【メッセージ】3歳で母を亡くし、戦地へも。苦労を重ねてきた祖父が亡くなる日の朝書いたメモ、 『早く家に帰して下さい お願いします 私94才です』。 私に温かい愛情を沢山与えてくれた祖父の最期の望みを叶えられる 心強い孫でいたかった。メッセンジャーナースのセミナーで、自分の課題がみえてきます。
NPO法人
オハナ(ホームホスピス)の資料を頂きましてありがとうございました。
深く感銘する内容でした。
【最期の数日、自宅に帰るとオハナではみたことのない表情や言葉があふれました。】 【私が担うメッセージ 】 からは、まるで私に語るように聞こえています。
94歳の祖父、生前から『出来るだけ在宅で静かに死にたい。もう、なにもしなくていんだよ。』と繰り返していました。 出来るだけ、祖父の意向に添うように致しましたが病院で亡くなりました。
祖父が亡くなる日、もう意識もないものと思われていた朝に書いたメモがあります。
『早く家に帰して下さい お願いします 私94才です』 と、書かれていました。
同日の昼過ぎに亡くなりました。

私がそのメモを見せてもらったのは、お葬式の後でした。
祖父の意向に添うようにするには、身内だからこそ難しい場面もありました。祖父と住んでいる家族にズケズケ入っていないか、助言が正論のように聞こえていないか?を気づかいながらいました。祖父に関わる家族のこころの風景を、狭い私の主観が先に立ち、在宅で過ごす時間を短くしたように思えます。
祖父は、3歳の頃に母を亡くし、戦争に行き、帰国後も苦労を重ねておりました。老後は畑仕事をし、出来た野菜や果物を、私や親戚に配る事を生きがいにしていました。私に温かい愛情を沢山与えてくれた思い出を思い返しながら、
祖父の最期を少しでも自宅で過ごす事が叶えられる 心強い孫でいたかった。
メッセンジャーナースのセミナーで、自己陶冶をし、色々な方向で患者 家族のこころの風景を学ぶ中で自分の課題がみえてきます。こり固まった主観を再考する、振り返るを繰り返す。これを習慣に、日々自然に出来る事が目標です。
ナーシングホーム オハナのメッセンジャーナース様、心にしみるメッセージありがとうございました。(M)
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