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放っておくと2・3ヶ月の余命という外科の医師の言葉に・・

知人の義父に癌の再発が見つかり、手術を受けました。放っておくと2・3ヶ月の余命という外科の医師の言葉に、ご本人は当然手術を選ばれたそうです。周囲の家族の思いとは別の方向へどんどん進んで行き、結果は開腹したものの癌には触れずに終わったそうです。

術後2~3日目から熱が出始めたのですが、外科の病棟では家族の望むような治療は受けられず、悩んでいたときに「看護の実力」を読んで家に連れて帰ろうと決心したそうです。「こんな看護師さんがいるのなら、私もきっと義父を家で看取ることができる」と思ったそうです。

残念ながらあっという間に容態が急変し、帰れる状態ではなくなってしまったのですが、

あの本とあの本を創り上げた看護師さんたちにすごく勇気づけられた、と感謝してました。

e-nurseHPを見ながら、おつたえしたくなりました。

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メッセンジャーナースの記事を読み、この記事を読まれる皆さんに、是非知って頂きたい私の(正しくは私のいとこの)体験を書き込みさせて頂きたく思わずキーボードを叩いています。当時、私の30代のいとこは結婚してまだ間もなかったのですが、旦那様に癌がみつかりました。その癌はとても珍しく、また治療法も確立されていない治療困難な癌だった様です。
まだ若い夫婦は、当然の事ですが生きる事を諦めたくなく、懇願するようにありとあらゆる治療を望んだそうです。具体的にどの様な治療を受けたのかはわかりませんが、結局「もう手の施しようがない」と主治医から伝えられた段階で、家に帰る事になったそうです。しかし、想像以上に進行は早く、1日中マラソンをしているかの様な呼吸になり、たった一粒、二粒のお薬を飲むのに1時間かけ、奥さんであるいとこを呼ぶだけの声が出せなくなった頃には、防犯ベルをナースコール代わりに携帯して用がある時はそれを鳴らしていた、そんな生活を最期は送っていたそうです。
お葬式の日、「家にあった医療器具は体温計しかなかった」と涙ながらに話していました。そんな状況の中ギリギリまでたった一人で看ていたそうです。
私のいとこは素人です。時々ポツリと話す中で、あれで良かったのだろうかと今でも苦しい思いをすると言います。あの当時、病院から「若い癌の人を支える制度は何もない」と、それだけの情報を言われただけのようでした。今更病院を責めるわけではないのですが、私のいとこは素人ながらやれるだけの事はやったと思います。ですが、旦那様にも、彼女にも何のサポートもなかった、それがとてもかわいそうでならないのです。もう何年も経ったのに、素人の彼女が「あれで良かったのか」と悩む事について、もっと医療者側はその思いを汲んで行く必要があると思います。
若く希望に満ち溢れた新婚生活を送るはずの夫婦に起きた癌宣告。癌に侵され残された時間をどの様に過ごすのか、治療の選択についてその思いを十分に医療者に伝えられたのか、満足した最期だったのか、それらを思うと、彼女のいとことして、医療者として、何もしてあげられなかった事に胸が痛みます。
もし、あの時、生きる可能性に懸ける為に、治癒の見込みは少なくとも医療者が提供する治療に対して「納得して」受けられていたら、彼女の胸にある彼との思い出ももっと違っていたのではないだろうかと思います。時が経ち当時を振り返って「体力を消耗するだけの治療を受けさせてしまった」と、変わり果てた彼の姿を思う彼女の胸の内を思うと悲しみがこみ上げてきます。手の施しようがなくなった段階で、家に帰ることを言われた彼女の気持ちはどんなであっただろうかと、そう思うと私も今でも苦しくなります。しかし、彼女は必死にたった一人で頑張った。でも、もう何年も経っているのに、「あれでよかったのかと」いつまでも心が癒されないでいる。もし、その時に医療者側から、選択する治療によって想定できる状況・状態について十分に説明を受けて十分に納得していれば、少なくとも後々になってまで「あれでよかったのかと」苦しまなくても済むのではなかったかと、そんな風に思います。思い出した時に「少なくともあの時はそれが最善の選択であった」とそんな風に思い出せる様な、その時は納得できていた自分を思い出せる様な関わりを、誰かがしてくれなければ、苦しいままなのだと思えてなりません。「手の施し様がない」と最期になって自宅で療養する事になった時、癌末期の状態にある旦那様と彼女をサポートする医療者はいなかった様で、今でも私自身の懺悔も含めて悲しい思い出として蘇ります。私だけでなく、多くの看護師の方は、この様なケースに近い方々の経験は少なからずあると思っています。であるならば、過去の関わったケースとして仕舞い込むのではなく、それらのケースから学んだ証として、そうはさせない策をナースから発信しなければならないと思います。メッセンジャーナースはそういった困難ケースの方々に対しても、後々になっても「これで良かった」と思える様な関わりをして下さる、その様な役目を担って下さる、そんな存在になって下さる人と受止めております。

投稿: エンジェル | 2010年3月18日 (木) 12時02分

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