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2016年6月16日 (木)

「父の遺した戦中戦後―近衛文麿主治医・岡西順二郎の日記」の著者、岡西雅子さんから・・・『メッセンジャーナース――看護の本質に迫る』を読んで ⑩大きな惨害、経管栄養や吸引が必要な重度の障害を持つ人は

◎ 第五章 被災地におけるメッセンジャーナース 「ここさこらんしょ」で心の復興を

・二〇一一年三月十一日、東日本大震災が起きた。福島県の仲野佳代子さんは、セカンドハウス「ここさこらんしょ」開設の経緯をこのように書いている。

 震災直後、村松静子さんから「私たち看護師に何ができるか? 救われた命を避難所では死なせたくない。今こそ、これまで長年あたためてきたセカンドハウス構想を福島の地で実現したい!」と声がかかる。突然、被災者となった大勢の人たち。せめて一軒家で過ごせたら、傷ついた身体や心が和むのではないか。原発から六十キロメートル離れたところに見つけた庭つきの一軒家。「ここさこらんしょ」と名づけた。被災した人たちが暮らせるように奔走した。ひとりでは限界があることだが、全国からボランティアナースが集まってきた。

最初の入居者はIさん夫妻。夫は経管栄養や吸引が必要だった。庭つき一軒家のセカンドハウスで本当の家族のように、助け合いながら暮らすことができた。

 

*大きな惨害が起きて、テレビに避難所でのようすが映し出されると、私は避難所では暮らせない、と思う。ベッドに寝ること、椅子に腰かけることはできても、床に座ることができないし、座った状態から立ち上がることもできない。これでは避難所暮らしは無理だ。こういう障害をもつ人は多くいると思う。障害者や病人は震災の後、どのようにして暮らしていたのだろう。まして、Iさんのように経管栄養や吸引が必要な重度の障害を持つ人は、どうしたらいいのだろう。「ここさこらんしょ」のような「家」があって、家族のように助けたり助けられたりして、そこにプロのメッセンジャーナースがいてくれる。どんなにありがたいことだろう。

《ボランティアに参加するナースたちは、決して何かをしてあげようという傲慢さはありません。自然に擬家族として溶け込む人たちでした。》(P.228)

 

 仲野さんはまた、このように書いている。

《人の心が復興していくには、当たり前の生活が基盤になければ難しい。(略)ひとりひとりの当たり前の生活を知り、どんな生活を希望しているのかを知ることから始めなければいけない。(略)同じ志をもつナースがつながれば、そこから何かを生み出す動きができる、それがメッセンジャーナースだとも感じています》(P.231)

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