家族の心が繋がっている
数年前、母が身体障害者手帳を取得する状況になりました。その時、その手帳に貼る写真を「とびっきり綺麗なお母さんの写真を探したんだけど…これでどうかな…中々なかったんだけどこれが一番良かったかな」と父が話しながら見せてくれました。一枚の写真にも「その人らしさ」が詰まっています。この会話の時は家族の心が繋がっている事を感じました。身体障害者手帳の中で微笑む綺麗な母ではなく、目の前で横たわる母の事しか知らない医療者には「その人らしさ」が見えないかもしれません。
しかし、誰にだってその様な思いがあっての「患者・家族」だと言う事を忘れないで欲しいのです。この「母らしさ」「父らしさ」そして私の家族らしさを十分に理解し受止め、価値観をわかって下さったメッセンジャーナースに巡り合え、在宅での療養生活が継続できている事を、心から幸せだと思っています。
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