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2016年6月 7日 (火)

「父の遺した戦中戦後―近衛文麿主治医・岡西順二郎の日記」の著者、岡西雅子さんから・・・『メッセンジャーナース――看護の本質に迫る』を読んで ⑤患者は遠慮して言いたいことの半分も言えずにいる。患者と医師の橋渡しをするのは、看護師しかいない

これまでの読後感想☛     

◎ 第一章 私のメッセンジャーナース事始め      甲州 優

・意識がないと思われている患者の顔を叩く医師。軟便の処理を、患者の下半身をむき出しにしたまま行うベテラン看護師。看護学校一年生の甲州さんは衝撃を受ける。

《「ふつうの十八歳の女の子が感じるふつうの感覚、かわいそうだとか、悲しいとか、恥ずかしいとか、つらいとか、そういう感覚がこの看護の世界にいたらなくなってしまう。そういう感覚を持っていたらできない仕事だと思う。私は自分のこの感覚がなくなるのが恐いから、この世界から離れたい」と、教育主事に話す。それを聞いた主事は、ピッと背筋を伸ばして「あなたのような人が看護婦にならないで誰が看護婦になれるのですか!」「あなたのような人こそが、つらく悲しい患者さんの気持ちがわかるのではないですか!」と力強く言う。》(P.10)

 

・看護師になった甲州さんの母親が突然、脳出血で倒れ救急救命センターに運ばれる。生命維持装置をつけることを望んでいなかった母は、意識のないまま、否応なく高度医療を受けなければ生きられない状況になった。そこでは、母が好まないだろうラジオの音楽が流されている。救急救命センターの看護師は、聴覚への刺激が必要であるというマニュアルどおりにラジオのスイッチを入れた。なんの疑問もなく、機械的に、いつもの手順で。

 娘の甲州さんの心はそのことを受け入れられない。だが、なにも言えない。医療者の方で働きかけてくれなければ、患者や家族の側からは言い出せないものなのだ。(P.18)

・《絶望的に感じたやり場のない気持ちは、あのときのあの患者の気持ち(下半身をさらしてオムツ交換をされた)であり、目の前の母の気持ちであり、私の気持ちでもありました。そしてその絶望感というのは、自分の心の声に誰も耳を傾けてくれない、誰の耳にも届かない、誰も味方がいないという孤独感でもありました。》(P.19)

 

ここまで読んで、私自身の経験が蘇ってきた。十六歳、皮膚筋炎を発症。全身の筋力が衰えて自力では動くことができなくなってT大学病院に入院した日、発音も不明確になっていたからだろう。医師は、たくさんの質問を私にではなく、両親に問うていた。頭ごしに飛び交う私に関するやりとりを、私はそこにごろんと置かれたまま聞いていた。人間ではなく、物になったような感じがした。

教授回診では、たくさんの医師の目にさらされながら、ねまきの前をはだけて診察を受ける。診察を終えると、サッと出て行く教授。あとを追う医師たち。廊下で、いま見た症例についての講義が始まる。教授の回診には、婦長が教授の露払いに付くだけで、看護師の姿はなかった。

ねまきを掻き合わせることも、ボタンをはめることもできない。はがされた蒲団を引き上げることもできない私は、だれかが来てくれるまで裸の胸をさらしているしかなかった。

病気になるというのは、こういうことなのだ、と十六歳の私は知った。闘う相手は病気だけではない。好奇の目や、屈辱的な扱いや、無遠慮や不遜な態度、無神経な相手とも闘わなければならない。それが闘病ということなのだ、と思った。

これは五十六年も前の出来事だ。いまは医師も看護師も比べものにならないくらい親切になっている。患者は丁重に扱われるようになった。それでも根っこのところでは、医師は偉い人。患者は遠慮して言いたいことの半分も言えずにいる。患者と医師の橋渡しをするのは、看護師しかいないと思う。(続く)

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