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Vol.49 『保健師助産師看護師法 第37条』、今の私なら、こう解釈する ③

2005年 のVol.39では、「医療行為」、そこに潜む「矛盾点」というタイトルで、私は次のように呟いている。詳細は⇒こちら

「今の時代、改めてその意味や価値を考え、医師法・保助看法を見直す必要があるのではないか。法律の改正を望むからには、看護師の責任は当然のこととして受け止め、ランクづけもやむを得ない。一般市民や多くの関係者が認める看護師は一握りだけかもしれない。しかし、若い世代の看護師が大きくはばたける道を拓くことが今は必要である。私たち団塊の世代の看護師に残せることはそんなことのような気がする。」

さて、振り返ってばかりはいられない。物事はすでに先へ先へと進んでいるのだから・・・。いよいよ37にメスを入れることにする。

37 保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。】

時代は流れた。医療は変わった。ここで着目する字は「臨時応急の手当はこの限りでない」という15字だけで良い。私たち看護師が日々追われているのは、“臨時応急”と言わずとも行なっているのはほぼそれらの業務であり、看護師にしかできないことはこの言葉に集約されているからである。

在宅看護、つまり在宅で看護職が行なう看護の歴史を辿れば、明治17年代にさかのぼる。当時は、病院による派出看護として産声をあげ、主に上流階級の家庭に向けて実施されたが、その評価は高く、病院看護以上に位置づけられていたという。そこには、今のような医療機器や医療器材・器具は殆どなかったことだけは確かだ。とはいえ、痛みや倦怠感・かゆみ等、患者の身体症状は当然あったはずである。容態が悪化したり、急に具合が悪くなったり・・・その都度看護師は、冷静且つ適切に対応していたに違いない。評価が高かったゆえんはそこにあるのだろう。そして、これらすべてが第五条の「療養上の世話」と「診療の補助」の範疇だったのか。いや、第37条が存在する限り、在宅看護の場でも「臨時応急の手当」は必要だったはずである。

では今の情勢とどこが違う? 何が違う? 引き続き、私見を呟いて行こうと思うが、今回はここまでに・・。

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