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2016年6月 9日 (木)

「父の遺した戦中戦後―近衛文麿主治医・岡西順二郎の日記」の著者、岡西雅子さんから・・・『メッセンジャーナース――看護の本質に迫る』を読んで ⑦全国のメッセンジャーナースの仕事ぶりを覗くと・・その1

◎ 第三章 全国各地のメッセンジャーナース

・長崎県の前田真由美さんは、肝臓がん末期の患者に足浴をさせていた。この患者にはもう何もしてあげられることはないのだけれど、何かしないではいられなかったのだろう。

《準夜勤の時に余命の短い人たちに、いくつものバケツを抱えて就寝前の足浴をして回りました。医師も看護師も魔法使いではないことを思い知りはじめた頃で、「死」を身近に感じながら、闇夜を迎える人たちに無力な私ができる精一杯のことでした。しかし、同僚から明日も同じことをしてほしいと望まれても、自分たちはできないかもしれない。期待をもたせるような行動はチームワークを乱すからやめてほしい、と言われ》る。(P.87~88)

 前田さんはジレンマを抱え、看護師をやめる決意をして長崎に戻る。その後、さまざまな経験を経て訪問看護師になり、二〇一一年に「ホームホスピス」を作る。最期の時を病院ではなく、家で迎えたいと願う人たち。病院では情緒不安定になっていた人たちが、そこで暮らし始めると、誰かがそばにいるということで精神的ストレスが減り、薬も減って、穏やかな暮らしが戻ったという。(P.91)

《私のめざす「看護」とは「こうあらねば…」ではなく、「こうありたい」を考え、創造していくものです。「看護」は自立しなければならない、しかし、孤立してはならない。つなぐ役割を忘れてはならないと思うのです》(P.92)と結ぶ。

・山口県の原田典子さん。

《私は、この地で三十五年看護師をしてきました。昨今、病院は役割分担が徹底し、医師と患者をつなぐ人が身近にいなくなりました。地域は高齢者が増加するにつれて有料老人ホームが急増し、施設側優位のケアがなされているのが現状です。看護師は病気や障害が分かり身体の様子もわかり、生活が支援できる唯一の医療職です。今こそ、看護師が本来の力を発揮しなければなりません。メッセンジャーナースが、その役割を担うときがきています。》(P.93~94)

 原田さんは、病院や教育機関、訪問看護を経験したあとに、訪問看護センターとショートステイを開設した。それは、雇われているかぎり利用者の思いに応えていくことができないからだ。歩行が不安定な人が歩こうとすると、転倒するかもしれないから「歩かせない工夫」を求められるし、ショートステイを利用するとADLが低下したり身体状況が悪化するので行きたくない、行かせたくないと言われる。また、呼吸器をつけている人など重度の障害者を介護する人が一時的な休養を取ることができないために、障害者は施設に入らなくてはならなくなる。こういった現状をどうにかしたいと考えて、莫大な借金をしてショートステイ施設をつくった。経営を安定させることはじつに大変なのだが、利用者の希望を叶えるように努力することは、やりがいのある仕事だ。

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