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« 「父の遺した戦中戦後―近衛文麿主治医・岡西順二郎の日記」の著者、岡西雅子さんから・・・『メッセンジャーナース――看護の本質に迫る』を読んで ②自分で洗面に立つことができなかった日の夜、ほかほかの蒸しタオルを持ってきてくれるものとばかり思っていたが、・・よく見ると、スティックタオル | トップページ | 岡西雅子さんの『メッセンジャーナース――看護の本質に迫る』を読んで に、新しいコメントがつきました。 »

2016年6月 5日 (日)

「父の遺した戦中戦後―近衛文麿主治医・岡西順二郎の日記」の著者、岡西雅子さんから・・・『メッセンジャーナース――看護の本質に迫る』を読んで ③この本を読まなかったら看護師不信に陥るところだった。もし、メッセンジャーナースがそばにいて、いっしょに考えたり悩んだりしてくれたら

この本を読んで、看護師たちには、やらなければならないさまざまな業務が科せられているということがわかった。医療保険制度で在院日数を少なくすることが求められたために、治療の工程表に沿った治療処置をしなければならないこと、安全対策のための説明や同意書などの確認、書類の整理に時間を取られるという。(P.314)

こういうことが、看護師を患者から引き離しているのか。この本を読まなかったら看護師不信に陥るところだった。看護師自身が、今のような状態に不満を募らせているのではないだろうか。意欲のある人ほど思うような看護のできないことはストレスになっていると思う。

十六歳で病気になって以来、何年も寝たきりで過ごさなければならなかった。パーキンソン病の父の介護も経験した。経管栄養をするかしないか考えあぐねたこともある。私自身の癌の告知・拡大手術をするかどうか迷ったこともある。さまざまな局面に遭遇するたびに、オロオロしながらもなんとか切り抜けてきた。もし、メッセンジャーナースがそばにいて、いっしょに考えたり悩んだりしてくれたら、どんなに助かっただろう。(続く)

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9・「メッセンジャーナース」読後感想」カテゴリの記事

コメント

岡西さま、ノロノロとコメントしている間に第3弾「続く」が掲載されていました。

看護師の関わりについて、ナイチンゲールが述べている一節を思い出しました。

『病人のやんだ身体は、看護師が夜勤明けの時と同様だと(それ以上とも思いますが…)ですから、看護師は患者に言わせたりしないで患者の望むことを推し測り、関わりを持つのです。』と、」表現のずれが多少あるかとも思います。その分はお許しいただきたいと思います。

このように、私たちの関わりは「看護」になる瞬間とそうでない場面があるということです。 関わりの様々な場面で、例えば検温(体温や血圧など)の場面を検温だけで終わるか、その場面の患者さんの表情や沈黙にも、関心を持ち、心を向け語りかけるのにどれだけの時間を要するか!

現実は、確かに大変な状況がありますが、時間をかけることだけが要求されていることだけではないと思います「今の、思いをわかってほしい…」ことが潜んでいると思います。

そこに寄り添えれば・・・甘えていただく時空もつくれると思います。
(M)

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