医療とはこうあるべきという理想が・・
医療とはこうあるべきという理想、しかしその現実はあまりにかけ離れている。「こんなはずではなかった。納得がいかない」。不安な心は不信へとつながっていく。医療の受け手と担い手の間にできる認識のズレが互いに対する誤解を生んでいるのです。
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「医療とはこうあるべきという理想」その書き出しに思わず「理想だったのか…」と我に返りました。先日、とある医療者の方とほんの些細な(はずの)思いの行き違いから、家族を巻き込むトラブルになってしまいました。その医療者の方にはその方の思いがあり、こちらにはこちらの思いがあり…でも、先に「言葉は難しいですね…」と医療者の方に言われ、こちらの思いが全く伝わっていない事を感じて非常に残念な気持ちになりました。せめて、「そのようなお気持ちでしたか」と確認してもらえていたら、これ程までに認識のズレは起きなかったのではないかと思いました。ですが、その確認をいつも医療者の方がしてくれるとは限らない事、それが理想である事かもしれないと、ふと我に返りました。医療者と利用者との間に入り、受ける医療に対する認識の違い・ズレを確認して、そのズレを正していける人、メッセンジャーナースの存在は大きいと改めて感じています。
投稿: オーロラ | 2010年7月12日 (月) 16時17分