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2024年6月

2024年6月19日 (水)

【原山建郎の連載コラム】「つたえること・つたわるもの」№186「寄り添う」ケアに求められる、〈くつろぎ傾斜〉・〈快感覚〉の視点。

★病いる(病いを生き切る)、〈道しるべ〉を立てる、〈救死〉という視点も必要である。
先月18日、「死の受容」研究会(第12回定例研究会、Zoomミーティング、テーマは「クオリティ・オブ・デス」〈泣いて〉生まれて〈笑って〉死ぬ――〈いのち〉の臨界点(Critical point of Life)をさぐる)には、主催者から送っていただいた「参加者のアンケート」(感想・意見・質問)の記述から、キリスト教や仏教などの聖職者・僧侶、病院などでターミナル期の臨床に携わる医療者、自治体で高齢者ケアにあたる職員、「死の受容」を卒論テーマに選んだ大学生、大学院の「グリーフ・ケア」研究者など、さまざまな分野の方々が参加されていた。

「アンケート」には、①「病いる(病いを生き切る)」、②「死を怖がらなくてもよいという〈道しるべ〉を立てる」、③「これからは〈救命〉だけでなく〈救死〉という視点も必要である」(免疫学者・多田富雄さん)についての感想・意見が多くみられた。今回の研究会では、18枚のスライドをPPT(パワポ)で見ながらのZoomミーティングだったが、私がかなりの早口でメモを取る余裕があまりなかったようだ。すでに本コラムでとり上げた内容(前回のコラム№184とも一部重複)ではあるが、この3つの〈ことば〉を短い引用もまじえながら、改めて考えてみたい。(※太字は原山。以下同じ)

①「病いる(病いを生き切る)」(俳優・緒形拳さん)
②「死を怖がらなくてもよいという〈道しるべ〉を立てる」(在宅緩和ケア医・岡部健さん)
③「これからは〈救命〉だけでなく〈救死〉という視点も必要である」(免疫学者・多田富雄さん)

 

詳細は☞ 186.pdf

2024年6月 1日 (土)

連載コラム「つたえること・つたわるもの」№185 〈泣いて〉生まれて〈笑って〉死ぬ――〈いのち〉の臨界点をさぐる。  健康ジャーナリスト 原山建郎

去る5月18日(土)午前10~12時、桜美林大学リベラルアーツ学群准教授(神学)、長谷川(間瀬)恵美さんが研究代表者である「死の受容」研究会の第12回定例研究会(Zoomミーティング)で、話題提供者(キーノートスピーカー)をつとめた。この研究会は、日本学術振興会(文部科学省所管の独立行政法人)が科学研究費を助成する「科学研究費基盤研究C(一人又は複数の研究者が共同して行う独創的・先駆的な研究。助成期間は3~5年間)」のひとつで、『患者を看取った宗教者の「死の語り」に関する研究-宗教多元主義の理論と実践』(2022~2024年度)というタイトルの、アカデミックかつスピリチュアルな研究会である。

数カ月前、長谷川さんから「クオリティ・オブ・デス」における「〈いのち〉の臨界点」について話してほしいと依頼を受けたので、この日のテーマは、「クオリティ・オブ・デス」〈泣いて〉生まれて〈笑って〉死ぬ――〈いのち〉の臨界点(Critical point of Life)をさぐる。とした。研究会参加者へ事前に送信された案内状の「発表内容」には、次の一文を掲げた。

クオリティ・オブ・デスには、医学的な死(肉体の細胞死)だけでなく、死にゆく過程や遺族に対するグリーフ・ケアを含む広義の「死」がある。出産時に妊婦のいきみと胎児の娩出がもたらす「往相(おうそう)の呼応」があるように、「これ以上は生きられない」と告げる自然死にも「還相(げんそう)の呼応」という〈いのち〉の臨界点がある。オギャアと泣いて生まれた私たちは、笑って死ぬことができるのか。「老いる・病いる」生き方をさぐる。

詳細は☞ ダウンロード - 185.pdf

 

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