「メッセンジャーナース、研鑽セミナーの日々と重なって」に、またコメントです。
ずっと、ずっと考えていた事があります。例えばご本人とその御家族、それぞれの想いが違っている場合。・・・それ以前に揺れ動くご本人の想いや、それを取りまくご家族など親密な方々の想いとの(想いがすれ違う場合、、互いを愛すればこそすれ違ってしまう場合)調整というのか。。。そして、そういう狭間にもし自分がいたとしたら、きっと私自身もものすごく揺れ動いてしまうのではないかな、、と思うのです。(自分の事を考えると、です。)・・・正直、自分に出来るかな~自信ないナ~と言うのが本音です。・・。詳細なコメントはこちらです。
メッセンジャーナースは、あくまで、医療の受け手が自分らしい生を全うする治療・生き方を選択する際に、心理的内面の葛藤を認め、認識のズレを正す対話を重視する懸け橋そのものになるのです。病院でも施設でも家でも要請があれば対応します。家族間の調整は福祉職や看護職が通常行なうでしょう。もし、メッセンジャーナースに要請があれば、家族のコトは家族の長が行えるよう相談には乗ります。また、直接手を加えたケアはしませんし、思い込みや押しつけは禁物。本来、看護の本質、エキスそのものなのですが、この時代の落とし子といえるかもしれません。メッセンジャーナースの称号は認定を受けなければ使えません。なぜなら、看護師の臨床経験が豊富というだけで、誰でもがその役務を担えるとは思わないからです。(村松静子)
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