイヌノフグリ、ヒメオドリコソウ、ケマンソウと次々に聞かれる花の名前を答えると“ジイジすごい”という絶賛の言葉が聞こえてくる。

 確かに孫たちにとっては凄いことかもしれないが、そもそもは全て亡き園田幸朗先生の教えを覚えているに過ぎない。74歳になっても忘れないように覚えさせて頂いたことに改めて感謝の気持ちが湧き上がってくる。「教育」というものの原点が先生の教え方の中にあったのだということを改めて気づく。色、形、匂いばかりでなく、葉のつき方、根の状態など深いところまで「知ろうとする」ことや、年をとっても「興味を失わないこと」の大切さをウグイスが思い出させてくれたようだ。

(平成29319日)

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